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DXと生成AIで激変する
日本の労働需給と
それに対応した人材育成のポイントとは

2024年9月 | SPECIAL FOCUS

デジタル技術は社会に大きな変化をもたらしてきました。DX(デジタル・トランスフォーメーション)は生産性を大きく向上させ、生成AIは創造的な分野でも活用が進んでいます。こうした変化は労働市場にも大きな影響を与えています。三菱総合研究所の試算によれば、日本では今後、人材の需給に大きなミスマッチが生じ、大幅な人手不足が起きる可能性があるといいます。本特集では、予想される労働市場の変化と、それに対して企業と働く人はどのように対処すべきかについて解説します。

需給のミスマッチが大幅な労働力不足の原因となる

現在、日本の労働市場は大きな変革期を迎えており、中長期的に日本の労働需給バランスが大きく変動することが予想されています。三菱総合研究所のレポート「スキル可視化で開く日本の労働市場」によれば、2020年から2035年にかけて需要と供給が大きく変化し、2035年には190万人の人材不足になると試算しています。

この試算では労働人口の変化と産業構造の変化の両方を考慮して、将来の労働需要と供給を比較しています。供給面では、シニアの退出による労働力減少が、女性とシニアの労働参加率向上や外国人材の加入も含めた新規流入の数を上回ります。需要に影響する産業構造の変化としては、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)、さらに昨今の地政学リスクの高まりをきっかけに注目を集める経済安全保障に伴う国内半導体産業の再生などが考慮されています。

同レポートにおいて総計で190万人の不足となった予測は、需給における職種のミスマッチによってさらなる労働力不足が起こる可能性を指摘しています。例えば、2035年には事務職、販売職では労働力の余剰が生じる一方で、建設や農業、専門技術などの職種では深刻な不足が見込まれています。

つまり、ある職種では人材が余っているのに別の職種では人材が足りないという状況が起こります。このミスマッチが解消されなかった場合、不足する労働力は670万人に達すると見込まれています。このようなミスマッチは単に働く人を増やすだけでは解決しません。これからの日本には職業、企業、産業を超えた人材流動化が不可避となります。

段階的・継続的リスキリングで
創造的ワークの領域へとキャリアシフト

同レポートでは、人材ポートフォリオの分析の結果、日本では産業構造の変化で需要が高まる創造的タスクを担う分野の人材が不足していることを指摘しています。職業をタスクの内容によって「創造的か定型的か」で分類すると、日本では多くの人材が定型的タスクに従事しています。2020年のデータによれば、全労働者の76%が定型的タスクに従事しており、創造的タスクに従事しているのは24%に留まっています。これに対して米国では35%、英国では50%と、創造的タスクに従事する労働者の割合が日本より高くなっています。また、日本は米英に比べて人材ポートフォリオの変化が、少なくなっています。人材の流動性の少なさが創造的タスクを担う人材が不足している要因のひとつだと推測できます。

こうした需給のミスマッチを解消するため企業には、労働者が新しいスキルを学んで、異なる職務や役割に対応できるようにする「リスキリング」の取り組みが求められます。

しかし、労働者にとって短期間に新しい分野のスキルを身につけて、未経験の分野に飛び込んで働くことは容易ではありません。

三菱総合研究所は、スムーズなキャリアシフトのために、小刻みで継続的なリスキリングを行うことを提唱しています。そのために、まず既存の職業や役割を細かいタスクの集まりに分解し、分解したタスクの中から定型的なタスクをデジタル技術によって自動化していきます。そして自動化によってできた余裕を使って、新しいスキルを身につけます。これを継続的に行うことで、スキルとキャリアを徐々に創造的な領域にシフトしていきます。このように少しずつキャリア領域をシフトしていくことを「ワンノッチ・キャリアシフト」と呼びます。

マネジメント手法として
人的資本経営とスキルベース組織に注目

こうした労働環境の変化に対して同レポートでは「人的資本経営」が有効だといいます。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、人への投資を通じて従業員のスキル、知識、経験、モチベーションを最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上を図る経営手法です。リスキリングやキャリアシフトは人的資本経営の具体策のひとつといえます。

また、海外ではスキルベース組織が注目されています。スキルベース組織とは、従業員をジョブや役割で厳密に定義せず、「多彩なスキルをもった総合的な人格」として捉える考え方です。従業員の多様なスキルを可視化し、効率的に活用することによって、企業全体のパフォーマンスを向上させることができます。デジタル技術を駆使したスキルベース組織の管理や人材育成のプラットフォームなども登場しています。

AIと人間が協働することで新たな価値を創出

これからの労働市場に大きな影響を及ぼす要素として、急速な進歩を続けている生成AIがあります。生成AIはテキストや画像、動画、音声の生成を行う能力があり、例えば文章の作成や翻訳、要約、質問に対する応答などのタスクを自動化できます。また、ユーザーはAIに自然言語で指示でき、特別なプログラミング言語やアプリケーションを学ぶ必要がありません。

従来、機械による自動化は定型的なタスクに限定されていました。しかし生成AIは、これまで人間にしかできないと思われていた創造的かつ分析的な分野、例えばコミュニケーションや情報収集、データ分析など、多岐にわたるタスクを自動化することが可能です。

AIによる自動化は人の仕事を奪うという見方もありますが、同レポートでは、DX推進の現場で起こるのは自動化による雇用代替ではなく、タスクレベルでの人間とデジタル技術の融合だとしています。AIがもたらす効果には「Automation(自動化)」「Augmentation(拡張)」「Collaboration(協働)」の3つがあります。自動化は人間ができるタスクの一部を自動化することで人手不足を解消します。そしてAIが人の能力を拡張し、人とAIが協働することで、人間のできることが大きく広がり、それによって今までにない新たな市場を創出することが期待できます(図参照)。

日本の労働市場は大きな変革期にあります。しかし、リスキリングやワンノッチ・キャリアシフト、新しいマネジメントの導入やAIの活用などによって、これらの課題を克服し、新たな成長を実現することが可能となるでしょう。そのためには企業と個人が協力し合い、新しい時代に合った労働環境を構築することが求められています。

図:AI がもたらす効果
「Automation(自動化)」「Augmentation(拡張)」「Collaboration(協働)」

出典:Erik Brynjolfsson "The Turing Trap: The Promise & Peril of Human-Like Artificial Intelligence"をもとに三菱総合研究所作成

  • 本記事は株式会社三菱総合研究所 政策・経済センター 特命リーダー 主席研究員 山藤昌志氏へのインタビューを基に構成しています。

株式会社三菱総合研究所
政策・経済センター 特命リーダー 主席研究員
山藤 昌志 氏

株式会社三菱総合研究所 政策・経済センター 特命リーダー 主席研究員。人材、労働、社会保障分野を中心とする政策提言、労働需給や人口動態、健康寿命等に関するシミュレーション、各種統計手法を活用したデータ解析などを行っている。DX、アフターコロナ、人材戦略などに関する寄稿・講演も多数手掛ける。

株式会社三菱総合研究所