コラム
前のコラム つくばから宇宙の「き…
次のコラム 太陽がわかれば宇宙の…
2007年 2月分 vol.1
「ひので」から届いた太陽画像に「びっくりこいた!」
国立天文台・常田佐久教授インタビュー(その1)
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 2006年9月23日に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」。昨年末には、数々の画像や動画が発表され、太陽表面で物質が吹き上げられるダイナミックな様子や、まるで生き物のような黒点の動きなど、初めて見る太陽の姿に驚かされた。「これは何?」と興味をそそる画像も多かった。そこで、「ひので」立ち上げから開発に関わってこられた国立天文台の常田佐久先生に、お話を伺った。

常田佐久教授。1983年東京大学大学院修了。理学博士。国立天文台SOLAR-B推進室長。自分で観測装置を開発してデータを得て、理論的に説明をするまで一貫してやるのがポリシー。'81年に打ち上げられた太陽観測衛星「ひのとり」で硬エックス線望遠鏡、'91年打ち上げの「ようこう」で軟エックス線望遠鏡、06年「ひので」で可視光・磁場望遠鏡を開発。 ― 最初に「ひので」から届いたデータをごらんになったときはいかがでしたか?

常田:いやぁ、うまく行ったなーと思いましたね・・・。職業病みたいなものですけど、だいたい悪いことしか考えない。いいことは考えない人生になってしまいましたね(笑)。

― えっ? 例えばどんなことを?

常田:書けないことをたくさん(笑)。ピンぼけの画像だったらどうしようとかね。理詰めでは考えられなくても見落としはあるし、総合技術なのでつまらないミスがどこかに一つあっても駄目になりますから。でも、設定した性能は全部パーフェクトでした。

― 先生にとって、スゴイ! と思われた画像はどれでしょうか。

「ひので」の可視光・磁場望遠鏡が撮影した画像。下のリンク先で動画が見られる。常田教授も驚いたこの画像。人類が初めて目にした太陽の姿。太陽表面で黒点の周りから物質(水素とヘリウムのプラズマ)が大量に吹き出している。これがどういう現象なのか、まだわからない。 常田:これはやっぱりスゴイです(右の画像)。黒点があって、その向こうに物質が吹き出している。太陽には、表面(光球)の温度が約6000度なのに、約2千キロ上空のコロナが100万度以上になっているのはなぜか、という大きな謎があります。「火のついていないガスコンロの上に沸騰したやかんが乗っている」イメージで、これを解明するのが「ひので」のミッションです。でもその謎とは別にこの画像を見ると、太陽表面からいっぱい冷たい物質が吹き出している。太陽フレアという爆発的に起きる現象は知られていますが、これはずっと吹き出している。なぜこんな現象が起こるのか、わからない。今のところ言えることは、低温の1万度程度の物質がコロナに大量に吹き出している。ものすごく変化が激しくて、おそらく太陽の磁場のエネルギーが起源になっていてダイナミックな現象を起こしているということですね。

― 私たちから見てもこの画像は驚きでしたが、先生にとっても驚きだったんですね?

常田:これはびっくりこいた(笑)。外国から著名な先生方や若い研究者が天文台に来られますけど、みなこれを見ると「うっ」と言葉を失いますね。「ひので」の望遠鏡の性能がよくて分解能が高く(※)、宇宙から観測していることで世界で初めて見つかった現象です。太陽には10年ごとに活動の周期があって黒点の数が増減しています。今は黒点の少ない極小期なんですね。実は太陽に何も面白い現象がなかったらどうしようか、と懸念があったんですが、この画像を見てその心配は吹っ飛びました。

― 他には、びっくりされた画像はありましたか?

