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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

体力なし、運動嫌い。
大西宇宙飛行士が語る「宇宙流肉体改造」

宇宙飛行は宇宙から帰ってきて終わりではない。帰還後すぐ厳しい任務がスタートする。「宇宙人」になった身体を「地球人」の身体に改造することだ。2016年に宇宙滞在した大西卓哉JAXA宇宙飛行士は「体力はないし、筋トレは嫌い。だから、宇宙飛行士に応募してもなれないだろうと思っていた」と記者会見で告白した。そのせいか、大西飛行士が語る宇宙飛行前後の身体の変化は、とても親しみが持てる。体力がなく運動神経もよくない自分が宇宙に行って帰ってきたら、こんな風に感じるのかと現実的に想像できるのだ。

大西飛行士は七夕の7月7日に打ち上げられ、115日間の宇宙滞在のあと、10月30日に帰還した。宇宙飛行士の健康管理や、宇宙飛行前中後のトレーニング・リハビリはこれまでNASAが主導権を持っていたが、大西飛行士からはJAXAが自立的に実施することになった。帰還後45日間のリハビリも、JAXAが大西飛行士の回復状況を見ながら訓練メニューや負荷を判断して実施。11月末にはリハビリの一部がJAXA筑波宇宙センターでメディアに公開された。その時の大西さんの言葉や12月に東京で行われた記者会見、また大西さんのぐぐたす(欄外参照)には身体にまつわるとても興味深い内容が満載だ。

「2016年を総括する漢字は?」と記者に問われて「飛」と答えた大西卓哉宇宙飛行士。初めての宇宙「飛」行を実現させ、個人的にも「飛」躍した年、というのがその理由。元航空機パイロットとして大空を飛んできた大西さんらしい言葉だ。12月17日JAXA東京事務所で。

帰還直後 空を見上げて地球に帰ってきた喜びを実感

2016年10月30日、宇宙人の身体になって地球に帰還した大西卓哉宇宙飛行士(提供:NASA/Bill Ingalls)

まず、宇宙から帰って直後の身体の変化について。面白かったのは「視線が極端に狭くなっていた」ということ。「(無重力の宇宙から重力のある地上に帰ってきて)、脳が重力の情報を処理して、体がどうなっているのか考えるのにいっぱいいっぱいで、周りが全然見えていなかった。目の前のものは把握できても、視界の端っこにあるものが見えなかったんです」

着陸地で待ち受けていた日本の記者から声をかけられて初めて、自分のすぐ近くにたくさんのメディアがいたことに驚いたという。記者からの質問に答える時も、ろれつがうまく回らない。自分の舌が重くて、話すのに少し労力がいったそう!面白いなぁ。向井千秋飛行士は「紙1枚も重く感じた」と言っていたから、舌も重くて当然。頭なんてものすごく重くて、首が支え慣れておらずぷるぷる震えるという話も古川飛行士から聞いた。「宇宙人の身体」が地球という異環境にとまどっている。

帰還直後の大西さんの様子をNASAテレビで見ていた私が興味をもったのは、大西さんが空をしきりに見上げていたこと。そのことを尋ねると「(取材にきていた)記者の方々と話して何気なく上を見たときに、空が本当に大きくて青くて感動したんです。もちろん空はそれまでもあった。でも初めて見上げて『あ、空だ』と気づいた。その時に地球に帰ってきた喜びを感じたんです」

身体の動きについてはどうだったのか。よく宇宙では筋力が低下するといわれるが、「筋力が落ちたわけではなくて、発揮するやり方を脳が忘れているんです。さらに、体の重心がどこにあるかわからないから、ちょっと身体を傾けただけでも、傾けたほうに倒れてしまう。日常的な生活を送るまで3日ぐらいかかりました」と大西さんは振り返る。

