三菱電機「らく楽アシスト」
開発者の熱い想いが
「らくアシ」に結実
常識破りの挑戦で、より多くの人に
使いやすいものづくりを実現
「あん心で、使いやすく、使って楽しい」ものづくりの基本は、お客様の声に耳を傾けることから始まります。業界初の音声読み上げ機能を搭載した「しゃべるテレビ」も、そうして生まれた三菱家電のひとつ。「しゃべるテレビ」の普及に携わってきた谷水明広さんは、その後も「らく楽アシスト」活動の牽引役として活躍し、現在は日本視覚障害者 遠隔援護協会の代表理事として視覚障がいの支援活動に取り組んでいます。
「らく楽アシスト」の黎明期を知る谷水さんに、当時から現在までの活動についてうかがいました。
「しゃべるテレビ」が開発された背景を教えてください。
きっかけは、大阪府の視覚障がい者団体主催の会議に参加したことに始まります。三菱電機では、以前からこの団体を通じて白物家電のUD開発のためのヒアリングを行っていたのですが、2000年代半ばにテレビ部門のメンバーも参加させていただきました。
お恥ずかしい話ですが、視覚障がい者の方にとってテレビが日常生活の重要な情報源であるということを、初めて知りました。三菱電機テレビ関係者の中から視覚障がい者の方のお役に立ちたいと考える者が出てきたのもこの頃です。
当時、テレビ放送はアナログからデジタルへの移行が計画されていました。アナログ放送に慣れ親しんでいた視覚障がい者の方の多くは、テレビ機能が複雑になりすぎて自分で操作ができなくなるのではと、不安を抱いておられました。
一方で、デジタルテレビには電子番組表といった便利な機能もあります。そこで、この番組表を音声で読み上げる機能を追加しようと模索したのが、三菱電機テレビの最初の試みでした。
開発にあたって苦心されたことは?
課題のひとつはコストでした。価格競争の激しいテレビにおいては、お客様のためにも追加コストはできるだけ減らしたい。幸い、三菱電機の研究所において、文字データの音声変換技術の開発を進めており、これを応用することでコストアップを抑えることが出来ました。
ところが、“しゃべる電子番組表”を取り入れたテレビを視覚障がい者の団体に持ち込んで評価をお願いしたところ、壁にぶつかってしまいました。電子番組表の画面を表示すれば、番組内容を音声でご確認いただけるのですが、視覚障がい者の方にとっては、そこに至るまでの操作がむずかしかったのです。
また、テレビの据付の際にはチャンネルなどの初期設定を行い、使用時には多くのボタンが並んだリモコンを操作していただく必要もありました。“しゃべる電子番組表”さえ実装できれば、みなさまに喜んでいただける、と思い込んでいたのは大きな間違いでした。
見える人にも見えない人にもやさしく、
使いやすいテレビを開発したい
本当に喜ばれる製品づくりに向けて、どのような工夫をされたのでしょうか?
デジタル化で便利になった分、複雑化した操作まわりを、視覚障がい者の方の立場になって関係者で見直しました。まずは、リモコン操作時にどのキーを選んだのかを、音声で確認できる機能を追加。また、画面上に表示された選択メニューの読み上げにも対応することで、迷わず操作できるように工夫出来ました。
面倒な設定作業も、音声ガイドに従って操作するだけで完了する「らくらく設定」の搭載により解決。視覚障がい者の方はもちろん、操作に不慣れな方にもあん心・確実に作業していただけるようになりました。
これらの機能は、どれもお客様の声から生まれたものばかりです。
その一つひとつを、技術者たちのアイデアと三菱の要素技術の組み合わせで実現し、試作機を実際に視覚障がい者や一般ユーザーの方々に使っていただくことで、操作性を確認してまいりました。
こうして誕生した「しゃべるテレビ」は、発売後も多くのお客様からご好評をいただきました。とくに視覚障がい者の方からは、「これで家族やヘルパーさんに助けてもらうことなく、テレビの操作ができます!」と喜んでいただけ、関係者一同心からうれしく思ったものです。
「しゃべるテレビ」は、その後も録画予約や番組検索に音声読み上げ機能を搭載するなど、毎年進化を遂げてまいりました。それができたのも、経営トップの理解と開発技術者の尽力、そして視覚障がい者の方々やその支援団体のご協力があったからだと思います。
改良に改良を重ねることで、
ついにお客様の求める「しゃべるテレビ」が完成
「らく楽アシスト」活動ではどんな挑戦をされましたか?
