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第6回 個人と企業をつなぐ「イネーブラー」
〜個人の力を結集した企業がDXの勝者となる〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.6 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

この連載ではこれまで、DXが私たちの暮らしや生き方をどう変えていくのか、という視点で身近なユースケースを紹介してきた。DXなんて自分には関係ないと思っていた人も、自分でも気づかないうちにDXの恩恵を受け、いつのまにか生活パターンが変わっていたという方も多いのではないだろうか。

会社名や肩書ではなく、自分の名前で勝負する人にとっては、とても生きやすい世の中になってきた。集団の中で埋没してきた人たちが独り立ちして、自分自身の働きぶりで評価される時代にあって、DXは非常に役に立つツールを提供してくれる。個人ごとにカスタマイズされたパーソナライゼーションも、レビューやスコアなどの外部評価も、個人が自立して生きていくことをサポートしてくれるからだ。

2022年1月13日公開

「小分けにしたものをつなぎ直す」企業に活路あり

こうした点ばかり強調すると、DXは結局、個人にフォーカスした変革であって、企業には関係ない、むしろ企業はやがて解体されてしまうのではないか、と危惧する人がいるかもしれない。

だが、そんなことはまったくない。個人がクローズアップされればされるほど、その人たちの力を束ねる企業の役割が大きくなるからだ。

DXの影響はインターネットを通じて広がる。インターネットにはもともと「遠くにあるものをつなげる」「小分けにしたものをつなぎ直す」という機能が備わっているので、DXによってあらゆる産業、あらゆる組織がいったん細かく分割されることになったとしても、再度つなぎ直すことによって、それまでとは別の産業、別の組織に生まれ変わることができる。そういうドラスティックな変化のことを「デジタル・トランスフォーメーション(変身)」と呼ぶのだ。

たとえば、第3回「移動のDX」第4回「働き方のDX」で述べたように、働き手の単位が企業から個人へ、小分けにされたことによって、個人の能力やスキルを最大限発揮できるような「場」が出てきたが、そうした「場」を提供し、個人の能力やスキルを結集して、それまでできなかったことをできるようにする「イネーブラー(enabler)」の役目を果たすのは、やはり企業なのである。

つまり、個人から見れば、働き方の主導権を会社から取り戻し、社内の人間関係に縛られない外部からの評価(レビューやスコア)に基づいて、自分らしく働ける環境を提供してくれるのがDXなら、その環境を用意し、バラバラになった個人の力をかき集めて、より大きなパワーに変えるのが、企業にとってのDXということになる。

個人の力を結集する「イネーブラー」という存在

企業にとってのDXは、会社の壁を取り払い、縦割り組織を解体して、個人のレベルまで小分けにするのが第一のフェーズ。小分けにしたものをつなぎ直すのが第二のフェーズ。そこまでくれば、企業は従来越えられなかった会社の壁、縦割り組織の弊害を乗り越えて、社内外の優れた人材を登用し、必要な能力やスキルを手に入れることができる。それによって、企業も自らの殻を打ち破り、新たな姿へと「変身」することができるのだ。

  • DIDIのIPO向け資料をもとに著者作成
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1764757/000104746921001194/a2243272zf-1.htm

ライドシェアサービスを例にとると、シェアリングエコノミーとの関連で注目されるのは、たいてい左側の円である。ところが、このサイクルを回すためには、同時に、右側のイネーブラーのサイクルも回っていなければならない。それを回すのは、あくまで企業だ。

個人をエンパワーする力が強ければ強いほど、そのサービスにはより多くの人が集まり、さらに大きなパワーとなる。そういうサイクルをいち早く築いた企業が「イネーブラー」となって、これからの時代をしなやかに、だが力強く生き残っていくことになる。

産業構造を根本から覆すゲームチェンジ

しかし、ここまで見てきたのは、DXによる変革のほんの入口にすぎない。実は、もっと根本的なところで、それまでの土台を突き崩すグラウンドブレイキングテクノロジーが続々と登場しているのだ。

そこで、次回からは、それぞれの産業が拠って立つ基盤を根底から覆すテクノロジーの新潮流について見ていこう。裏側にあった前提条件が崩れたとき、それぞれの産業はガラリと姿を変えるだろう。

それによって、みなさんは、それまで当たり前だと思ってきた大地がひっくり返るくらいのゲームチェンジを目の当たりにすることになる。DXの真価が発揮されるのは、むしろこれからなのだ。

以下、今後の連載の予定を簡単にまとめておいた。楽しみにお待ちいただきたい(内容は予告なく変更されることがあります)。

  • 第7回 エネルギー産業のゲームチェンジ

    COP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも注目を集めた脱炭素、カーボンニュートラルはいよいよ待ったなしの状況だ。グリーンイノベーションを支えるテクノロジーとは。

  • 第8回 エンターテイメント産業のゲームチェンジ

    テックジャイアンツの一角、フェイスブックが社名を「メタ」に変更、SNS企業からメタバース企業へと舵を切った。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)は私たちをどこに連れていくのか。

  • 第9回 ヘルスケア産業のゲームチェンジ

    人生100年時代を迎えるにあたって、健康で長生きする私たちを支えるテクノロジーが続々と誕生している。IoT(モノのインターネット)が医療にもたらす革新とは。

  • 第10回 製造・流通業のゲームチェンジ

    量子コンピュータの登場で、新素材や創薬など、膨大な組み合わせを専門家の経験で試さなければならなかった分野で、開発スピードが飛躍的に向上する。計算・AI性能も上がり、従来の100倍、1000倍の速度で進化するモノづくりの現場とは。

  • 第11回 宇宙産業のゲームチェンジ

    私たち人類の活動の場は、地球という限られた空間を飛び出して、宇宙へと広がっていく。それを支える新しいテクノロジーを紹介する。マイクロ衛生など。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。