1日2時間×45日間で「地球人の身体」に

宇宙から帰還し、アメリカでの訓練拠点である、テキサス州ヒューストンに到着。リハビリは、翌日から始まった。1日約2時間。最初の約一週間は「重力への再適応」のためストレッチ、歩行・走行訓練から始まる。徐々に体幹を鍛え、平衡感覚を取り戻す。また、目や耳と足などの体性感覚と協調性をとった運動メニューを増やしていく。

私は2011年に宇宙滞在した古川聡宇宙飛行士に帰還後のリハビリについてかなり詳しくインタビューさせて頂いた。古川さん曰く、帰還後のリハビリは「宇宙でなくしてしまった『重さの感覚を取り戻す』こと」。たとえば地上では腕をあげたりして重心がずれたとき、無意識に身体を動かして倒れないようにバランスをとる。でも宇宙では重心がずれても転ばないからバランスのとり方を忘れてしまう。だからリハビリではあえて重心の位置を動かしていく。重心移動に体を慣らし、身体全体が協調運動をとれるようにしていく。

大西さんは「走るという動作は人間の動作では高度な運動だと思う」と感じた。「宇宙から帰って2週間ぐらいは、宇宙と同じように走ると、ももがあがっていなかった」また、リハビリで一番きつかったのは「体のバランスをとる運動」だった。片足で立って上半身を曲げていき、反対側の手でつま先を触る。帰還直後はふらふらして、一歩進もうとしても逆側の足が地面についてしまったそうだ。

リハビリの中で大西さんが「一番きつかった」という運動。胴体の一番重い部分をダイナミックに動かすため、重心位置がぶれ、難しい。(11月25日、JAXA筑波宇宙センターにて)

宇宙では有酸素運動や筋トレのマシンはあっても、ストレッチがなかなかできないと聞く。だから体がどうしても固くなるのだと。その点について大西さんも同意。「どちらかというと体が柔らかいほうだったが、今(11月末)前屈しても足に手を付けるのが精いっぱいで身体が固くなっている。宇宙での運動機器の改良の余地はあると思う」と話してくれた。

やわらかい足場の上でバランスをとりながらボールをトレーナーと投げ合う。私もこの足場に立ってみたが、ぐにゃぐにゃしてまっすぐ立つのも難しかった。激しい運動が多く、吹き出す汗をぬぐう場面も多くみられた。
これは大西さんが得意だった運動。華麗なステップを踏んでいた。

家に帰ると二人の鬼コーチ

宇宙から帰還直後はNASAの施設に宿泊。翌日からヒューストンの自宅に戻った大西さん。リハビリから自宅に帰ると鬼コーチが待ち受けていた。二人のお子さんだ。「子供がまだ小さくてお風呂に入れるときに、抱っこして浴槽をまたがないといけない。それが腰にものすごく、くる。大変でしたが数日で慣れました。彼らは容赦がない。お父さんがどういう身体状況にあるかなんて、考慮してくれませんから。家の中に鬼コーチがいることで回復が早かったと思います(笑)」

「腰の痛み」は今、宇宙医学でホットな話題であり、大西さんも悩まされたそうだ。「宇宙に行った時もしばらく腰が痛くて、夜に腰の痛みで起きました。よく言われるのは、宇宙の重力がない環境で背が伸びることで痛みが起こる。地球に帰った時は逆の現象(背が縮む)で腰に負担がかかる。寝ていて起き上がるときに『イタタタ』という感じで、自分の祖父母もそうだったと思い出します」。宇宙から帰還後、腰の痛みや体の重さを支えることによるひざの痛みは11月末ごろまで残っていたが、45日間のリハビリを終了した12月にはすべておさまったそうだ。

