モバイル端末とオンラインサービスの普及により、人々は常にネットワークと接続した状態で暮らすようになってきました。現実世界からオフラインの状態がなくなり、オフラインがデジタル世界に包含される世界を「アフターデジタル」と呼びます。アフターデジタルな社会では、人々のあらゆる行動データがオンラインで取得できるようになり、社会や産業の構造を大きく変化させていきます。本特集ではアフターデジタルな社会とはどのようなものか、社会や産業はどのように変化するかについて解説します。
現実からオフラインの状態がなくなった世界とは
「アフターデジタル」とは、人々の生活からデジタルデバイスやネットワークにつながっていないオフラインの状態がほぼなくなり、オンラインとオフライン(デジタルとリアル)の主従関係がこれまでと逆転するような世の中の状態を差します。
モバイル端末とネットワークの普及によって、人々は常にオンライン状態でデジタル技術の恩恵を受けながら暮らすようになりました。朝起きたらスマホでSNSをチェックし、天気や交通情報を調べて家を出て、スマホ内蔵のIC定期券で通勤。取引先へは配車アプリでタクシーを呼んで、地図アプリを頼りに移動。お昼は出前アプリで注文、夕飯の材料はネットスーパーに頼んで配達してもらう。支払いはすべて電子決済、といった暮らしも珍しくなくなりました。
ここで注目すべきは「タクシーに乗る」など、以前はオフラインだった行動がオンライン化されていることです。路上で手を挙げてタクシーを止め、口頭で行き先を告げて現金で支払っている場合には、ほぼ完全にオフラインの行動といえます。しかし、スマホの位置情報を使って車を呼び、行き先もアプリで指定、支払も電子決済となるとこれはオンラインの行動です。人の移動や来店、面会など、かつては完全にオフラインだったリアルな活動においてもオンラインが浸透した世の中がアフターデジタルです。
DXを正しい方向に導くために求められる、アフターデジタルの理解
結果としてアフターデジタルな世界ではオフライン(リアル)がオンライン(デジタル)に包含されるようになっていきます(図1)。これまでの社会は、オフラインが主でオンラインが従の関係でした。例えば、リアル店舗に頻繁に来店してくれる顧客が、たまに自社のアプリやWebサイトを使ってくれる状態です。アフターデジタルではその関係が逆転します。顧客は普段からSNSやWebで企業と接点を持ち、たまにお店に来てくれるという関係に変わります。
オンラインとオフラインの主従が逆転することは、アフターデジタルにおけるビジネス上の重要な視点となります。“逆転”といってもオフラインの重要性が下がるわけではなく、むしろ顧客と直接つながる貴重な機会となります。
現在、多くの日本企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいます。DXとはデジタル化による社会の変化に対応して、ビジネスの仕組みを新しく作り直す活動です。アフターデジタルは、まさにDXに取り組む理由となるデジタル化された社会の姿です。今後、オンラインとオフラインの主従が逆転するという視点を持つことは、DXで求められているデジタルを前提としたビジネスや仕組みを創り出すことにつながります。
図1:アフターデジタルの世界観
オフラインが存在しなくなるとデジタル側に住んでいるような状況になる。デジタルを起点として、
「リアル接点というレアで貴重な場」をどう活用するかという考え方に移行する。
(資料提供:株式会社ビービット)
絶え間ない行動データの取得が実現する、高度なユーザー支援
人々が常にオンライン状態にあるということは、その行動が連続したデータとして記録、分析できることを意味します。POSのような購買データの記録と分析などは従来から行われてきましたが、アフターデジタルな世界では、取得できるデータ量が大幅に増え、精度が向上します。多種多様なデータが時系列で刻々と記録されていきます。
これにより、ユーザー理解の解像度が飛躍的に高まります。従来、市場予測や商品開発に使われてきたユーザー理解は、年齢や性別、職業、嗜好など属性レベルのものでした。アフターデジタルでは、ユーザー一人ひとりについてより細かな情報が取れるだけでなく、時間単位でユーザーが今、どんな状況にあるのかをも把握できます。これにより変化の速い時代においてユーザーを正しく理解することが可能になります。この行動データをいかに活用して、便利さや快適さ、安心・安全を実現していくかがアフターデジタル社会のテーマのひとつです。具体的には、これまで主流だった“製品やサービスを売ることがゴール”というビジネスから、ユーザーに寄り添いながら行動データをもとに、提供する価値や体験(UX:User Experience)を改善し続けるスタイルに変わっていくと考えられます。製造業でいわれてきた「モノからコトへ」「モノからサービスへ」という流れが加速するでしょう。
重要なポイントはデータの活用におけるユーザー本位の視点です。データの取得と活用は、あくまでユーザーにより良い価値や体験を提供するためにあります。ユーザーとの良好な関係を維持するためには、ユーザーが望まない形でデータを使わない、データ収集そのものを目的化しないなど、企業側がモラルを保つことが重要となります。
アフターデジタルの世界では、ユーザーとの接点を持つ企業が強くなる
アフターデジタルな世界ではビジネスの構造も変わってきます。市場で優位に立つのは、顧客と継続的かつ密接なデジタル接点を持つ企業です。行動データを分析して、どのような顧客がいつどこでどのような課題を抱えているのか、どのような製品やサービスを欲しているのか、さらに提供した製品やサービスがどのように使われているかを把握できるからです。これは既存の顧客体験の改善に役立つほか、新規ビジネスの開発にも利用できます。
従来の産業構造は、メーカー主導で作られた製品を他のプレーヤーがどう売るかという構造でした。アフターデジタルでは産業の主導権がより多くの顧客接点を持つプレーヤーに移ります。どのような企業が多くの顧客接点を獲得できるかは、国や市場によっても変わってきます。企業は様々なアプリやサービスを投入してユーザーとの接点を確保しようとしています。BtoB市場でも売り切り型のビジネスよりもSaaSのようなクラウドやサブスクリプションサービスの方がユーザーとの継続的な接点を持ちやすくなります。
このようにアフターデジタルな世界では、市場や産業構造が大きく変わり、企業もそれに合わせて変化する必要があります。その際には、単に既存の枠組みにデジタルを付加するのではなく、まず自社がユーザーに提供する価値の本質を確認したうえで、ビジネスを再構築することが求められるでしょう。
株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
東アジア営業責任者藤井 保文 氏
東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。
著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計21万部を突破。シリーズ最新作の『UXグロースモデル』では実践的な方法論を提示し、『アフターデジタルセッションズ』では世界のトップリーダーの議論を解説している。
株式会社ビービット