「ひので」の可視光・磁場望遠鏡が撮影した画像。下のリンク先で動画が見られる。常田教授も驚いたこの画像。人類が初めて目にした太陽の姿。太陽表面で黒点の周りから物質(水素とヘリウムのプラズマ)が大量に吹き出している。これがどういう現象なのか、まだわからない。 常田:太陽の極は「コロナホール」と言われています。コロナの穴、つまり活動が何もないところだと思われていたんですが、エックス線で北極を観測してみると小さいフレア(爆発現象)がいっぱい見えた。太陽の赤道近くで起こるフレアはよく知られていますが、今までノーマークだった場所で、しかも太陽活動極小期にもかかわらず驚くべき現象が見えた。これは予想していなかったことでしたね。

― まだまだ太陽には、知らなかったことがたくさんありそうですね。ところで、先生はいつ頃から「ひので」の開発に携わっておられたんですか?

常田:1994~95年頃です。'91年に太陽観測衛星「ようこう」が打ちあがってちょうどデータ解析が脂にのってきた頃。その最盛期に次の衛星を考えないと、ただ得られたデータで解析をして終わってしまう。次々に新しい技術で新しい観測をする人が続くようにしないと。そこで有志でグループを作って、宇宙科学研究所(現JAXA)に申請したのが97年頃。日本だけではできないので、国際協力でNASAと組んで、98年頃にばたばたと通って正式に着手し始めました。

 衛星全体は小杉健郎先生がプロジェクトマネージャーで、僕は補佐役の位置づけでした。エックス線望遠鏡、紫外線望遠鏡、可視光・磁場望遠鏡の3台の望遠鏡の全体の面倒を見ると同時に、可視光・磁場望遠鏡の総括責任者だったのですが、望遠鏡の開発はとにかく大変で、髪の毛が真っ白になってしまいましたよ。

― そうですか・・どんなところが大変だったのですか?

常田:可視光・磁場望遠鏡は長さが約1.5mで主鏡の口径が50cm。昔なら衛星1個分ぐらいのサイズの、かなり大きい望遠鏡です。主鏡はそのまま作ると重さが100kgぐらいになるのを、くりぬいて11kgと軽量化しました。

 また打ち上げ時に、ものすごい振動がかかるんですが(望遠鏡は50Gに耐える設計になっている)、主鏡と副鏡を保持する精度が1ミクロンとか2ミクロンで、少しでもずれるとアウト。非常に精度の高いものです。だからこそ、分解能が0.2という途方もない数字を達成できるのですが。

 それから、太陽の熱の問題もありました。理科の実験で虫眼鏡で光を集めると紙が燃え出しますよね。口径が50cmですから通常の太陽光のエネルギーの約2500倍の熱が集中するわけで、そのままだと望遠鏡が溶けてしまう。だからいらない太陽光を逃がす工夫をしています。僕は学生の頃から衛星開発に携わり、エックス線の望遠鏡を作ってきたのですが、光(可視光)を扱う観測装置は非常に複雑で、正直よくできたなと思います。

完成した可視光・磁場望遠鏡を囲むメンバー達。「常時7~8年働いた人は天文台で4~5人、三菱電機で5人ぐらい。お金もないから少数精鋭で、誰一人かけてもできなかった」と常田教授。 ― 途中で「もうできないかもしれない」と思ったこともあったんですか?

常田:ええ、何度も。NASAが70年代から(宇宙で太陽観測する可視光望遠鏡を)やろうとして実現できなかったのに、我々が一から始めてできたわけです。天文台と三菱電機の共同作業の成果です。三菱電機のエンジニアの方達は2年間天文台で合宿生活のような異例のやり方でね、官と民との枠を超えた協力関係で実現できたと思っているんです。

(その2)に続く

※分解能:どれほど細かいところまで見分けられるかを示す能力で、秒で表す。0.2秒角は500km上空の軌道から地球を観測したとき、地上の50cmの物を見分けることができる。

国立天文台「ひので」のページ
http://hinode.nao.ac.jp/index.shtml

可視光・磁場望遠鏡の画像が見られるページ(上の画像のムービーが見られます)
http://hinode.nao.ac.jp/news/061127PressConference/


(写真提供:国立天文台)