近年、急速に進化を遂げたAI(Artificial Intelligence)は、いよいよ実用期を迎えようとしています。三菱電機株式会社は、AIを様々な機器に搭載できるように、コンパクトかつ高効率な独自のAI技術の開発を進めてきました。AIのコンパクト化や高効率化によって、従来はAIの適用が難しかった機器も"賢く"することが可能になります。本特集では、三菱電機のAI技術ブランド「Maisart(マイサート)」の特長やその応用について解説します。
機械学習の急速な発達により実用期を迎えようとするAI
ディープラーニングや強化学習といった機械学習技術の発達により、AIの性能は大きく向上しました。機械学習を使えば、コンピューターがデータからその特徴やルールを見つけ出し、そのルールを未知のデータにも適用できます。これにより、従来は人間にしかできなかった、「識別・理解」「診断」「予測・推論」「計画」「最適化」といった知的活動がコンピューターでも行えるようになりました。さらに、インターネットやIoT(Internet of Things)の普及は、学習に必要な大量のデータの収集を可能にし、AIの進歩を加速させました。AIは、今まさに社会の様々な場所で利用される実用期を迎えました。
三菱電機では、早くから機械学習技術の可能性に注目し、独自のAI技術を開発してきました。その成果として、様々な機器に容易に搭載できるAIのコンパクト化、機器が自ら短期間で賢くなるAIの学習高効率化、ビッグデータの分析スピードの高速化などを実現。これら独自のAI技術を「Maisart(マイサート)」としてブランド化し、事業展開を進めています。
三菱電機のAI技術は「すべてのモノを賢くする」というコンセプトに基づいて開発されています。総合電機メーカーである三菱電機は、産業用ロボット、自動車、ビル設備、家電など幅広い分野の機器を手掛けています。それらの機器にAI技術を搭載することで、性能や使い勝手、安全性、エネルギー効率など、ユーザーに提供する価値を大きく高めることが可能になります。また、AI技術を前提とした新しいタイプの機器やサービスの登場も期待できます。
幅広い機器に搭載できる"コンパクトなAI"
Maisartの特長として、まず挙げられるのが処理能力の限られた機器にも搭載できるコンパクトなAIを実現したことです。AIのコンパクト化は、すべての機器をより賢くするというコンセプトを実現するために不可欠でした。機器にAIを搭載するうえでネックとなるのが、その機器が有する処理能力です。例えば、ディープラーニングでは膨大な演算処理を要求するため、それを搭載する機器には高い処理能力が求められます。しかし、すべての機器が高い処理能力を有しているわけではありません。
機器のセンサー等から発生したデータをクラウドに転送し、クラウド上でディープラーニングの処理を行う方法もあります。この場合、機密情報をネットワークで転送する際のセキュリティー対策を施す必要が出てくるなど、システムが大規模になってしまいます。ネットワークの遅延や通信障害などの問題もあります。例えば、自動運転支援やドライバーモニタリングのような車載AIでは、瞬時の判断が求められるため、クラウドにデータを転送して分析している時間はありません。このように、クラウドに依存したAIではあらゆる機器を賢くすることが難しくなります。
Maisartは、独自のアルゴリズムを開発することで、ディープラーニングの演算量を従来の1/30~1/100にコンパクト化することを実現。機器自身やエッジ(端末の近くに分散配置したサーバー)など、従来よりも幅広い機器におけるディープラーニングの活用が可能となりました。機器が自己完結的に学習することで、AIの可能性がさらに広がります。もちろん、Maisartはクラウドと連携してより高度な処理を行うことも可能です。
機器の知見を活かして学習やデータ処理を効率化
Maisartのもう一つの特長としては、三菱電機が有する機器の知見を活かして、学習の効率化やデータ分析の高速化を実現したことがあります。
現在の機械学習は、原理的には適用分野の知見がなくても、データや試行錯誤からルールを見つけたり、最適化することができます。しかし、そのためには極めて大量のデータの準備や膨大な試行錯誤が必要になります。このため通常の機械学習では、実用レベルに達するまでの学習に多くの時間やコストを必要とします。このことがAIを実用化するうえで大きな課題になっていました。
そこで三菱電機は、自らが蓄積してきた機器の知見を利活用することで、学習やデータ分析を効率化しました。例えば、産業用ロボットに強化学習で最適な動作を見つけさせる場合、通常はありとあらゆる動きを試してみる必要があります。しかしMaisartでは、モーターをどのように動かしたらロボットがどのように動くかという知見を利用して学習を効率化できます。また、ロボットに搭載されたセンサーからの情報をフィードバックすることで、より効率化する可能性の高いパターンで試行することも可能です。Maisartでは、強化学習の効率化以外にも、ビッグデータ分析における時系列データ分析の高速化や、ディープラーニングにおけるアルゴリズムのコンパクト化にも機器の知見が活かされています。
映像解析をはじめ様々な分野で新たな価値を創出
Maisartはすでに様々な方面で事業展開が進んでいます。その代表的な例として、三菱電機インフォメーションシステムズ株式会社(MDIS)の映像解析ソリューション"kizkia(きづきあ)"があります。"kizkia"は、ディープラーニングによる機械学習を利用して監視カメラの映像をリアルタイムに解析し、そこに映っている人や物、起きていることを自動的に検知して通知します。例えば、ベビーカーや車椅子を押している人、ふらついている人、置き忘れられた物などを見つけることができます。Maisartならではのコンパクトで高効率なAIは、多くのカメラ映像を解析でき、人間では気づかなかったことへの対応や未来予測の支援が可能です。
このように三菱電機では機器の知見を有する強みを生かし、機器やエッジをAIでスマート化することで、新たな価値を創出していきます。
図1:AI技術適用の概念図
Maisartは、三菱電機の持つ様々なAI技術を統合したブランド。コンパクト、機器の知見を活かした高効率化などが特長
-
※
Maisart:Mitsubishi Electric's AI creates the State-of-the-ART in technologyの略。全ての機器をより賢くすることを目指した三菱電機のAI技術ブランド。
-
※
「Maisart」は三菱電機株式会社の登録商標です。
-
※
"kizkia"は三菱電機インフォメーションシステムズ株式会社の登録商標です。
-
※
本記事は、三菱電機株式会社の田崎裕久氏への取材に基づいて構成しています。
三菱電機株式会社
情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 部長 田崎 裕久 氏
1987年東京工業大学大学院理工学研究科修了、同年三菱電機株式会社入社。
音声の高能率符号化技術、音声合成技術、レーダー信号処理技術の研究開発を経て、現在、同社情報技術総合研究所にて、知能情報処理に関する研究開発に従事。
機械学習やビッグデータ分析などの人工知能基盤技術を中心に、よりスマートな社会を実現することを目指した技術開発に取り組む。
三菱電機株式会社