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第2回 DXで都市と暮らしはどう変わるか
〜スマートシティと15分シティ〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.2-
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

前回、レストランレビューサイトと乗換案内が「食」を変えた話をしたように、DX(デジタルトランスフォーメーション)は私たちの生き方や暮らしそのものを変えていく。今回は私たちが暮らす「街」がどう変わるのかを見ていく。だが、その前に、DXが成功する条件について考えたい。

2021年4月30日公開

タイミングを間違えると、DXはいつまでも成功しない

200以上のケースを分析したアイデアラボ社のビル・グロスCEOは、新規事業がうまくいくかどうかは、「アイデア」でも「チーム」でも「ビジネスモデル」でも「資金調達」でもなく、「タイミング」に最も左右されると指摘している(注)。

どんなにいい事業アイデアがあっても、どんなに優秀なチームを率いても、タイミングを間違えてしまったビジネスは成功しない。別の言い方をすれば、新しい技術が登場したときにビジネスを始めても早すぎるし、技術がある程度普及したタイミングでも早すぎてうまくいかない。技術がこなれて、顧客が使いこなせるようになった時点ではじめてビジネスとして成り立つということだ。

ユーザーの受け入れ準備が整った、まさにそのタイミングでアクセルを踏み込んでサービスを軌道に乗せた企業だけが生き残る。そうしてユーザーに広く受け入れられたサービスが、私たちの暮らしを根本的に変えていくのだ。その典型的な例が、今回のCOVID-19で一気に普及したオンライン会議システムだ。コロナ禍において、私たちがこれほどスムーズにリモートワークに移行できたのは、複数の人が参加できるオンライン会議システムが誰でも利用できる状態にあったおかげだ。

テレビ会議の技術自体は以前からあった。光ファイバーなどの高速回線網が普及し、自宅でも会社と遜色ないWi-Fi環境が整っている家庭も多かった。カメラ付きのノートPCも普及していた。にもかかわらず、リモートワークが浸透しなかったのは、私たちユーザー側のリテラシーが追いついていなかったからだ。

制約を取り払えば、世の中は一気に変わる

テレビ会議なんて面倒くさい。セキュリティも心配だし、リアルに顔を合わせたほうがいいに決まっている。そう思い込んでいた人たちが、コロナ禍によって強制的にオフライン環境が遮断された結果、オンライン会議をせざるを得なくなった。実際に使ってみると、意外と使えるということがわかった。そしていまや、コロナ禍が収束したとしてもリモートワークのよさを残しつつ、全員が毎日出社しなくてもいいのではないかと、働き方やオフィスのあり方を見直す企業が増えている。

つまり、DXが成功するかどうかは、単なる技術の問題でも普及の問題でもなく、顧客が追いついてくるかどうかで決まる。そして、顧客が追いついてくれば、あっという間に変わるというのが重要だ。

オンライン会議システムが変えたのは、リモートワークという働き方の問題だけではない。コロナ禍が終わっても週に1、2日出社すればいいということになれば、わざわざ家賃の高い都心に住まなくてもいいと考える人が出てくるだろう。平日は都心のマンションから会社に通勤して、週末だけ空気のおいしい田舎暮らしを堪能するという生き方はこれまでもあったが、出社日が月に数日ということになれば、拠点をむしろ地方において、出社日だけ都心に出てくるという生き方が可能になる。海辺に暮らして毎朝サーフィンを楽しんでから仕事をするとか、子どもの教育のために豊かな自然に囲まれて暮らすといった人生設計が現実のものとなる。

つまり、DXには、制約条件を取り払うことによって、より人間らしく生きられる、より多様な生き方を選べるという効果もあるのだ。会社の姿や働き方をトランスフォームするだけにとどまらず、私たちの暮らしを変え、私たちが暮らす街のあり方も変えていく。そうやって生まれてくる新しい都市がスマートシティだ。

便利なのは当たり前、その先の「意味」に注目する

スマートシティとは何か。「スマート=便利」という面だけ見ていると本質を見誤る。便利さを追求した先にあるのは、どの都市に住んでも変わらないという現実だからだ。しかし、いまのスマートシティには、制約を取り払われて、どこでも暮らせるようになった人たちが、あえてそこに住みたいと思うような「意味」を与えることが求められている。

スマートシティの先進都市として知られるバルセロナは、年間5000円ほどの登録料を払えば実質無料で何度でも利用できるシェア自転車をあちこちに配置したり、限られた駐車スペースを一元管理してアプリで簡単に空きを見つけられるようにしたりして、市内の移動の煩わしさを解消した。その結果、市民の行動範囲が広がって、地元経済が盛り上がっているという。

出かけるのが億劫なのは、地下鉄の駅やバス停まで歩いていくのが大変だし、車で出かけてもすぐに停めるスペースが見つからなければ、イライラさせられるからだ。しかし、移動の制約がなくなり、気が向いたときにふらっと出かけられるようになると、人々の行動範囲は通勤ルートから外れて、大きく広がる。それにより、地区ごとに違った魅力があることに気づいて、生活を楽しむようになったのだ。

何かをするときの面倒臭さ(制約・摩擦)を解消することを「フリクションレス」という。DXによって出かけるときの「よっこらしょ感」を減らしてあげれば、人々は地元の良さを再発見して、より豊かで、より多様な暮らしを満喫できるのだ。

市内の近距離移動をフリクションレスにする動きは、パリやメルボルンなど各国の都市で進行中だ。「15分シティ」「20分ネイバーフッド」などと呼ばれるプロジェクトで、市内の移動では車を使わず、15分、20分で徒歩や自転車で行ける範囲の経済圏を盛り上げる。それが脱炭素の気候変動対策にもつながり、地域コミュニティの活性化にもなるわけで、持続可能な都市づくりとして注目されている。

大事なのは、ただ機能的に便利な都市をつくればいいというのではなく、DXによってその都市の魅力が増幅され、「ここに住みたい」という意味をもたらしていることだ。つまり、機能をなめらかにして摩擦をなくすだけにとどまらず、そこに新たな「意味」を付与するところにDXの焦点が移ってきているのである。

  • ビル・グロス | TED 2015「新規事業を成功させる一番の原因」
https://www.ted.com/talks/bill_gross_the_single_biggest_reason_why_start_ups_succeed?language=ja

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。