コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.22
みなみのひとつ星の輝き
 秋である。残暑が厳しいようでも、確実に秋の足音は近づいている。虫の声の種類も変わり、朝夕の涼しさにも、その気配を感じる。夜空も例外ではない。真夏の夜を彩っていた織姫・彦星をはじめ、天の川の両岸に輝く一等星たちが織りなす絢爛豪華な夏の星座は、すでに西の空に沈みかけている。そして、その代わりに東の空からのぼってくる秋の星には目立つものが無く、まさに寂しげな星空である。

唯一、その寂しい夜空で輝きを放っているのが、秋の夜空ではたったひとつの一等星:フォーマルハウトである。みなみのうお座というちょっとかわった名前の星座の口に当たる部分に輝く星で、名前の通り、南の空の低い場所にある。
みなみのうお座の口の部分で輝くフォーマルハウト 撮影者:栗田直幸 撮影日時:1999年8月10日 撮影地:長野県小海町
 星座の名前は伝統的に北の空から作られていったので、しばしば北天の星座と同じような星の配列には「みなみの。。。」と命名されている星座がある。たとえば、かんむり座に対して、みなみのかんむり座、さんかく座に対してみなみのさんかく座という具合に、それぞれ対になっている。みなみのうお座は、同じ秋の星座で黄道十二星座の一つで有名な、うお座と対をなす星座である。

 だが、みなみのうお座の形を辿るのはなかなか難しい。なにせ、この星座の中で、フォーマルハウトに次ぐ二番目の星が四等星という暗さ。二等、三等の星は全くないからである。そればかりではない。フォーマルハウトのまわり、半径20度の円内には、その二等星でさえたったふたつしかない。そのふたつさえも、フォーマルハウトよりさらに南にある、つる座という星座に属している。日本からはほとんど南の地平線ぎりぎりになってしまうので、このふたつの二等星も大気の減光を受けて、非常に目だたない明るさになってしまい、条件によっては見えないことさえある。

 いずれにしろ、フォーマルハウトの孤独さは一層、引き立てられることになる。星の少ない夜空で、ただひとつ、秋風に吹かれながらきらきらと輝いている様子は、まさに秋の季節感とぴったりである。日本ではしばしばフォーマルハウトのことを「あきぼし」とか「みなみのひとつ星」と呼ぶ。この名前は、英文学者の野尻抱影が命名したものだが、フォーマルハウトの特徴をうまく捉えているばかりではなく、独特の音の響きも素晴らしいので、筆者の大好きな星の和名の一つである。みなみのひとつ星という名前は、もともとは真冬に地平線すれすれに出現するカノープス(このシリーズの第13回で紹介した「寿星」)を指す名称として用いた地方もあったようである。

 天文学的にはフォーマルハウトは、太陽よりもかなり若い恒星で、その年齢は約2億歳と考えられている。そこそこ明るく、われわれから25光年の距離にある近い恒星であるため、いくつかおもしろい事実が判明している。

 ひとつはフォーマルハウトのまわりに、塵の円盤があることだ。星の周りに塵があれば、星の光を浴びて暖められ、赤外線や電波を出す。したがって、塵が大量にあれば、可視光では何もないように見えても、赤外線や電波で観測すると星のまわりの塵が見えてくるのである。若い星のまわりの円盤に含まれる塵の一部は、やがて長い年月をかけて衝突合体を繰り返し、どんどん成長して、太陽系のような惑星をつくっていくのかもしれない。フォーマルハウトのまわりにある塵の円盤では、中心の星の近くで塵が少なくなって、穴があいたドーナッツのようになっているらしい。もしかすると、すでに惑星が成長しているため、その材料である塵が少なくなってしまっているのかもしれない。

 もう一つの大事な事実は、赤外線の観測によって、その円盤には氷の存在が示されたことである。土星の環の中にも氷が存在するが、おそらく、塵の円盤中には、細かな砂粒のようなものだけではなく、彗星のかけらのような氷塊がたくさん含まれているのだろう。そういえば、みなみのうお座は、その北にあるみずがめ座からこぼれ落ちた水を飲んでいる魚をかたどった星座である。フォーマルハウトという名前も「魚の口」という意味だ。星座神話と現代天文学の発見が結びつくのは、おもしろい偶然である。

 水がこういった形で塵の円盤に存在すれば、そこから生まれた(または、生まれるであろう)惑星が、地球のように水に富んだ惑星になっていてもおかしくはない。そして、あと何億年か、あるいは何十億年か経過すると、地球と同じような水の惑星の上に生命が誕生し、われわれと同様に、この宇宙に思いを馳せるようになるかもしれない。天文学者は知的生命体の発生に関しては、非常に楽観主義者が多い。フォーマルハウトの例を待たずに、宇宙のどこにでも水があるし、アミノ酸ぐらいは暗黒星雲の中で合成されている。液体の水が安定に存在する環境さえあれば、そして、その適切な環境がしばらく続きさえすれば、生命は宇宙のどこにでも発生しうるのではないか。そう考える天文学者が多いのである。秋の空にひとつ、ぽつねんと輝くフォーマルハウト。その輝きは、地球のように水を持つ惑星は、莫大な数の恒星がある銀河系宇宙の中で、たくさんありそうだというロマンあふれる可能性を教えてくれている。