日本企業は”発信型の三方よし”でSDGsの牽引役を目指すべき
2020年9月 | Expert interview
現代の企業には、経営そのものをSDGs化することが求められています。SDGs経営では、社会貢献と本業を融合させることで、ビジネス機会の創出やリスク管理を可能にします。ここではビジネスのSDGs化をどのように捉えればよいのか、また日本企業のSDGsにおける課題について、CSR/SDGsコンサルタントの笹谷秀光氏に伺いました。
CSR/SDGsコンサルタント 笹谷 秀光 氏
東京大学法学部卒。1977年農林省(現農林水産)入省。フランス留学、外務省出向(在米国日本大使館一等書記官)。環境省大臣官房審議官、農林水産省大臣官房審議官、関東森林管理局長を経て、2008年退官。同年伊藤園入社、取締役などを経て2019年4月退職。2019年4月より社会情報大学院大学客員教授。PwC Japan グループ顧問。著書『Q&A SDGs経営』(日本経済出版社)、『「SDGs経営」入門―現代版「三方良し経営」のすすめ』(SMBC経営懇話会)など多数。
SDGsでは企業の本業での貢献が求められる
笹谷氏は、産・官・学3つの領域で、環境やCSR、SDGs関連の業務に携わった経験を持ちます。企業やビジネスパーソンに向けた情報発信も数多く行っている笹谷氏は、ビジネスのSDGs化について次のように語ります。
「SDGsは、持続可能な社会を作るための共通言語となっています。企業にとって、SDGsを理解し活用できるかどうかが、株価、ブランデイング、人材確保など、すべてに関係します。SDGsはまさに経営課題そのものになっています」
従来のCSRの取り組みと異なり、SDGsでは企業が本業の中で目標達成に貢献することが推奨されています。
「SDGsの本業化には3つの理由があります。まず『継続性』、企業収益に左右される社会貢献では継続性がなくなってしまいます。2つ目は『社会貢献をしているふりをしないため』です。例えば、自然保護活動に寄付をする一方で、自社工場周辺の環境汚染を放置しているようなことは許されません。まず企業自身が身の回りを綺麗にすることが、本来の社会的責任であるというのがSDGsの考え方です。3つ目は、本業を使って取り組むとイノベーションが起こるからです。例えば先端技術をもった企業が、自社のビジネスとしてSDGsの課題に取り組むことで、大きな進歩が期待できます」(笹谷氏)
SDGsの目標とターゲットをビジネスの羅針盤として活用する
笹谷氏は、SDGsをビジネスの方向について考えたり、整理するための羅針盤として活用すべきだといいます。
「企業にとって、SDGsで示された17の目標と169のターゲットはチャンスリストでもあり、リスク管理リストでもあります。SDGsにある17の目標を”自分事”として見ていけば、必ずどれかが自社の業務と関連しているはずです。例えば、あなたの会社がエネルギー関連の技術に強ければクリーンエネルギーを通じて目標7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)の達成に、水に強ければ目標6(安全な水とトイレを世界中に)の達成に貢献ができるでしょう。SDGsの内容と自社の業務を照らし合わせることで、自分たちの強みを見つけることができます」
また、SDGsでは一社で全てを行おうとせず、パートナーシップも含めた柔軟な捉え方をすることが必要だと笹谷氏は話します。
「様々な業界にソリューションを提供しているICT企業の場合は、提供した技術が最終的に使われる出口のところが重要です。例えば、医療系企業や教育関係のICT化をサポートしていれば、間接的に目標3(すべての人に健康と福祉を)や目標4(質の高い教育をみんなに)の達成に貢献していると考えられます。いろいろな業界を通じて社会課題の多くの部分を担っていけるのがICT 企業の強みです。他社が活動する基盤を提供しているICT業界は、特に波及力の大きい業界といえるでしょう」
SDGsで挙げられている課題は、企業が想定すべきリスクのリストとしても機能します。
「新型コロナウイルスの流行をSDGsに当てはめてみると、『全ての人に健康と福祉を』という目標の中に『感染症への対処』というターゲットがあります。これまで企業の抱えるリスクといえば法令、人権や環境に関係するものでした。今回のパンデミックではSDGsの目標の1つである『健康』という要素がビジネスリスクとして浮上しました」(笹谷氏)
感染拡大に対応するための技術開発やリモートワークをはじめとする働き方の改革などもSDGsの目標やターゲットに当てはめて整理することができます。
「SDGsは非常によくできた体系です。SDGsというメガネを通して物事を見ることで、ビジネスにおける様々な課題の関係性や矛盾が見えてきます。これを知らずして、ビジネスを行うのはもったいないと思います」(笹谷氏)
効果的な情報発信で仲間を増やすことがイノベーションにつながる
笹谷氏は、日本企業がSDGsに取り組むうえでの課題として『効果的な情報発信』を挙げました。
「日本には近江商人の『三方よし』(自分よし、相手よし、世間よし=全ての人が得をするのが良いビジネスの意)というSDGsに近い考え方が昔からあります。今は世間よしの『世間』を考えるうえで世界的視点からできたSDGsを当てはめることができるでしょう。ただ、同じ近江商人の『陰徳善事』(良いことは黙っていてもいずれ伝わる)という考え方は今の時代にはマッチしません。SDGsでは効果的な情報発信が重要です。なぜ情報発信をする必要があるかというと、仲間を増やして、外部からの刺激を受けることでイノベーションが起きるからです。そこで、私は『発信型の三方よし』というやり方を提案しています」
海外企業と比較した時の情報発信力の弱さは、以前から日本企業の課題の1つといわれています。
「日本企業は丁寧なもの作りをはじめとして、SDGsの達成に貢献できる優れた要素がたくさんあります。これに発信力が付けば、さらに大きく前進できるはずです。SDGsは企業の創造性とイノベーションに期待しており、日本企業が活躍できる余地がたくさんあります。SDGsを使った『発信型三方よし』の実践で、ぜひともよりよい未来づくりの牽引役になって頂きたいと思います」(笹谷氏)
笹谷氏が提唱する「発信型三方よし」 出典:笹谷秀光著『Q&A SDGs経営』(日本経済新聞出版)