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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「宇宙天気予報」は日本にお任せ!─ 太陽観測最前線

地上に天気予報が欠かせないように、宇宙にも天気予報=「宇宙天気予報」が欠かせない。と言っても、宇宙では雨は降らない。太陽から強烈な風が吹き、「嵐」を起こす。その大元は太陽面で起こる大爆発「太陽フレア」だ。

フレアが起こると、電磁波や高エネルギー粒子の放射線が光速か光速に近い速さで届く。宇宙で活動中の宇宙飛行士が被爆する危険性が高くなるし、人工衛星の回路などに故障を引き起こした例もある。宇宙だけではない。1989年3月の太陽フレアではカナダ・ケベック州で約600万人が被害を受けた。旅客機や漁船が使う短波による通信が不通になったり、GPS測位が使用不能になったことも。最大級の太陽フレアが発生すると、その経済的損失は2兆ドルに及ぶという報告もあるほどだ。

こんなに大規模なフレアが起こるのは10年に一度ほど。だから日常生活に影響ない、と思うかもしれない。だが、2012年7月には観測史上最大の爆発が起こったことが宇宙で観測されている。たまたま地球と反対方向に衝撃波が飛んだため大事には至らなかったが、いつ同様の爆発が起きてもおかしくない状況なのだ。

では、宇宙天気予報の現状は?米国(NOAA宇宙天気予報センター)や日本の情報通信研究機構で既に行われてはいるものの、フレア爆発の発生予報精度は依然として低い。その原因は「現状では黒点の形や大きさを見て、大きな黒点が出現したらフレアが起きそうだと経験値に基づいて予報している。『太陽表面でこういう条件が満たされたら爆発する』という物理モデルに基づいた予測がまだできていません」と名古屋大学太陽地球環境研究所の草野完也教授はいう。つまり、太陽フレアの科学的な解明が必須なのだ。

太陽観測は国際協力で進められている。上の画像はNASAのSDO衛星の画像。太陽全体で起こるフレアをとらえる。下の画像は「ひので」がとらえた黒点と太陽フレア。「ひので」は世界一の解像度で、太陽表面で起こる微小な変化を見逃さない。
(提供:NASA/Solar Dynamics Observatory/国立天文台/JAXA)

太陽は、私たちにもっとも近くにある恒星であり、生命を育む「母なる星」でありながら、わかっていない問題が多い。その理由の一つは、太陽が発する膨大な熱を受けながら大口径の望遠鏡で精密な観測をすることが容易でないからだ。しかし、日本は太陽観測衛星による観測で世界の最前線を走る。現役の太陽観測衛星「ひので」(製造:三菱電機)と地球シミュレーターによる数値計算によって、太陽フレアのメカニズムの理解が飛躍的に進んでいる。

では現在、考えられている「太陽フレア発生のメカニズム」は?正体を握るのは「磁場」だ。太陽は内部に強力な磁石があるようなもので、磁石で作られた磁力線が表面に出る時に黒点を作る。だから黒点にはN極とS極がある。黒点は地球がすっぽり入るほど大きいものもあって、その磁場は地球磁場の一万倍にも及ぶほど。太陽コロナをX線で見ると、黒点から出た磁力線が複雑なループを描いている様子が見える。この磁力線自体がエネルギーを持ち、磁力線が複雑にねじれていくと大きなエネルギーが蓄積されていく。

しかし、これだけではフレアは起こらない。フレアを起こす引き金、つまりトリガーが必要だ。何が引き金になるかを名古屋大学などのチームが地球シミュレーターで詳細な数値計算を行ったところ、「特殊な構造をもつ2種類の磁場」が引き金になることを見出した。さらに「ひので」が観測した大規模フレア画像で、確かにその2種類の磁場が出現した数時間後にフレアが起こったことを確認。世界初の発見であり、快挙だ。

トリガーになったのは、2種類とも「小さな磁場」だった。周囲の大きな磁場と「反対の極」か「反対方向のねじれ」をもつ小さな磁場ができると、大きな磁場との間で「磁力線のつなぎ変え」が起こり、次の瞬間に大きな磁場の磁力線が太陽表面から急速に切り離されていくことで、大爆発を引き起こす。たとえていえば、小さな亀裂が大きな雪崩を起こすようなものなのだ。

名古屋大学などのチームは、太陽フレアが何が引き金となって起きるのか、どんな前兆現象があるのかを世界で初めて解明。宇宙天気予報の実現に大きな前進だ。(画像提供:草野完也、伴場由美(名古屋大学)出典:Bamba et al.(2013))

宇宙予報実現に必要なことは?

しかし、太陽フレアのメカニズムはわかってきたものの、宇宙天気予報に結びつけるには「いつ」「どこで」「どんな大きさの」爆発が起こるかを事前に予測しなければならない。それには現在の「ひので」の次の衛星「SOLAR-C」が必要となるという。

フレアを起こす「磁力線のつなぎかえ」は、最初に太陽の「彩層」で起き始める場合がある。黒点が見られる「光球」の上の層だ。だが「ひので」は彩層の磁場を観測できず、「現場写真」が撮れない。一方、「SOLAR-C」は彩層の磁場を高い解像度で観測できるため、磁力線が切れる瞬間はもちろん、その前兆も観測できる。まずエネルギーの蓄積過程を見て、どのくらいのフレアが起こるか「規模」を推定するとともに、フレアを起こす引き金になる「トリガー磁場」を見つける。

大規模な太陽フレアが起こると、宇宙活動や地上生活にも大きな影響をもたらす。「どの程度の太陽フレアがいつ起こるか」という精度の高い宇宙天気予報の実現が必須。(提供:NASA)

「どのくらいの『規模』の爆発が起きそうかは1日前に、『いつ』、『どこで』起きます、という予測は数時間前にできるようにしたい」と草野教授はいう。数時間前に予報ができれば、磁気嵐に備えて長距離電線を一時的に遮断する、宇宙飛行士を避難させる、人工衛星の退避オペレーションをとるなど様々な対策が可能だ。

太陽には他にも大きな謎がある。太陽は11年ごとの活動周期をくり返すが、現在の第24太陽周期は過去最低であり次の活動周期が気になるところ。「SOLAR-C」は次の第25周期に向けてプロジェクト化の準備が進められている。宇宙天気予報の実現、太陽活動の謎解明に向けて、世界をリードする研究が期待できそうだ。