ITアーキテクチャの確立と継承は これからの情報システム部門に求められる重要な役割
2018年11月|EXPERT INTERVIEW
巨大なITシステムを部分最適の集まりではなく、全体最適なものとして構築・維持するには、全体を統括するグランドデザインとなるアーキテクチャが必要です。ITの重要度が高まる中、企業にとって自社のビジネスに合ったITアーキテクチャを確立することが求められます。企業システムにおけるアーキテクチャの位置づけや、アーキテクチャに関する情報システム部門の役割について、ITアーキテクトである株式会社アイ・ティ・イノベーションのビジネステクノロジー戦略部部長中山嘉之氏に伺いました。
株式会社アイ・ティ・イノベーション ビジネステクノロジー戦略部 部長 中山 嘉之 氏
協和発酵工業(現、協和発酵キリン)の情報システム部で部門長兼ITアーキテクトとして活動し、2010年にエンタープライズデータハブを中核とする疎結合アーキテクチャの完成に至る。(IT協会ITマネジメント賞受賞)。2013年よりアイ・ティ・イノベーションにてコンサルティング活動を開始。ユーザー企業目線を大切にし、ベンダー中立にこだわり続ける。【著書】「システム構築の大前提—ITアーキテクチャのセオリー」(リックテレコム)
株式会社アイ・ティ・イノベーション
システムのあるべき姿を描いたグランドデザイン
中山氏はITアーキテクトとして、様々な企業のシステム構築のサポートを行っています。
「ユーザー企業が、システムを再構築する際にアーキテクチャを最適化するお手伝いをするのが主な仕事です。長年、増改築を繰り返してきたITシステムの多くは“汚れた”状態になっています。これを綺麗に再構築することが、私自身にとって重要なテーマであり、お客様から最も要望されるものでもあります。具体的には、その企業にとってあるべきシステムの姿を描き、そこへ向けてどうやって変えていくかというロードマップを作ります。実装はITベンダーやSIerが行い、私は主にその前段となるグランドデザインを担当します」
ITにおいて、“アーキテクチャ”は様々な意味で用いられますが、ここでは、最終的にITシステム全体がどのような形になるかを示すもの、建築の世界でいう都市計画のグランドデザインやスケッチのようなものをいいます。
「“設計”というと具体的なイメージが強いので、やはりスケッチやドラフトという言葉が近いと思います。ITアーキテクトの仕事においては、全体がどのような形になるのかを皆が共有できるスケッチを描くことが重要です」(中山氏)
多くの企業でITシステムの増改築を繰り返すうちに、システムがスパゲティのように絡み合ってしまう原因の一つに、アーキテクチャの欠如があるといいます。アーキテクチャなしにシステムを構築することは、都市計画なしに街を開発するようなものです。人々がそれぞれ好きな所に建物を建てていけば、複雑に入り組んだ街となってしまいます。都市の再開発同様に、システムの再構築にもしっかりとしたグランドデザインが欠かせません。
「欧米の企業はCIOが将来にわたるアーキテクチャ計画をしっかりと描いていることが多いのですが、日本では自社のアーキテクチャを保持している企業はまだ少数派です」(中山氏)
求められるのは ビジネス環境の変化に強いアーキテクチャ
ITアーキテクチャの代表的なモデルとして、エンタープライズアーキテクチャ(EA)があります。これはITシステムを構成するアーキテクチャをビジネスアーキテクチャ(BA)、データアーキテクチャ(DA)、アプリケーションアーキテクチャ(AA)、テクノロジーアーキテクチャ(TA)の4つのレイヤーで分類したものです。EAはビジネスを起点にトップダウンでITへと落とし込んでいくユーザー目線のアーキテクチャモデルといえます。
エンタープライズアーキテクチャ(EA)
エンタープライズアーキテクチャ(EA)はビジネス IT システムを 4つの層に分類する。
出典:中山嘉之著『システム構築の大前提―― IT アーキテクチャのセオリー』リックテレコム
「EAは古くからありますが、今でも通用する考え方です。プラットフォームに関係なく、データをどこにでも乗せられる設計にしておけば、アプリケーションやテクノロジーを変更しても柔軟に対応できます」(中山氏)
エンタープライズデータハブ(EDH)に代表されるデータ中心のアーキテクチャは、このEAの分類を別の角度から捉え直したものです。
「EAの分類では、変化の早いものほど下層にあります。企業にとって、ビジネスとデータのあり方は頻繁には変わりません。しかし、ITの進化によってアプリケーションやテクノロジーは目まぐるしく変わっていきます。変わりやすいテクノロジーを中核に据えていると、技術が変わる度に全体を入れ替えなければなりません。企業にとって重要で変わりにくいものを中核に据えるのはごく自然なことです」(中山氏)
EDHを使った変わり続けられるシステムの必要性は、中山氏自身のユーザー企業での経験から身に着けたといいます。
「私はユーザー企業の情報システム部門に30年間勤めていました。その間、ずっと開発が続きました。当時はどこかで一段落すると思っていたのですが、まったく終わりません。ところが、ある時に開発が続く状態で構わないことに気がつきました。それはビジネス環境が変化し、ITが進化し続けているからです。もし開発が終わってしまったら、それは会社の終わりを意味します。だからこそ常に開発が続いても柔軟に対応できるアーキテクチャが必要なことを実感しました」
データアーキテクチャを中核とする理由
データアーキテクチャを中核にすることで、システムは変化に強くなる。
出典:中山嘉之著『システム構築の大前提―― IT アーキテクチャのセオリー』リックテレコム
企業のアーキテクチャは 世代を重ねて確立していくもの
中山氏は、これからの情報システム部門は、自社のアーキテクチャを作り、継承していく役割を担うべきだと話します。
「自社のビジネスにとって、どのようなアーキテクチャが最も有効かを考えるのは、社内の情報システム部門が一番適しています。ユーザー企業の情報システム部門の目的は新しいハードウェアやソフトウェアを調達するだけではなく、ビジネスにどう貢献するか、どのようにRO(I Return On Investment)を向上させるかです。そのためには、やはり自分たちのアーキテクチャは自分たちで考える、というマインドを持たなければなりません。もちろん、実際のシステム構築にはITベンダーやSIerとの連携が欠かせません。ユーザー企業には委託先に自分たちの考えをきちんと説明する能力が求められます」
加えて、企業はアーキテクチャを世代間で継承していくことが大切だと中山氏は強調します。
「アーキテクチャの確立は、一世代だけではできません。次の世代に引き継いでいけるモデルを残し、引き継いだ人がそれをベースにさらに進化させていきます。やがてはアーキテクチャがDNAのような存在になります。アーキテクチャ、つまり目指すところが明確であれば、一時的にシステムが路線を外れたとしても、容易にあるべきところに戻すことができます」
欧米には、アーキテクチャマネジメントオフィスという、自社のITアーキテクチャを管理する専門部署がある企業もあるそうです。
「クラウドの普及を見ても分かるように、システムの中でアウトソーシングできる部分は今後増えていきます。アウトソーシングが進むほど、システムの最も基本的な部分であるアーキテクチャをきちんとコントロールすることが、情報システム部門の重要な役割になっていくはずです」(中山氏)