データをビジネスに活かすために求められる人間の発想と企画力
2021年9月 | Expert interview
DXは”ベンチャー企業や新規事業のためのもの”といったイメージを持たれがちです。しかし、DXはあらゆる企業とそこで働く人に関係します。ここでは、『いちばんやさしいDXの教本』の筆者の一人であり、ディップ株式会社で営業や社内システムのDXを担当した亀田重幸氏に、現場のDX化を経験してきた人ならではの知見を伺いました。
ディップ株式会社
商品開発本部 次世代事業統括部 dip Robotics 室長亀田 重幸 氏
プログラマーやインフラエンジニア職を経て、アルバイト・パート求人掲載サービス「バイトル」のスマートフォンアプリの企画立案を担当。
エンジニアとディレクターという両側面のスキルを生かし、数多くのプロジェクトマネジメントを手掛ける。ユーザー目線を重視した顧客開発モデルを取り入れ、UXデザイナーとしても活躍。著書『いちばんやさしいDXの教本』(インプレス刊)
DXでもビジネスの基本要素は「早い」「うまい」「安い」
ディップはアルバイト・パート求人サイト「バイトル」の運営をはじめとする人材サービスとDXサービスを提供しています。亀田氏は主に営業支援システムや社内システムのDXを担当し、かつてはアナログな会社であったというディップのDX化を実現しました。同社のDX化における経験をもとに書籍「いちばんやさしいDXの教本」を執筆したほか、社外に向けてDXに関する講演やアドバイスなども行っています。
亀田氏はDXを次のように説明します。
「DXとはデジタルで”ビジネスを変革すること”とよくいわれます。ではビジネスの何を変えるのかというと、私は昔からある『早い』『うまい』『安い』がポイントだと考えています。なぜならば、この3つを変えるとビジネスの数字が必ず良くなるからです。デジタルを使ってこれらを変えることができればDXと呼ぶことができるでしょう」
DXの代表例として挙げられるサービスも、その要素を分解してみると確かにデジタルによってこの3つを大きく改善していることが分かります。
「ただ単にデジタルを使って何かを行っただけでは意味がありません。『早い』『うまい』『安い』が変わることで、顧客に新しいバリューを届けることが大事です」(亀田氏)
“サンドイッチ戦略”で小さく始めて大きく広げる
既存のビジネスをDX化する際に課題となるのが、新しいツールや仕組みをユーザー部門にどのように浸透させていくかです。ディップの営業DXでは、利用率が低かった既存の営業支援(CRM)パッケージに替えて、独自開発のCRMツール「レコリン」を導入しました。その際、スムーズな普及を実現するために様々な工夫を重ねたといいます。
「業務の現場に新しいツールを導入する時には、必ず一部から反発があります。最初から全体に導入してもうまくいきませんから、まず小さなグループでプロトタイプを動かして、そこで高い評価を得ます。その成果を持ってマネジメントを説得し、トップダウンの導入指示を出してもらいました」(亀田氏)
最初は反発していた人も、先に新しいツールで業務効率が上がっている人達を見れば自然と興味が沸いてきます。そのタイミングでトップダウンの指示が来ることでスムーズな普及が可能になるといいます。亀田氏はこれを「サンドイッチ戦略」と呼んでいます。
現場が一番困っていることをピンポイントで解決する
この戦略が機能するためには、最初の小さなグループで実際に高い評価を得ることが不可欠です。
「新しいツールでは現場が一番困っていることを解決することがポイントです。他の機能は課題があっても、とにかく一番大変なことが楽にできるようになると使ってもらえます」(亀田氏)
当時、ディップの営業担当が一番苦労していたのが、各人がどこの会社にアプローチすべきかを探すことでした。見込み客や潜在顧客を見つけるための情報収集に多くの労力を費やしていました。
「そこで毎朝、必要な情報を分かりやすくまとめて携帯のCRMアプリに届くようにしました。するとアプローチすべき会社を探しやすいと営業担当の間で評判になりました。組織に普及させるにはトップの後押しも必要ですが、ユーザーが自然と使いたくなるような便利で仕事が楽になるツールにすることが一番大切です」(亀田氏)
開発においては、中途半端なツールにしないために「100人のユーザーがなんとなく使うものよりも1人のユーザーが絶対に必要なものを作る」「一度作った機能を削るのは難しい、できるだけ機能は少なくする」といった方針を決めたといいます。
今ではレコリンの利用率は99%に達し、以前のCRMツールでは得られなかった営業情報が自然と集まるようになりました。
「現在は貯まったデータを使ってより効果的な営業活動の検討や新商品の開発を行っています。データを活用した営業DXが実現しました」(亀田氏)
早い段階からデータ活用のイメージを持っておく
亀田氏はDXを業務改善のレベルで終わらせないためには、効率化だけでなく製品やサービスの価値を向上させることと、集まったデータを使ってビジネスをどう変えていくかのイメージをあらかじめ持っておくべきだといいます。
「業務改善とDXではゴール設定が違います。業務改善はコスト削減のイメージが強いですが、DXではコストを下げるだけでなく、データを活用して顧客により高い価値の提供を目指します。その意識を持つことでゴールが違ってくると思います。重要なのはデータを使って何をしたいのかというイメージを持つことです」(亀田氏)
データ活用においては人間の企画力が重要だといいます。
「データを分析すれば何か答えが見つかると思われる経営者の方が多いのですが、データをビジネスに役立てるには人間の発想による仮説が必要です。DXでは、デジタルやデータから”こんなことができそうだ”と考えついてプロジェクトを立ち上げられるような人材が求められます」(亀田氏)
DXの進め方
亀田氏はDXを小さく始めて大きく拡げることを推奨している。
同氏の「サンドイッチ戦略」では、小さなグループで成果を上げた後、トップの支援を受け、一気に組織に拡げていく
- 本記事は、ディップ株式会社 亀田重幸氏への取材に基づいて構成しています。
- 本記事は、情報誌「MELTOPIA(No.257)」に掲載した内容を転載したものです。