コラム
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2002年 10月分 vol. 1
ロケット移動は「大名行列」のうやうやしさで
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 行ってきました、種子島。見てきました、ロケット打ち上げ。
 2002年9月10日17時20分。H-IIAロケット3号機は強烈な閃光を発したかと思うと、グイグイ力強く上昇した。真っ青な空と海を背景に白く巨大な噴煙を立ち上げ突き進む姿は、なんだかとても美しすぎた。

 「DSPACE」の企画会議でロケット打ち上げが初めて話題に出たのは8月末。打ち上げ取材申し込み締め切り前日のこと。免許証のコピー、顔写真など必要な書類を急遽そろえて申し込んだものの「打ち上げはよく遅れるから覚悟しとき~」とNASDA広報某氏がいつものようにドキッとさせる一言をもらす。確かに1、2号機とも技術的な問題や天候で、数日遅れで打ち上げられている。

 打ち上げが遅れたり、口に出すのもコワイけど万が一「失敗」なんて場合、番組はどうなる?という不安を抱きつつも、最終的には「やるしかないでしょ」ムードで取材決行。打ち上げ前日、36人乗りの小さなプロペラ機で種子島におりたった。さとうきび畑の間をレンタカーで飛ばして約50分。「種子島宇宙センター」は島の東南の端っこだ。


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 日が暮れかかる頃、宇宙センター内竹崎展望台のプレスセンターに入ると、すでに新聞記者やテレビ局のクルー達は様々な機材をもちこみ、それぞれに完璧な「お仕事空間」を作り上げていた。今回のプレスは約150名。1、2号機より少ないらしいが、初の実用機だけに注目度は高い。打ち上げ準備が順調なことを確認して「ホッ」と胸をなでおろし、屋上の取材スタンドへ。鹿児島のテレビ局が発射台をバックに天気予報の生中継をしている。夕焼け空に三日月と金星がイイ感じ。打ち寄せる波も茜色にそまって、明日はきっと打ち上げ日和。

 そして迎えた打ち上げ当日。未明のビッグイベントはロケットの移動。組み立て棟から、約500m離れた発射点まで約30分かけてゆっくりと移動する。ロケットの勇姿を初めておがめる瞬間だ。ロケットの移動開始は早朝4時半。取材者の集合時間は3時。夜中2時起きで、天の川が広がる全天周の星空の中を宇宙センターに向かう。ココは宇宙に手が届く島。

 プレスセンターからNASDA専用バスで草むらの中に作られた板張りの取材場所へ。予定時刻の午前4時半ごろロケット組み立て棟の大きなドアが開いて、おごそかにH-IIA3号機が顔を出した。56のタイヤをもつ運搬車ドーリー2台がロケットを乗せて、しずしずと運ぶ。エンジニアたちに取り囲まれながら、ゆっくりと発射台にむけて進む姿はなんだか「大名行列」のようなうやうやしい感じ。高さ53メートル、直径4メートルのロケットは「六畳よりやや広い17階だてのビル」とパンフに書いてあるが、実際はもっとスレンダーな印象を受ける。

 空が白んでくる。約12時間後には目の前の巨大なロケットがホントに宇宙に飛び立っちゃうの? 順調に見えた打ち上げ作業に発射直前、「まさか」「やっぱり」のトラブルが発生する・・・


(10月コラム Vol.2へつづく)
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