変化の激しい現代において、企業には、革新的なアイデアや技術によって新たな価値を創出し、持続的な成長を実現する「イノベーション経営」が求められています。しかし、イノベーション経営そのものを理解されていない場合もあり、多くの企業が思ったようなイノベーションが興せていない状況にあります。そこで本特集では、イノベーションを興すためのマネジメントシステム(IMS:イノベーション経営体制)の国際規格である「ISO 56000シリーズ」をベースに、イノベーション経営を実践するためのポイントを解説します。
「イノベーション経営」とは
新たな価値を生み出す経営活動
イノベーション活動とは、従来の枠にとらわれず新しい発想で価値を生み出す取り組みを指します。20世紀初頭にオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが「新結合」という言葉を用いて経済発展の理論として定義したのが始まりです。日本では長らく「イノベーション=技術革新」と訳されてきましたが、それは間違いです。革新的な技術やアイデアによって新たな価値を生み出し、社会に大きな変化をもたらす取り組み全体を意味し、「プロダクト・イノベーション(新しい製品・サービスの創出)」「プロセス・イノベーション(新しい生産・流通方法の導入)」「マーケット・イノベーション(新しい市場の開拓)」「サプライチェーン・イノベーション(新しい資源の獲得)」「オーガニゼーション・イノベーション(新しい組織の実現)」の5つに分類されます。
そして、様々なイノベーションの取り組みを体系的に推進する経営活動をイノベーション経営といいます。
イノベーションを興すことを目的とした
国際規格「ISO 56000シリーズ」
イノベーションの実現は、一企業だけの課題だけではなく、国家戦略として重視されています。そのためにはスタートアップの成長と既存組織によるイノベーションの創出の両輪が必要です。しかし、日本では、既存の組織がイノベーションを創出する力が弱く、スタートアップと連携しても新たな価値を生み出せない状況が続いています。
組織としてイノベーションを興すにはどうしたらいいか。方法論に悩む企業の助けになるのが、イノベーション・マネジメントを体系的・組織的に行うためのイノベーション・マネジメントシステム(IMS)の国際規格である「ISO 56000シリーズ」の活用です。IMSを活用して組織変革を進めることで、イノベーションの成功確率を高めることが可能になり、継続的にイノベーションを生み出す組織へと変化することができます。
ISO 56000シリーズは2013年に国際標準化機構(ISO)に設置された委員会で議論が開始され、産業史上初の国際ガイダンス規格が2019年に「ISO 56002」として発行されました。世界59ヵ国が議論に参加し、5年の歳月をかけて発行されたISO 56002には、各国の成功・失敗事例をもとにしたベストプラクティスが盛り込まれています。
イノベーションを興す8つの原理原則と
「ISO 56002」の7つの構成要素
ISO 56002は序文を含めて11箇条から構成されています。序文と箇条1から箇条3は適用範囲、引用規格、用語及び定義などのイントロダクションです。中心となるのが箇条4から箇条10で、7つの要素で構成されています。
ISO 56002においてイノベーション経営の根本的な考え方を提示しているのが8つの原理原則です。「価値の実現」「未来志向のリーダー」「戦略的な方向性」「組織文化」「洞察の追求」「不確実性のマネジメント」「柔軟性」「システムアプローチ」の8つをワンセットの原則とし、組織内で一体化して適応していくことを求めています。
ISO 56002の中心となる箇条4から箇条10については、以下のように規定されています。
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箇条4:組織の状況
組織を取り巻く内外の状況を理解し、イノベーションの意図や適用範囲、組織文化の確立を明確にすることなどが規定されています。
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箇条5:リーダーシップ
イノベーションの確立・導入に必要なリーダーシップのあり方、イノベーションに必要な組織の役割、責任や権限の決定などについて規定されています。
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箇条6:計画
イノベーションを実現するための計画や、リスクと機会への取り組み、イノベーションの目標、必要な組織構造、イノベーションのポートフォリオなどが規定されています。
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箇条7:支援体制
イノベーションに必要な支援の体制を12項目でまとめています。具体的には人材、時間、知識、財務、インフラストラクチャ、力量、認識、コミュニケーション、文書化した情報、ツールおよび方法、戦略的インテリジェンスのマネジメント、知的財産のマネジメントの12項目で、的確なタイミングで提供することを求めています。
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箇条8:活動
イノベーション活動の実践で、ISO 56002の中核にあたるものです。アイデアを価値に変換するための活動をどのように計画し、マネジメントしながら具体化していくかについて、5つのプロセスとして規定しています。5つのプロセスは「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」「ソリューションの開発」「ソリューションの導入」があり、仮説の構築と検証を反復的に繰り返す、非直線型で柔軟性と適応性を備えたプロセスであることを定義しています。
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箇条9:パフォーマンスの評価
イノベーションのパフォーマンス指標を確立し、構成要素を測定、分析、評価しながらマネジメントによるレビューを推奨しています。
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箇条10:改善
箇条9のパフォーマンス評価の結果に基づき、改善施策を実行することです。
実際のイノベーション経営では、箇条4から箇条6で目標を設定して計画(PLAN)し、箇条7から箇条8で支援体制を構築したうえでイノベーション活動を実践(DO)します。その後、箇条9でその結果を評価(CHECK)し、箇条10で実践プロセスやパフォーマンスを改善(ACT)します。このPDCAサイクルを回すことで最適なシステムが構築でき、イノベーション活動が適切に推進されることになります。
イノベーション経営体制(IMS)の概念図(ISOホームページ公開資料をもとに作成)
出典:ISOホームページ
認証規格「ISO 56001」の取得により
計画的な組織変革を推進
ISO 56000シリーズにおいて、認証規格の「ISO 56001」が2024年9月に発行されました。ISO 56001では、企業が規格の要求事項を備えているかどうかを認証機関が審査し認証を行います。基本的な内容はISO 56002と同じですが、ISO56001では箇条5の「リーダーシップ」に「チェンジマネジメント」や「企業文化」が追加されています。チェンジマネジメントは、変革の計画やマネジメントプロセスの要求条件を示したもので、組織変革を計画的に行うことが求められています。
ガイダンス規格のISO 56002に認証規格のISO 56001が加わったことで、企業はイノベーション経営体制の構築の第一歩を踏み出しやすくなりました。イノベーション経営を確実かつスピーディに実践するためにもISO 56001/ISO 56002を活用し、いちはやく変革に踏み切ることをおすすめします。
- 本記事は、上智大学特任教授で、Startup Genome Japan 株式会社 代表取締役社長の西口尚宏氏への取材に基づいて作成しています。
上智大学特任教授
Startup Genome Japan株式会社 代表取締役社長西口 尚宏 氏
上智大学特任教授、Startup Genome Japan 株式会社 代表取締役社長、GlobalEntrepreneurship Network (GEN) 日本マネージングディレクター。上智大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。日本長期信用銀行、世界銀行グループ、マーサー、産業革新機構などを経て現職。GENでは「イノベーション経営ブートキャンプ」を主催し、イノベーション経営の実践支援やコンサルティング会社と共同でアセスメントサービスを行うことで、イノベーション経営の実践的な普及を推進している。
Startup Genome Japan 株式会社
上智大学