和食シリーズ企画第3弾

これからの和食を考える。

ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。

第10回 なす
日本のなすを守ること
ができるのは日本の消
費者だけなんです

農産物流通コンサルタント 山本謙治さん

日本にはたくさんの種類のなすがあります。
いえ、ありました。
でも明治以降、品種の数は減り続け、いまや風前の灯火。
我々に今できることとは…。
農産物流通コンサルタントの山本謙治さんにお話を伺いました。

激減しつつある、なすの品種

編集部
煮物、漬け物、揚げ物、焼き物――。それこそ、みそ汁の具にもなるほど、なすはさまざまな形で日本の食卓に上っています。品種もふつうの形から長いもの、米ナスに小なすなどさまざまあるように見えます。
山本さん
(以下、敬称略)
そうですね。なすは大陸伝来とはいえ、正倉院の古文書にも記述がありますから、奈良時代にはすでに日本に来ていたと考えられます。つまり在来性が非常に高い。普段、目にする野菜のなかでも、なすと大根は在来品種が豊富な野菜の両巨頭といえると思います。
編集部
いま現在、なすにはどれくらいの種類があるのでしょうか。
山本
1989年の「野菜園芸大百科」(農産漁村文化協会)では150~170種類くらいと推測されていました。しかし園芸文化研究所の藤田智先生によれば、2005年には在来品種が67まで減少してしまったといいます。もともと江戸時代くらいの頃は「谷を超えれば違う品種だった」といわれるほど多様な品種があったと言われているので、ずいぶん減ったのは間違いないですね。
編集部
平野、盆地、中山間部など地域によって、日本の気候は細かく違います。なすにも気候などその土地に最適化された種があったということでしょうか。
山本
そうですね。例えば大きくくくると東北では丸い形が多く、九州では長なすが多いのですが、日照時間の短い東北地方などでは表面積が大きくなり、暑い地方では表面積が大きいと熱でやられてしまうから長細くなる…というふうにその土地に適応していった経緯があると言われています。一概には言えませんが…。
編集部
現在、スーパーに行っても数十種類ものなすを見かけることはありませんよね。
山本
理由はいくつかあるのですが、大きな転換点は昭和30年代に交通インフラが充実したこととスーパーなど大型店の台頭ですね。縦に長い日本列島では季節を少しずつずらせば、一年中、さまざまな野菜を作ることができる。そこに交通インフラと大型店という条件が整い、1966(昭和41)年の野菜生産出荷安定法による指定産地制度につながっていくのです。
編集部
そこで野菜の規格化――品種の集約が進んでいったということですね。いまもそうした流れは変わりませんか。
山本
基本的には同じですね。スーパーのような大規模小売店が「効率化」を重視する限り、規格化したほうが箱詰めから流通、販売までスムーズですから。もっとも消費者が違う物差しで野菜を求めるようになれば話は変わります。例えば、テレビで珍しい野菜がおいしいとなったら、即品切れになったりしますよね。あれは消費者からの圧が小売店に届く好例――とは言えないかもしれませんが、一例ではあると思います。日本のなすを守ることができるのは日本の消費者だけだと思います。
編集部
そう言えば最近「棚にない商品、一点から取り寄せます」というスーパーもあります。
山本
そうなんです。基本的に小売店は消費者の言うことを聞くものなんですよ。ですから、消費者は「こんななすを食べてみたい」という希望を店の方にぶつけてほしいですね。そうすることで流通がいい方向に変わっていく可能性があります。

最近の一番お気に入りのなすはこれ!

編集部
ちなみに最近、山本さんのお気に入りのなすはありますか。
山本
あります!愛媛県の西条市で作られている「絹かわなす」という品種で、揚げたり油炒めにすると果肉がトロリとした食感になってうまいんですよ。みそ炒めなんか、ごはん何杯イケることか。見た目はラグビーボールのようなずんぐりした形ですが、「絹かわ」という名の通りに皮が絹のように繊細で傷つきやすい。最近、ようやく流通に乗り始めました。あのなすは次代のスターと言ってもいい存在ですね。
編集部
「油と好相性の絹かわなす」、覚えました!そのほか、品種と調理適性について基本的な組み合わせを教えていただけますか。
山本
油との相性は一般に一番出回っている「千両なす」もいいですね。賀茂なすはよく田楽にしますが、どちらかというと煮物にしたほうが硬く締まった身質に合うと思います。あとは漬け物なら泉州水なす。それもぬか漬けがいい。
編集部
水なすは生で食べるイメージがあります。
山本
あれは物珍しさで広まったんじゃないでしょうか。生でも「食べられる」というだけで、おいしいのはぬかで漬けた浅漬けだと思います。あとは新潟県中越地方の巾着なすは蒸かしなすに。肥後赤なすのように細長いなすは焼きなすに向いています。在来種には在来種の食べ方があるんです。やっぱり地元の方は一番おいしい食べ方をご存じですよね。
編集部
その意味では、なすは日本食だけじゃなく、世界的にも愛されている素材です。
山本
例えばトルコにはなすのケバブという料理があります。すごく長くて大きななすに串打ちしてこんがり焼いて、身の部分をくり抜いてしっかり崩す。それにスパイスを混ぜてディップにして、エキメッキというトルコのパンで巻いて食べるんです。イタリア南部のカポナータも面白いですね。米なすタイプの硬いなすを大きく切って油でじっくり揚げる。そこに酢豚のような甘酢で味をつける。向こうの言葉で「アグロドルチェ」――甘酸っぱいのはひとつのポイントなんです。

最古のなすメニュー。それは漬け物

編集部
ところで、日本を代表するなす料理というと何になるでしょうか。
山本
伝統的な食べ方となると奈良時代からある漬け物になるのかもしれません。正倉院の古文書には数種類の漬け物が記されています。いまの漬け物よりも長期間漬け込んでいたようですから、現代のなすよりも実も種もしっかりしたものだったのでしょう。その後、煮るようになった。焼くようになった時期は明確にはわかりませんが、みそや油を使ったのであれば江戸時代以降でしょう。油なんて江戸時代までは高級品でしたから。
編集部
となると、なすみそ炒めなどは近現代ならではのメニューとなるわけですね。今後なすは日本人にとってどういう存在になっていくのでしょうか。
山本
食習慣は地域ごとに異なるので、「正解」を出すのは難しいですね。ただ近年、日本人の味覚が単純化されてきて、端麗で甘さがあって、軟らかいものばかりを好むようになってきている。そんな中、誰もが受け入れるような味となると…。
編集部
素材自体、味のないものになりかねません。
山本
そうなんです。特徴のしっかりしたなすは淘汰されてしまいかねない。ですからそうはならないよう、見たことのないなすを見かけたら、ぜひ手にとっていただきたい。そうすることで、店頭の品揃えは豊富になり、未来の食卓が豊かになる。難しく考えなくても大丈夫です。どんななすだって、輪切りにして油で炒めれば必ずおいしくなりますから(笑)。
編集部
最後に山本さんが考える「日本食となす」について教えてください。
山本
僕個人の解釈になりますが、日本食とは「日本の各地方特有の気候・地形が生んだ素材と、しょうゆやみそ、みりんなどの発酵調味料を組み合わせた料理ですね。「日本ならではの素材」×「日本ならではの調味料」という組み合わせなら日本食と呼んで差し支えのないものになるはずです。いやあ、「献立はなんだろう」と想像するだけで白いごはんがほしくなりますね。

2017.08.01