コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
星空の散歩道index
vol.30
西を向く夜空の動物たち

 前回は、春の夜空をのたりのたりと西へ向かううみへび座を紹介したが、春の星座には大型の猛獣や動物が多いのをご存じだろうか。それらが一斉に西の地平線をめざし、ゆったりと動いていく。星の配列を辿って、それらの星座を想像すると、さながらサファリパークのような、壮観な眺めである。

 ナイト・サファリの中心は、なんといっても百獣の王ライオンである、しし座。やや南西の方向を眺めると、そこに明るい星が輝いているのに気づくだろう。その明るい星の隣には、やや暗めの星が並んで輝いている。明るい方が土星、暗い方がしし座の一等星レグルスである。この一等星レグルスを起点として、いくつかの星がクエスチョンマークを逆向きにしたように、北の方へと並んでいるのがわかるはずである。この特徴的なカーブを、草刈りに用いる鎌に見立てて、「ししの大鎌」と呼んでいる。鎌の部分は、ししの頭部で、その東側に胴体がある。つまり、ライオンは沈んでいく西を向いている。今年は、ししの前足の部分、ちょうどレグルスの東側に並んで輝く土星がよい目印になるので、しし座を探すのは簡単である。

参考:しし座やおおぐま座など、動物たちが西に向かって動いていきます。ステラナビゲータ/アストロアーツで作成しました。

 ところで、かすかな星が見えるような暗い場所でないとわからないが、このしし座の背中には、小さなライオン:こじし座という星座がのっている。最も明るい星でも4等星なので、市街地では、その影も形も見えないのだが、やはり星座の形としては親と同じく、西向きに描かれている。

 こじし座のお隣、北西の方向を眺めると、そこには北斗七星が輝いているはずである。7つの星の並びは、これも大きな猛獣である熊をかたどった、おおぐま座の一部である。北斗七星は、熊のやや長い尾にあたり、ひしゃくの部分が胴体、その先にあるやや暗めの星を気をつけてたどってみると、三角形をした頭部を想像することができる。この熊も、ししの親子と同じように真っ逆さまに沈んでいくように西を向いている。

 おおぐまのあとを追っているのが、りょうけん座。お隣のうしかい座に操られる二匹の犬の星座である。最も明るい星はコル・カロリという3等星で、これだけはなんとか見える事が多いが、とても星をたどって犬の形を想像するのは難しい。だが、星座絵では、二匹の犬とも、やはり西向きに描かれている。また、おおぐま座の西側、熊よりも先に沈もうとしている場所には、こちらも暗い星ばかりで星座を辿るのはほとんど困難な星座:やまねこ座があり、これも西を向いている。このあたりだけに限っても、犬、山猫、ライオン、熊と4種類6匹の動物がすべて西をめざしているのである。前回に紹介したうみへび座、さらにその背中にのったからす座、少し季節はずれになるが、すでに西の地平線に沈みかけている冬の星座の中の、おおいぬ座やこいぬ座、いっかくじゅう座も西向き。東からのぼってくる夏の星座のさそり座も西向きである。いったい、これらの星座は、どうしてみな西を向いているのだろうか?

 星々は夜空を東から西に移動するように見える。日周運動とよばれるもので、地球が西から東へ自転しているためにおこるみかけの動きである。夜空を見上げて星座を考え始めた人たちも、当然ながら日周運動を意識していたはずだ。そのため、動物などを星々の形にあてはめる時、日周運動の進行方向である西向きにしたのではなかろうか。人間でも4人がけのボックス型の座席のある電車に乗るとき、がらがらであれば、電車の進行方向を正面に向いて座ることが多いはずだ。おそらく、これと同じなのだろう。もちろん、例外もある。冬の星座のひとつ、おうし座などは東向きなのである。しかし、これにはおそらく他の理由があると考えられる。おうし座の配列を作る星は、みな明るく、あまりにも見事に東向きの「牛の顔」を想像できたため、無理に西向きの星座を考えることができなかったか、あるいはもともと狩人オリオンに挑みかかる関係で、向きを反対にせざるを得なかっかのどちらかだろう。

 そんなことを考えながら、星座を辿ってみるのも楽しいものである。今夜は、いながらにして春の夜空を眺め、ナイト・サファリパークのさまざまな動物たちを探してみてはいかがだろうか。