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データの取得と支援を並行して行うことで実現する
新たな価値提供

2022年12月 | Expert interview

アフターデジタルな世界にビジネスを適応させるには、ビジネスモデルや思考を大きく変える必要があります。これからの企業はどのような考え方のもとに、ユーザーにどんな価値提供を目指すべきなのでしょうか。UX(ユーザーエクスペリエンス)の専門家であり、書籍『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)の著者である株式会社ビービット執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者 藤井保文氏に伺いました。

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
東アジア営業責任者
藤井 保文 氏

東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。
著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計21万部を突破。シリーズ最新作の『UXグロースモデル』では実践的な方法論を提示し、『アフターデジタルセッションズ』では世界のトップリーダーの議論を解説している。

株式会社ビービット

データ取得と行動支援で新たな価値を提供

藤井氏はビービットのCCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)としてアフターデジタルやUXについての啓発活動を行うほか、東アジア営業責任者として様々な企業に対してコンサルティングを行っています。

アフターデジタルな世界におけるビジネスは、行動データを活用して優れたユーザー体験(UX)を提供することが重要だといわれます。行動データの活用が可能にするユーザー体験とはどのようなものか、藤井氏は以下のように説明します。

「行動データが絶え間なく得られるということは、顧客理解の解像度が上がるだけでなく、顧客の置かれた状況まで把握できることを意味します。これにより、人の行動フローを一貫して支援できるようになります。例えば、ある人が旅行を楽しみたいとすると、目的地探しから交通機関や宿、レンタカーの手配、レストランの予約、さらに思い出の写真を整理するなど、様々なサービスや商品を自分でつなげていかなければなりません」

旅行の計画と実行は、慣れない人にとって難易度の高いタスクです。

「行動データをうまく使えば“旅行を楽しむ”という目的達成のフローを一貫して支えることができます。行動データを分析して、ホテル予約の次はこれを検討するはずだとか、今、現地に着いたところだからこのような案内を出そうといった状況に応じた支援を行います。支援にはアプリやWebサイト、時にはリアルなお店や人なども活用します。単一企業が旅行というフロー全体を支援して、ユーザーは楽しい旅行をより簡単に実現できるようになります」(図2)

藤井氏はデータ取得と行動支援はセットで行うことが肝要だと強調します。

「行動データが取れていないとユーザーがどのフェーズにいるのか分からず、的確に支えることができません。同時に、一連の行動を支えていないとデータが飛び飛びになってしまい顧客理解が十分にできません。データの取得と行動支援を両立することで、今までにない価値提供が可能になります」

「図2:一連の行動フローで顧客を支援するアフターデジタル

「図2:一連の行動フローで顧客を支援するアフターデジタル

場所や時間の制約を受けずにユーザーとのつながりを持てるようになったことで、一連の行動フロー全体に対して価値を提供し、目指す成功そのものを強力に支援可能になった。
(資料提供:株式会社ビービット)

アフターデジタルで求められる発想の転換

藤井氏はアフターデジタルの世界においては、これまでの業界の枠に縛られない思考を持つことが重要だと話します。

「例えばスーパーの駐車場で両手に大きな荷物を抱えて車のトランクが開けられずに困っている人がいるとします。センサーでユーザーを認識してトランクが開くようにするという解決法は、自動車業界の中では正解かもしれません。しかし、他の業界の視点に立てば、そもそもスーパーで両手に荷物を抱えるような状況をなくそうという発想になります」

ユーザーを“運転者”ではなく“買い物客”と考えると、より良いユーザー体験が提供できるのは自動でドアが開く車よりもネットスーパーやデリバリーになるかもしれません。デジタルがもたらす破壊的変化に備えるうえでも異なる視点を持つことが大切だといえるでしょう。

日本のアフターデジタルの現状と進むべき方向性

コロナ禍の中で日本でも電子決済やデリバリーなどのサービスが普及し、多くの企業がアフターデジタルな世界を意識した取り組みを行っています。日本の現状について藤井氏は次のように分析します。

「確かに日本もようやく世界標準のデジタル環境に近づきつつあります。しかし便利にはなっても、“社会が変わった”という感じはしません。優れた取り組みを行っている企業がある一方で、皆が本当に社会課題の解決にフォーカスしているかというと、必ずしもそういうプレーヤーばかりでもない感じがします」

その原因のひとつに、製品販売型の思考から抜け出せない点があるといいます。

「これからは顧客接点やサービスが大事になることからスマートフォンアプリを作る企業が多いのですが、製品販売型の思考のままでは、アプリを作ってリリースしたところで終わってしまいます。しかし、ここからがスタートです。多くの人に使ってもらうためにリリース後のアプリの運営や改良にこそ力を入れるべきです」(藤井氏)

どのようなアフターデジタルな世界を築くかは、その地域の制度や文化などにも影響されます。日本の作るアフターデジタル世界について、藤井氏は次のように展望します。

「単純な効率化や利便性という面では、既存のシステムとのしがらみが少ないアジアの新興国にかなわない面があります。しかし製品やサービスの価値は利便性だけはありません。オリジナリティや特別感など、コンセプトや世界観の作り込み(意味性)は、やはり成熟社会である日本の方が先を行っています。もちろん不便なものは顧客に受け入れてもらえませんので利便性と意味性のバランスが重要です。日本では新興国よりも意味性の比率を高めることが可能です。この利便性と意味性の掛け合わせというのは、アフターデジタル時代の日本にとって重視すべきポイントではないかと思います」