INTERVIEW

原動力は「ひと目惚れ」

既存の概念に挑んだ開発

KIRIGAMINE MSZ-FL SERIES DEVELOPMENT PROJECT

エアコンは、1年を通して目につく場所に設置するにもかかわらず、今日の新製品は「インテリア性」より「機能」を追求しがちである。そんな中、圧倒的なデザイン力で登場したのが、三菱電機の「FLシリーズ」だ。

2016年に発売されたFLシリーズは、際だったデザインの美しさで業界関係者を驚かせた。まず目を引いたのが、シンプルなスクエアの形状で、運転停止時は「吹出し口」さえも隠されている。一見すると、エアコンどころか家電にさえ見えないスタイリッシュさなのだ。

そして、もう一つの驚きがエアコン表面の質感。一般的なエアコンが白い樹脂パネルを採用する中、FLシリーズは表面パネルに透明樹脂を採用。しかも、透明アクリル樹脂を通して、裏面の金属調のヘアライン加工が透けて見えるという複雑な構造だ。今回は、この驚きのデザインを実現させた「チームFL」ともいえる5人のメンバーにインタビューを行った。

    • 代田 光宏
    • Shirota Mitsuhiro

    空力エンジニア / 静岡製作所

  • ルームエアコン室内機の空力設計、風向制御などの設計業務を中心に担当。その後、製品の企画段階から先行技術の開発を担当。FLシリーズの匠フラップを含めた風路設計を先行技術段階から量産設計まで担当。

    • 中洲 次郎
    • Nakasu Jiro

    商品企画 / 静岡製作所

  • デザイン研究所でプロダクトデザインやインターフェイスデザインを担当した後、静岡製作所にてルームエアコンの商品企画を行う。現在はFLシリーズの発売とともに営業部に移り商品プロモーションを担当している。

    • 谷川 喜則
    • Tanikawa Yoshinori

    機構設計 /
    三菱電機エンジニアリング(株)

  • 入社後ルームエアコンの構造・機構設計を担当。その後、ルームエアコン室内機構造・機構の先行開発を担当し、新機構、新構造、新メリットなどを提案。FLシリーズでは、室内機の内部構造、吹出し口の機構、前面パネルの構造・製造方法などを担当。

    • 中居 創
    • Nakai So

    デザイナー / デザイン研究所

  • ソフトウェア開発メーカーのプログラマー兼GUIデザイナーを経て、三菱電機に入社。主にルームエアコンなど、空調機器のプロダクトデザインを担当。製品開発や先行提案を行う中で、FLシリーズのコンセプトデザイン立案に携わる。

    • 加藤 弘之
    • Kato Hiroyuki

    デザイナー / デザイン研究所

  • 入社後国内向けルームエアコンなど、家電製品を中心としたプロダクトデザインを担当。洗濯機やジェットタオルなどの製品デザインや先行デザイン研究に携わった後、再びルームエアコンの担当となり、FLシリーズの量産化デザインを担当した。

始まりから「異端児」だった

中洲:FLシリーズは、そのスタートからして異色です。通常、エアコンというのは最初に性能やスペックを決め、そのスペックを出すための機構設計や空力設計をします。つまり、最初に内部の構造ができあがるんですね。中身がほぼできて、デザイン研究所に『この機構に合う魅力的な外観を作ってほしい』とお願いする。だから、デザイナーの自由度はあまり高いとはいえません。
ただし、FLシリーズは別です。弊社のデザイン研究所では、デザイナーが自由に『家電の理想の形』を追求する自主研究があります。FLシリーズは、この自主研究で作られたコンセプトモデルから生まれました。つまり、従来とは真逆の“デザインからスタート”した開発だったんです。

自主研究として作られた、中居氏のデザインによるコンセプトモデル

中居:自由に発想できる自主研究の場でチャレンジしたかったのは『エアコンにみえないエアコン』でした。エアコンというのは家電の中でも特殊な製品ですよね。生活必需品なので、1年中部屋の中の目につく位置に設置されている……。でも、その割には誰からもじっくり見られることがありません。このデザインを考えた6年前、世の中にはインテリアと親和性の高いデザイン家電が既にいくつも存在していました。そんな中、エアコンは機能性ばかりが重視され、いかにもエアコンというデザインから抜け出せていなかったんです。

