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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

世界最高性能の次世代型観測センサを世界で初めて搭載。
開発は「時間との戦い」
—「ひまわり8号」プロジェクトマネージャーに聞く

朝、出かける前に必ずチェックするのが天気予報。最近はゲリラ豪雨や大型台風が頻発し、その重要度は増すばかり。現在天気予報に使われているのは気象衛星ひまわり7号だが、2015年に運用寿命を迎えるため、2014年10月7日にひまわり8号が打ち上げられる予定だ。 8号は世界最高性能の観測センサを「世界一番乗り」で搭載、気象予測の精度向上が期待される。だが世界のどこも使ったことがない観測センサであるために、苦労も大きかったようだ。開発した三菱電機ひまわり8・9号プロジェクトマネージャー磯部昌徳さんに聞きました。

ずばり、開発で苦労なさったのはどんな点でしょう?
磯部:

ひまわり8号は世界最高性能の可視赤外放射計(Advanced Himawari Imager、略してAHI)という観測センサを搭載していますが、実はこのセンサはアメリカが次期米国気象衛星用に開発したABI(Advanced Baseline Imager)を、一部日本向けに改良したものなんです。アメリカの気象衛星がABIを最初に打ち上げる計画は2016年ですので、世界最高性能の次世代型センサをひまわり8号が世界で最初に打ち上げることになるのです。AHIは今までのセンサに比べてかなり進化し、機能も非常に複雑です。

使いこなされた技術を「枯れた技術」と表現しますが、「枯れてない」わけですね?
磯部:

そうです。ひまわり7号のセンサは枯れたセンサで実績も十分あった。ところがAHIは作ったアメリカでさえ、まだ衛星に乗せて地上試験をしたことがない。だから当社が地上試験をしていくと、色々予想していなかったような問題が出てきたのも事実です。実際に軌道上で使用されていないので、マニュアルもまだ枯れていないところがいっぱいあって、そこが非常に苦労した点ですね。

「ひまわり8号」のイメージ図。全長8メートル、打ち上げ時の質量は約3.5トン。JAXA種子島宇宙センターから2014年10月7日(火)14時16分~18時16分に打ち上げ予定。
しかも7号は観測の寿命が来年夏までとされているので、打ち上げの遅れは許されない・・・。
磯部:

はい。観測センサの調達に時間がかかるために、AHIの契約はプログラムが始まってすぐの2009年に行いましたが、この時点でAHIのベースとなるABIの開発・認定は完了していませんでした。その後ABIの認定試験で大幅な遅れが生じたために、AHIのスケジュールも遅れてしまい、しわ寄せがすべて後ろの当社のシステム作業にきました。おかげでこの1年は連休も正月もなく、不眠不休でした(苦笑)。

それは大変でしたね。ところでAHIは「次世代型センサ」ということですが、従来までのセンサともっとも違う点はなんでしょうか?
磯部:

可視画像が白黒からカラーになったり、観測に使うバンド数が5チャンネルから16チャンネルになったりと違いはたくさんありますが、一番大きいのは解像度が2倍になり、観測頻度が3倍に上がった点ですね。しかも、地球全体を10分でスキャンして全球画像を作りながら、日本の領域だけを集中的に撮影しつつ、さらに特定の領域をスポットで撮影できます。従来は地球の全球画像を決められた通りに撮るだけでしたが、刻一刻と変化する台風や積乱雲を追いかけるような撮影ができるのです。

つまり、「今ここを見たい」という場所や現象の撮影が可能になると?
磯部:

どの領域を観測するかの決定は気象庁さんが行いますが、たとえばこの台風を追いかけて欲しいとか、この積乱雲を集中的に見て欲しいとか、そういう要求に即座に応えて見たいところが集中的に見られるような観測のフレキシビリティが向上しています。しかも個々の観測性能も上がっているのできめ細かな観測ができます。このように、観測バンド数が増え解像度があがるのでデータ量はひまわり7号の約50倍になります。この大量のデータを地上に降ろす通信には広い帯域が必要で、従来のSバンドではなくKaバンドを使います。これらすべて含めて7号から性能が格段にあがっています。今後20年先ぐらいまで、この次世代型センサが世界のスタンダードになるのではないでしょうか。その先駆けとなる衛星です。

では、世界が注目しているのですね?
磯部:

もちろんです。アメリカも自分たちがまだ宇宙で使ったことがないので非常に注目しています。さらに気象庁さんの話では、アメリカや欧州など世界中の気象機関のみならず、世界中の大学等研究機関からも高い関心を集めているそうです。

ひまわり8号・9号プロジェクトマネージャーの磯部昌徳さん。ひまわり7号では衛星システムを担当し8号からプロジェクトマネージャーを担当。
世界が注目し国民生活に密着する衛星。プレッシャーが大きいのではないですか?
磯部:

ええ。開発衛星ではなく国民生活に密着している実用衛星であり、苛酷な宇宙空間で、ひまわり9号と合わせて15年間にわたって10分毎の観測を途絶えさせずに続けなければいけません。大きなプレッシャーはあります。そのために地上で様々な試験を行って問題がないかどうかを確認してきました。打ち上げてみないとわからないことがあるかもしれませんが、地上でできることはすべてやりつくしたと思っています。

宇宙からデータがちゃんと届くまで不安、ということでしょうか?
磯部:

データは取れると思います。でもデータは信号でしかない。そのデータをきちんと天気予報に使える情報に加工できるよう、地上でのデータ処理を含めた全体のシステムをチューニングしていく必要があります。たとえばひまわり8号には、観測センサを取り付けている土台である光学ベンチに姿勢センサをまとめて取り付け、さらに高周波までの測定が可能な角速度センサや加速度計を追加しました。これらのデータと画像を、時刻を合わせてきちんとセットで処理して、気象衛星センターへ伝送します。このデータを使うことで気象庁さんは画像位置合わせ処理を高精度で行うことができます。そうした衛星と地上側が一体になったプロダクト作りがひまわり8号の特長なのです。

エンジニアとしてこだわっているところはありますか?
磯部:

ひまわり8号には、DS2000という標準型の衛星プラットフォームを使っています。これまでDS2000はひまわり7号を含めて7機打ちあがっていて、一つも大きな不具合はなく、順調に軌道上で動作しており、その信頼性は世界中からも高く評価されています。この高い評価を次につないでDS2000シリーズとしての新たな実績を積み上げたいですね。各衛星で使われているDS2000は基本的な設計はほぼ同じですが、細かいところで色々進化をしています。たとえば計算機などに故障が起こって、バックアップの機器へ切り替える際、従来は一度観測を中断する必要がありましたが、ひまわり8号では即座に切り替えができるため、観測を中断することなく継続できるようになり、運用継続性を改善しています。

いよいよ打ち上げが近づいていますね。
磯部:

そうですね。打上げに向けて射場での作業は順調に進んでいますが、打ち上げ後も静止軌道に衛星を乗せる作業、その後の軌道上試験での機器のチェック作業や地上処理を含めた総合試験などが続き、まだまだ気を抜けません。道半ばだと思っています。

ひまわり8号のカラー画像を天気予報で見られるのは、来年2015年の夏頃ですね?
磯部:

はい。様々なチェックの後、2015年4月から運用が始まります。夏頃には7号の観測から8号の観測に交代し、実際の天気予報に使われる予定です。カラー合成されるので、黄砂などの微妙な色がわかるようになるでしょう。今の7号までの画像を天気予報番組などで放映する際は大陸は緑に、海は青に人工的に着色されています。それがよりナチュラルな色になると思います。海や大陸の本来の「いま」の色が8号では見えて、驚くかもしれませんね(笑)。