コラム
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2009年 2月分 vol.2
二人の現役パイロットが宇宙飛行士候補者に選ばれたワケ
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


大西卓哉さん(左)と油井亀美也さん。最終選抜に残った10名は1週間、閉鎖施設で缶詰になるうち強い絆が生まれたという。「人生の友と知り合えただけで結果はどうなってもと思った」(油井さん)「閉鎖実験後にどの人と宇宙に行きたいか、行きたくないかと面接で聞かれた。その質問もショックだったし答えた自分にもショック。きつかった瞬間です」(大西さん)  2月25日、日本に10年ぶりに二人の宇宙飛行士候補者が誕生した。全日空副操縦士の大西卓哉さん(33歳)と航空自衛隊パイロットの油井亀美也(きみや)さん(39歳)だ。現役パイロットが日本人宇宙飛行士に選ばれるのは初めて。ついに日本の宇宙船を操縦? と思う方もいるかもしれない。だが残念ながらJAXA立川理事長は否定。まだその時期ではないようだ。ではなぜ?

 大西さんが会見中こんな発言をした。「パイロットと宇宙飛行士は適性が近いと考えている。少ない人員で仕事をするためのコミュニケーション能力、刻々と状況が変わる中での状況判断能力、決断力。これまで培われた経験が生かせるのではないか」と。聞いたときになるほど、と思った。「コミュニケーション」、「状況判断能力」は若田飛行士や野口飛行士達へのインタビューで、宇宙飛行士に最も必要な能力として出たキーワードだったのだ。

 たとえば宇宙で火災が起こったり宇宙ゴミが衝突して宇宙船が減圧したときなどの非常事態では、刻一刻と状況が変わる中でいかに早く全体の状況を判断し、コミュニケーションをとり、適切な作業をするかで生死が分かれる。この能力を若田飛行士は「運用のセンス」とよんでいる。運用のセンスを磨くために宇宙飛行士達はT-38ジェット機で操縦訓練をくり返す。操縦ミスが命取りになるストレス環境で、機体の状況を常に把握しながら計器を操作し、状況判断や作業能力を磨くためだ。そして得られる「運用のセンス」はロボットアーム操作でも船外活動でも宇宙実験でも不可欠だという。

 そして大西さんと油井さんがお互いについて語ったコメントの中に、別の大事なキーワードがあった。「油井さんは最終審査に残った10人の中で自然にリーダーシップをとり存在感があった」(大西さん)。「大西さんは副操縦士だけあってよく気がつき穏和で、私がリーダーシップをとっているときはフォロワーシップを発揮してくれた。冷静沈着、またリーダーシップも備えている。」国際宇宙ステーションの中では様々な仕事があり、自分の担当の仕事ではリーダーシップを、また他のメンバーの仕事のときはフォロワーとして仕事を補助する能力が求められる。リーダーとフォロワーが常に入れ替わり、チームワークを形成するのだ。

 宇宙で即戦力となりそうな二人のパイロットたち。でも宇宙ステーションではCM撮影もあるし、芸術的な活動も必要とされる。あまりにまじめそうで大丈夫? と一瞬思ったが杞憂だったようだ。大西さんは「趣味はスキューバダイビング。また3年ほどアルトサックスを習っていて今はサックスを吹いているときが一番楽しい時間。演劇やミュージカルを見るのも大好き」という。宇宙でサックス演奏やミュージカルもいいかも。一方、油井さんはテニスやゴルフのほか、時代小説を読むのが好きだという。

 選抜の過程では、ボール紙や鉛筆を使ってゲームを作ったり、俳句を詠ませたりして人文芸術分野の能力も見ているという。またかくし芸では大爆笑をとったという二人。状況判断力やコミュニケーション能力はもちろん、様々な能力を合わせた「総合力」が、過去最高の963人の応募者を突破した鍵のようです。