日本企業にコンピューターシステムが導入され始めてから40年余り。繰り返されてきたシステム拡張により、現代のITシステムは、非常に複雑化し管理や拡張が難しいものになっています。今後、さらなるITの活用を進めるためには、拡張性が高く管理も容易なモダンなアーキテクチャへと変える必要があります。それを実現する手法の一つとして注目されているのが、エンタープライズデータハブ(EDH)を使った緩やかなシステム再構築です。ここでは、現在のITシステムの課題とEDHを使った移行のポイントについて紹介します。
大きな転換期を迎えている企業のITシステム
現在、企業のITシステムは大きな転換期を迎えています。モバイル、クラウド、IoT(Internet of Things)、AI(Artificial Intelligence)、RPA(Robotic Process Automation)など新しいテクノロジーの普及と進化によって、ITシステムの扱う領域(スコープ)が急速に拡大しているためです。
ITシステムは、技術の進歩によってそのスコープを拡大することで、ビジネスへの貢献度を高めてきました。1970年代後半、コンピューター導入初期のスコープは、バックオフィスのごく一部の計算業務に限られていましたが、やがて企業全体をカバーするようになります。
そして現在では、インターネットの発達とグローバル化によって、ITシステムのスコープは企業という枠組みに収まらなくなりました。今ではインターネットを通じて企業と顧客が直接接点を持つことが当たり前になっています。また、外部の組織と協業する際にはデータ連携が行われます。資本関係のあるグループ企業はもちろん、それ以外の企業もITシステムのスコープに入ってきました。今後は、あらゆるものがITシステムのスコープとなり得ます。
こうしたスコープの拡大に企業のITシステムも対応していかなければなりません。そのためには変化に強い、柔軟で拡張性に優れたシステム構造(アーキテクチャ)が必要となります。
ところが従来のITシステムの多くは、変化に強いとは言いがたい状態になっています。長期にわたってシステムの増改築を繰り返した結果、多くのシステムが複雑に入り組んだ状態になりました(図左)。複雑化しているのは、各システムが個別にデータを所有し、必要なデータをお互いにいわゆる“産地直送”でやりとりしているためです。このような密結合のアーキテクチャでは、どこか一つのシステムを変えると他のシステムに影響が及びます。
この問題を解決する有効な方策の一つが、エンタープライズデータハブ(EDH)を用いたデータ中心のアーキテクチャです(図右)。EDHとは、システム間のデータのやりとりを仲介する存在です。このアーキテクチャでは、各システム間で直接データをやりとりせずに、必ずEDHを通します。これにより、従来はスパゲティのように絡み合っていた相互接続の経路が非常にシンプルになります。どこか一つのシステムを変更する際には、EDHとの接続だけを考慮すればよいので、変化への対応が大幅に容易になります。
さらに、それまで各システムが個別に行っていたデータ管理や変換機能もEDHに移していきます。最終的にEDHには、企業にとって重要な資産である各種のデータが集約されていきます。シンプルなアーキテクチャは、そのまま管理コストの削減や開発の効率化、データ活用の促進に繋がります。
エンタープライズデータハブ(EDH)を使ったデータ中心のアーキテクチャへの緩やかな移行
緩やかな移行によりモダンな構造のシステムへ
データ中心のアーキテクチャが理想だとしても、巨大化し複雑に入り組んだレガシーシステムを、一気にモダンな構造へと移行するのは大きなリスクが伴います。とはいえ、根本的な構造を改革することなしに、従来の延長線上の部分最適に留めてしまっては、システムがビジネスの足を引っ張ってしまいます。
レガシーなシステムからモダンな構造のシステムへと緩やかに移行する手法として有用なのが、既存のシステムを少しずつEDHへと繋いでいく手法です(図中央)。
まず、既存のシステムを維持したまま、新たにEDHを作ります。そして、まず既存システムの中から一つをピックアップしてEDHに接続します。次に、このシステムとデータをやりとりする他のシステムは、必ずEDH経由でデータを取得するように変更します。もちろん、今後追加する新しいシステムも、このEDHに接続することになります。
当然のことながら、移行中もシステム全体は稼働を続けています。移行中はレガシーシステムとEDHを使ったモダンなシステムが共存することになります。この新旧が共存する状態を許容できるのが、EDHを利用したシステム再構築の大きな特長です。これにより、移行のリスクを最小限に抑えながら、緩やかにシステムを再構築することが可能になります。一つのシステムの移行が上手くいったら、次のシステムをEDHにつなぎ関連システムもEDH経由でのアクセスに切り替える、という作業を繰り返して、最終的に図右の状態へと移行します。
自社システムのあるべき姿を
しっかり描くことがポイント
コストをかけてシステムを改修する以上、アーキテクチャの近代化だけでなく、効率化やアプリケーションの整理統合、新しいテクノロジーの導入など、ビジネスに貢献するための機能強化も求められるはずです。
EDHを使ったシステムのモダナイズは、規模によって異なるものの、計画に1年、実施に数年といった、長期間のプロジェクトになります。全社的なアーキテクチャの変更という大きな改修のため、取り組む際には十分な時間をかけて自社システムのあるべき姿をしっかりとデザインすることが重要になります。すぐに結果を求めようとして真っ先にベンダーや製品の選定を始めてしまいがちですが、具体的な構築作業に入ってしまうとアーキテクチャの変更はできません。実装前の論理レベルの検討で、システムのあるべき姿を作り込むべきです。
企業にとってITは、今後ますます競争力を左右する重要な要素になっていくと考えられます。レガシーシステムに依存している企業は、ITの進化を素早くビジネスに活かしていくために、システムの近代化を検討する必要があるでしょう。
株式会社アイ・ティ・イノベーション
ビジネステクノロジー戦略部 部長中山 嘉之 氏
協和発酵工業(現、協和発酵キリン)の情報システム部で部門長兼ITアーキテクトとして活動し、2010年にエンタープライズデータハブを中核とする疎結合アーキテクチャの完成に至る。(IT協会ITマネジメント賞受賞)。2013年よりアイ・ティ・イノベーションにてコンサルティング活動を開始。ユーザー企業目線を大切にし、ベンダー中立にこだわり続ける。【著書】「システム構築の大前提—ITアーキテクチャのセオリー」(リックテレコム)
株式会社アイ・ティ・イノベーション