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第5回 DXで「ファイナンス」がもっと身近に
〜経歴や担保の有無に関係なく「働き」で評価される社会〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.5 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

個人の場合は住宅ローンや自動車ローンなど、まとまった金額が必要なとき、事業者なら業容拡大に伴う新規採用やオフィス移転、新店オープンなど、成長期ならではの旺盛な資金需要をまかなうために、融資を受けることがある。いままで金融機関からお金を借りるときは、個人の場合は勤務先や年収、勤続年数、持ち家か借家か、担保の有無などを聞かれ、事業者なら過去数期分の決算書や事業計画などの提出を求められるのが一般的だった。しかし、DXによって、こうしたファイナンスのあり方が変わろうとしている。

2021年11月9日公開

目標金額から逆算して「仕事」が自動で割り振られる

第3回「移動のDX」で紹介したライドシェアサービスによって、自家用車を持つドライバーは新たな収入の手段を手に入れたが、MaaS(Mobility as a Service)がもたらした変化はそれだけにとどまらない。以下のサイトは、3年前のコンセプトビデオだが、ほぼ現実化されているものだ。

  • ※The Future of Grab - Your Everyday App
https://youtu.be/JlxgrLH6hu4

東南アジアやインドで広がるライドシェアサービスでは、本業が別にあるドライバーの予定に合わせて、空いた時間で効率的に稼げるようにスケジュール調整をしてくれるだけでなく、個人的な目標金額に対する進捗も管理してくれる。

たとえば「3か月で5000ドル稼ぎたい」という人に対して、現在の達成度合いは8割で、残りの日数をカウントすれば、これくらいドライバーの仕事を入れる必要があるということを、すべて自動で調整してくれる。

また、このままでは目標金額の達成が危ぶまれるという場合、いくつかのオプションを提案してくれる。車内で動画広告を流したり、車の外観をラッピング広告にしたり、車内で物販をしたりすれば、それだけ収入がアップする。さらに、稼いだお金の一部をマイクロファイナンスで別の人に貸して、金利を稼ぐというオプションもある。それらを取捨選択することで、ワーク・ライフ・バランスを保ちながら、本業に差し障りのない形で、目標金額を稼げるようになっている。

コツコツ安全運転するだけで安くお金が借りられる

ライドシェアサービスでは、個々のドライバーがどれだけ安全運転しているか、利用者からのレビューがどうなっているかをすべて把握しているので、数年間コツコツ真面目に運転してきたドライバーは、それだけで信用に値する。その結果、優秀なドライバーほど低金利で大型車に乗り換えることができるのだ。

4人乗りのセダンタイプよりも6人乗りのSUVのほうが客単価が高いので、大型車に乗り換えれば、同じ労働時間で収入が増える。新たにローンを組んだとしても、やがて元が取れる計算だ。

大事なのは、本人の肩書や過去の経歴、本業の収入などは一切関係なく、ただ真面目に運転してきただけで、本人の「働き」が信用スコアになって、安くお金を借りられるということだ。お金を貸す側にしても、どこの大学出身だとか、勤務先が潰れそうにないかといったあいまいな基準で審査するよりも、そのドライバーがどれだけ安定的に稼げるか、かなりの精度で予測できるので、安心して貸せるようになる。

お客に選ばれれば低金利となって返ってくる

それと同じことが、飲食店や美容室、エステサロン、ジムのトレーナーなど、お客相手のサービス業全般で起きつつある。

QRコード決済やバーコード決済が普及した国では、お店ごとに、一度来店したお客のリピート率、来店頻度、客単価といったデータがたまっていく。そうしたデータが3か月分もあれば、そのお店のオーナーやシェフがこれまでどこでどんな仕事をしていたか、創業何年で過去の売上の推移はどうかといった情報に関係なく、現に繁盛しているかどうかがたちどころにわかる。繁盛店なら、低金利でお金が借りられ、お店を大きくしたり、支店をつくったりして、どんどん成長していけるだろう。

とくに金融がそれほど発達していない国では、実績のないお店は銀行からお金を借りるのが難しかった。しかし、現に儲かっているお店で貸し倒れのリスクがきわめて小さいとわかれば、他より金利を低く抑えても貸したい、というのが銀行の本音だ。

ここでも、自分たちでいいサービスを提供して、お客さんに選ばれるようなお店をつくれば、それだけ安くお金を借りられるようになる、という変化が起きている。以前は、創業間もないお店は、実績がないためにお金を借りにくかったのだが、お店の実態がわかっていれば、そのお店がどれくらいのスピードで成長できるかという予測の精度も高くなり、無理に背伸びをしなくても自分たちに合った成長計画をつくれるようになる。さらに、お金の心配をしなくてよくなることで、のびのびと働くことができ、自分たちのサービスをよくすることに集中できるという利点もある。

SaaSの裏側にはすべて金融が入ってくる

第4回「働き方のDX」でも紹介したSaaS(Software as a Service)は、ソフトウェアを月額いくらで使ってもらうサービスだから、1回有料会員になってくれたユーザーが平均で何か月使ってくれるか、退会率が何%か、といったデータがたまっていく。

月額に平均契約期間をかければ、ユーザー1人あたりの「生涯売上」が計算できるので、そのうち、いくらまでなら顧客獲得コストをかけてもいいのか、見積もることができる。仮に平均で1年使ってくれるとすると、たとえば、顧客を獲得するのに3か月分くらいの費用をかけても十分元が取れるから、その金額まで目一杯広告を出して、シェア拡大を狙うのが理にかなっている。

つまり、経済合理性が成り立つなら、その金額まではお金を借りてでも広告を打って顧客獲得に邁進したほうが有利なのだ。競合サービスの登場で顧客獲得コストがどんどん上昇したり、生涯売上が先細りしたりする前に、資金を投入してアクセルを踏み込み、先に市場を握ったほうが勝ちという勝負である。

実際、そういう融資サービスも登場している。借金といっても健全な赤字で、生涯売上が「顧客獲得コスト+資金調達コスト(金利)」よりも大きければ、何か月後かに確実に取り返せるという見込みが立つ。

つまり、本当にいいサービスをつくれば、できたてほやほやのスタートアップだろうが、起業家のバックグラウンドがどうであろうが、融資してもらえるということだ。そのお金を顧客獲得のための広告に投入して、圧倒的なスピードで成長する。それがSaaSビジネスの成功法則となっているのだ。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。