冒頭で書いたように大西さんは、運動が好きでなく、体を鍛えるだけの筋トレは大嫌い。だが、「宇宙で好きなことをやらせてもらったから、苦手なことを頑張ろう」と励んだ結果、45日間のリハビリを終えた後「人生の中で今、一番身体が仕上がっている」と嬉しそう。宇宙に行くと筋力が落ちると思われがちだが「(帰還後)ベンチプレスで上げられる値は宇宙飛行前より増えたし、懸垂も回数が増えてました」と語る。宇宙では毎日2時間半運動せざるを得ず、「人生でもっとも運動した半年間。肉体改造にはよかった」と満足げだ。

今回の大西さんの長期滞在でJAXAは宇宙飛行前から飛行後の健康管理を実施できた。次の目標は、宇宙から帰還後にNASAに寄らず、直接日本に帰ってきてリハビリを行うことだ。これは「ダイレクトリターン」と呼ばれ、ESA(欧州宇宙機関)の宇宙飛行士たちはすでに実施している。ただ、日本がそれを実現するには大きな課題がある。現在、宇宙飛行士は数多くの医学実験に参加していて、宇宙飛行士の身体自体が「データの宝庫」となっている。データは鮮度が大事であるため、帰還直後から世界中の研究者たちによるデータ取得が始まる。もし飛行士が日本に直接帰還することになれば専用の機材を揃える必要もあるし、研究者たちが日本に来なければならなくなる。「2017年末に飛行する金井飛行士の時には難しいかもしれないが、将来的には実現したい」とJAXAは語っている。

ISSではAREDと呼ばれる機械を使って筋トレを行った。1日2時間以上の運動を宇宙飛行中から飛行後まで継続。運動嫌いな大西さんが「人生で最も運動した半年」だったそう。(提供:JAXA/NASA)

宇宙ホテル実験モジュールの中に!

さて、帰還した大西さんに私はどうしても聞いてみたいことがあった。大西さんが宇宙滞在中、アメリカの民間企業が打ち上げた宇宙ホテルの試験モジュールBEAMが国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしていた。BEAMは膨張式で打ち上げの時は小さく折りたたんでおいて、宇宙で広げるという画期的な居住棟だ。宇宙ホテル実現に向けて気密性が保たれているかなどの実験が行われていた。将来の「宇宙旅行時代」実現に向けて大きなステップとなる実験であり、民間企業とNASAとの共同実験でもある。好奇心旺盛な大西さんのことだから、絶対に中に入っているに違いない・・・と思ったらぐぐたすで「入った」との投稿が!さっそく感想を聞いてみた。

「数十日間に一回点検するために宇宙飛行士が中に入ります。私もどさくさに紛れて中に入りました(笑)。入る前は風船のようなイメージで柔軟性があるやわらかいモジュールと思っていたら、ほかの実験棟と比べてそん色なく、外壁は十分に硬かった。打ち上げ時の重量や容量を小さくできる画期的なアイデアなので、いいデータが出れば同じような形のモジュールを打ち上げることは十分可能ではないか」と期待を語ってくれた。

この宇宙ホテル実験モジュールだけでなく、NASAはISSへの補給についてもドラゴン宇宙船やシグナス宇宙船という二つの宇宙船を民間委託。また宇宙実験でも民間企業とパートナーを組んで行う実験がNASAの実験の約半分を占めているという。「日本もどんどん宣伝をして、企業との共同研究ができたらいいと思う」(大西さん)

国際宇宙ステーションにドッキング中の宇宙ホテル試験モジュールBEAM。打ち上げ時は小さく収納し、宇宙で膨張させる。大西さんは、この中に入った唯一の日本人宇宙飛行士だ。(提供:NASA)

今後、大西さんはまたISSに戻りたいし、さらに遠くの天体を目指したいという。だが「今の技術では火星に行くのは現実的でない」との見方も示した。その理由として挙げたのがトイレ。「トイレが頻繁に壊れたが、高度400kmを飛行するISSは地上から修理物資の補給を受けられる。だが火星飛行となると物が壊れても補給は受けられないし、スペアもそんなにたくさんは持っていけない。機器の信頼性を上げる必要がある」という課題が見えたそうだ。