いま、世界中で多くの企業が取り組んでいるのが「デジタルトランスフォーメーション」(DX)です。DXとは、最新のデジタル技術を活用したビジネス構造の変革を指します。モバイル、クラウド、人工知能(AI)などのテクノロジーが発達、普及した結果、デジタル技術は単なる業務効率化のツールではなく、市場や産業のあり方を根本的に変える存在になりました。ここでは、理解しておくべきDXの基礎知識と、それを実現するためのポイントについて解説します。
DXの定義と適応する対象の範囲
経済産業省は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。(『「DX推進指標」とそのガイダンス』令和元年)
この中では、「製品とサービス」「ビジネスモデル」「業務そのもの」「組織」「プロセス」「企業文化・風土」が変革の対象となっています。つまり、デジタル技術を用いて、企業活動のほぼすべてを変革することになります。
従来の産業構造や企業の仕組みは、基本的にデジタル以前のテクノロジーや文化を前提として作られたものです。今までは、その基本的な枠組みはそのままに、個別の業務やプロセスをデジタル化することで、企業は生産性や効率を向上させてきました。しかし、昨今のデジタル技術の進歩がもたらす環境の変化は、もはや従来の仕組みでは対応できないほど大きくなっています。
DXはアナログで行われてきたことのデジタルへの置き換えや、プロセスの最適化に留まらず、今までとは異なる価値提供や新たなビジネスモデルへの転換を図るものです。このためDXは、ITやハイテク産業だけのものではなく、あらゆる産業にとっての課題となっています。
社会に大きな変化をもたらしたデジタル技術の大幅な進化
DXという大きな変革が必要になった背景には、まずデジタル技術の飛躍的な進歩と普及、それによる社会の変化があります。
主なテクノロジーとしては、モバイル、クラウド、IoT、AI、ビッグデータといったものが挙げられます。これらの技術は、膨大なデータや計算資源にいつでも低コストでアクセスすることを可能にした他、かつては人間にしかできないと思われていた作業も自動処理できるようにしました。ポイントは、こうしたテクノロジーが、ほぼ世界中で、誰でも使えるようになっていることです。さらにイノベーションの多くがソフトウエアで起こったことで、新しい技術やサービスがかつてないスピードで国境を越え、世界中に広がるようになりました。
すでに人々の暮らしは、デジタル技術の存在を前提としたものになりました。このように社会が大きく変貌する中で、産業や企業も変化するのは自然なことといえるでしょう。
モジュール化とプラットフォーム化により迅速なビジネス立ち上げが可能に
デジタル化が産業構造にもたらす変化としては、ビジネス機能のモジュール化とプラットフォーム化があります。デジタル化すると、必然的に情報のやりとりが規格化されるため、例えば、認証や決済といったビジネス機能の一部を部品のように切り出して提供・利用することが可能になります。こうしたモジュールを組み合わせることで、新しいビジネスを素早く立ち上げることができます。また、有用なモジュールを提供できればそれ自体がビジネスになります。
プラットフォームとは、顧客や他の事業者が活動する場となる仕組みを提供することです。インターネット上には、インフラ、ショッピング、シェアリング、SNSなど、多くのプラットフォームが存在します。プラットフォームは参加者が増えるほど便利になり、それがより多くの参加者を惹きつける特性があるため、早期に参入してトップシェアを得た企業が有利になります。また、プラットフォーム上での参加者の活動から得られるデータが新しい価値を生み出します。
現在、製造業のDXにおいて注目されているのが、製品を使う場所をマネジメントするプラットフォームの動向です。IoTの普及によって、工場や建設現場など多数の機器が活動する場所で協調制御、データ収集・分析、動作の最適化を行うプラットフォームが必要になっています。この分野のプラットフォームで主導的なポジションが得られれば、将来、非常に大きな競争優位が得られます。
自らがディスラプターとなり競争優位を確立する
デジタル時代ならではのビジネスとはどのようなものでしょう。一例としては、一般の人の車をスマートフォン経由で手配してタクシーのように利用するライドシェアサービスが挙げられます。これは誰もがスマートフォンを持っている今の社会環境があって成り立つビジネスです。登場したての頃はその普及が疑問視されていたこともありましたが、実際にはまたたく間に世界に広がり、多くの地域でタクシー産業に破壊的な影響をもたらしました。今では自動車業界にとっても無視できない存在になっています。その後も様々なシェアリングビジネスが生まれ、人々の価値観にも変化をもたらしています。
このようにデジタル技術を駆使した新しいビジネスによって、既存の企業や産業が破壊的な影響を受ける現象をデジタル・ディスラプション(デジタルによる破壊)と呼びます。デジタル・ディスラプター(破壊者)は、同じ業界内から現れるとは限りません。むしろ、過去の慣習や資産に縛られない外部の事業者が、新しい発想とデジタル技術を持って登場することが多くなります。
既存企業は、他社に先行してDXに取り組むことで、自らがディスラプターとなり、新たな競争優位を得られる可能性があります。外部のディスラプターが登場した場合でも、あらかじめデジタルに適応した体制が構築してあれば、素早く、的確な対応を取ることが可能になるでしょう。現代の企業には、攻めと守りの両面からDXの推進が求められています。
- 本記事は、エミネンス合同会社の今枝昌宏氏への取材に基づいて構成しています。
デジタル化による市場・産業構造の変化
ビジネス機能のモジュール化とプラットフォーム化が進む
出典:エミネンス合同会社
エミネンス合同会社 / 代表パートナー今枝 昌宏 氏
エミネンス合同会社代表パートナー、ビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科 経営管理専攻長・教授。京都大学大学院法学研究科、エモリー大学ビジネススクールMBA課程修了。PwCコンサルティング、日本アイ・ビー・エム、RHJインターナショナル(旧リップルウッドHD)などを経て現職。主な著作に『実務で使える 戦略の教科書』(単著)日本経済新聞出版社(2018)、『ビジネスモデルの教科書:経営戦略を見る目と考える力を養う』(単著)東洋経済新報社(2014)、『ビジネスモデルの教科書【上級編】』東洋経済新報社(2016)などがある。