中洲:この時のコンセプトモデルはデザイン性を追求するためのものなので、技術的実現性や量産性はあえて考慮していません。ですから、このとき中居君が作ったデザインはそのまま製品になることはないものなのです。
ただ、このコンセプトモデルに関しては、今までの自主研究とは見る人の反応が違いました。当時の弊社幹部が、このデザインをひと目見て『いいねぇ!これなら日本のエアコンデザインの流れを変えられる。このまま製品化しよう!』と言ったのです。

目指したのは

エアコンにみえないエアコン

コンセプトモデルを忠実に再現するための挑戦

シンプルゆえに実現困難だったスクエアフォルム

代田:私は空力エンジニアなので、最初にコンセプトモデルを見たときに『なんじゃこりゃ』と思いましたね。かっこいいけれど、エアコンとしては成立しない形だと(笑)。理由は3つあって、まず吹出し口がない。普通のエアコンは吹出し口が本体前面にあるんですが、あれは風を水平に送るために必要な形状なんです。ですが、FLのコンセプトモデルは本体下部が斜めに開く仕様で、これでは風が水平に送れません。次に吹出し口が絞られているので、省エネ性が低い。そして最後に、そのままだとどうしても吹出し口に結露します。

ここから一歩でも引いたら

人は感動しないと確信していた

中居:私もずっと量産型エアコンのデザインをしてきたので、このコンセプトデザインがそういった課題を抱えていることはわかっていました。ただ、それでもこのエアコンがこの形であることに意味があると考え、あえて妥協のないデザインを目指しました。

中洲:とにかく、デザインと機能を両立するために、すべての段階で苦労した製品でしたね。設計側の人間からは『コンセプトデザインは理解しているけれど、技術的にデザインを変更せざるをえません』と言われたこともあります。ですが、僕はそれでは魂が抜けてしまうと感じていた。
たとえば、開発中のマーケティングで、海外の方にコンセプトモデルを見てもらったことがあるのですが、イタリア人にスタンディングオベーションで『ブラボー!ブラボー!』と拍手喝采されたことがあります。日本人はシャイなのでそこまでではないですが(笑)、お見せした途端、目の色が変わるんです。こういった『人を感動させる力』というのは、振り切ったデザインだからです。コンセプトモデルから一歩でも引いたら、もう人は感動しないという確信がありました。

お互いに譲れないものがある

僕はそれが品質と省エネ性でした

代田:デザインエアコンである以上、譲れないデザインというのはあるでしょうが、僕も霧ヶ峰の開発者として品質と省エネ性は絶対に譲れません。試行錯誤の結果、先ほどの問題は吹出し口を『格納』することで解決しました。本体内部にフラップを格納して、使用するときだけ下からせり出してくるんです。
FLシリーズは、部屋にいる人の手先の温度までチェックして、人の体感温度を感じ取る『ムーブアイ極』も搭載しています。このセンサーも運転時だけ本体から出てくる仕様です。さらに、フラップには気流制御に優れた『匠フラップ』を採用していて、ムーブアイ極で『寒いと感じている人』を見つけたら、足元に温風を送るといった高度な動作も可能なのです。
FLシリーズというとデザインばかり注目されますが、吹分け機能や省エネ性能の高さなど、すべてデラックス機レベルの性能を誇っているんですよ。

普段はシンプルなスクエア形状だが、運転時にはフラップとセンサーがせり出す

谷川:匠フラップは5枚のフラップを動かすので、従来モデルよりもモーターの数が増えます。さらに、FLシリーズはフラップ全体を本体内に格納するので、内部スペースをどう確保するかが問題になりました。最近の高機能エアコンは複雑な機構を収納するために、奥行寸法を大きくしてスペースを確保しています。ですが、FLシリーズはスリムな形状もデザインとして重要なので、どうしても削らざるをえない機能もありました。なかでも社内で問題になったのは、「フィルターおそうじメカ」を搭載しなかったことです。最近の高機能エアコンにはほぼ搭載されている機能なのに、FLシリーズの価格帯で搭載しないのはおかしいのではないか、と。

中洲:この点は、デザイン志向の高いユーザー層に何度も調査したのですが、『快適性・省エネ性など本質機能は犠牲にしたくない。だけど、デザインをキープするためならばフィルターは自分で掃除してもいい』という意見が多かったのです。そうした声に勇気を得て最終的には薄型フォルムのためと割り切って、フィルターおそうじメカはなくしました。