いくら使いやすい製品を作っても、本当に必要とされている方に届かなければ意味はありません。「しゃべるテレビ」も、社会に認知されるまでにかなりの時間がかかることは覚悟していました。
そんなとき、競合他社であるP社が音声読み上げテレビの導入に乗り出したのです。三菱電機一社だけでの普及活動には限界を感じていたため、私たちにとってこれは朗報でした。さっそく両社で協力し、音声ガイド機能の利点をより多くの視覚障がい者の方やその関係者に知っていただくための普及活動を始めました。
競合同士がタッグを組むというのは異例ではありますが、使いやすさを広めたいという想いは同じ。視覚障がい者向けの音声読み上げポータルサイトの共同運用を開始し、量販店用に2社合同のチラシを作成、さらには商品体験会の開催も合同で行いました。
体験会は2013年までに113会場で実施、5,672名の方にご参加いただきました。この取り組みがテレビだけでなく、他の音声読み上げ機能搭載家電や「らく楽アシスト」製品の普及を促したこと、そして機能向上のための貴重なヒアリングの場となったことは言うまでもありません。
こうした活動が認められ、「視覚障がい者のQOL向上を目指した音声読み上げ商品の普及活動 ~競合企業によるユニヴァーサルデザイン理念に基づく垣根を越えた取り組み~」として、「IAUDアウォード2013」※の事業戦略部門「金賞」を受賞することができました。
※国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)が主催。2018年度より「IAUD国際デザイン賞」に名称変更。
活動の支えとなったものは何ですか?
一番は、お客様からいただく感謝の言葉です。「テレビを一人で操作できてうれしい」「毎日の楽しみが増えました」「学校のお友だちと昨日のテレビ番組の話ができるようになった」という喜びのお声を聞くたびに、本当にこの活動をやっていてよかったと思いました。
もちろん、「ここは使いにくいから直して」といったお叱りの声もいただきます。それもまた私たちの大切な糧。真摯に改善していくことで、最後には必ず「ありがとう」と言っていただけるのです。活動を続けていくうえで、これほどモチベーションにつながることはありません。
また、テレビから始まった音声読み上げ機能も、炊飯器やオーブンレンジ、IHクッキングヒーターなどの製品へと広まり、社内にも仲間が増えていきました。「らく楽アシスト」活動も少しずつ認知され、今ではすべての三菱製品が、“ひとりでも多くの人に使いやすく”のコンセプトのもと開発されています。
声を上げてくださるお客様と頼もしい仲間たちがいたからこそ、「らく楽アシスト」活動はここまで大きく育ったのだと思います。その機運は、これからもますます高まっていくでしょう。「らく楽アシスト」の素晴らしい理念を、今の若い世代にもぜひ引き継いでいただきたいと、切に願っています。
同じ志を持つ仲間がいたからこそ、
お客様に喜んでいただけるものづくりができました
「らく楽アシスト」活動での経験を活かして、ご退職後はどのようなお仕事を?
三菱電機を退職し、三菱電機ライフサービスに異動した後も多くの仲間に恵まれ、引き続き「らく楽アシスト」活動に従事してまいりました。この時期はテレビに限らず、炊飯器やオーブンレンジなど多くの三菱製品利用者と接する機会が増えたので、開発者にもそのご意見をお伝えし、「らく楽アシスト」推進のお役に立てたと自負しております。
2019年には会社員生活を引退しましたが、引き続き、障がい者支援にかかわる活動をしたいと考えていました。そんな折りにお声がけいただいたのが、「一般社団法人 日本視覚障害者 遠隔援護協会」のお仕事です。
遠隔援護協会では、多くのボランティアのみなさまからのご協力を得て、リモートを活用した視覚障がい者の方への生活支援活動を行っております。具体的には、ウェアラブルカメラと専用の送信機を使い、離れた場所のオペレーターがカメラ映像を確認しながら視覚障がい者の方のお困りごとを解決するという仕組みです。
例えば、お手紙が届いたときに差出人を読んで差し上げるのもその一例。袋の中身を確かめたり、それが食べ物であれば賞味期限をお伝えしたり、日常生活に根ざしたサービスとして、多くの方々にご利用いただいています。とくにウィズコロナの時代においてはリモートであることの安全性や仕組みの有効性が認められ、大阪市や桜井市、下関市などで日常生活用具給付対象品として認定をいただきました。
三菱電機時代と同様、本活動でも多くの視覚障がい者の方々から感謝の言葉を頂戴し、毎日が充実しております。こうしたありがたい経験ができるのも、「らく楽アシスト」活動を続けてきたおかげだと思っています。これからも三菱電機のものづくりと、「らく楽アシスト」活動のさらなる躍進を応援してまいります。
谷水 明広 さん
一般社団法人 日本視覚障害者 遠隔援護協会 代表理事
1980年三菱電機入社、主に日米のテレビ設計開発および製品企画業務に携わる。テレビ放送のデジタル移行に伴い、多機能化したテレビを視覚障がい者の方々にも操作しやすいよう、技術者と二人三脚で「しゃべるテレビ」の普及に尽力。以後、視覚障がい者や新しい機器に不慣れな高齢者の方々の意見を吸い上げ、使いやすく、使って楽しい「らく楽アシスト」製品の実現に尽力。退職後も障がい者支援活動を継続し、2019年からは遠隔援護協会の代表理事として、リモートカメラを活用した視覚障がい者の日常生活支援に取り組んでいる。
一般社団法人 日本視覚障害者 遠隔援護協会
https://enkakuengo.or.jp/