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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙で子孫を残せるか?金井宣茂宇宙飛行士インタビュー

今年10月以降、金井宣茂宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に飛び立つ。金井飛行士と言えば、以前の記事(コラム参照:臆病な宇宙飛行士、悔し涙の日々を乗り越えて—金井飛行士インタビュー①)で紹介した通り、元海上自衛隊の潜水医官(だから自己紹介では「潜りの宇宙飛行士」と笑いをとる)、おばあちゃん子で折り紙が得意、臆病で用心深い。弓道・合気道で鍛錬し愛読書は宮本武蔵の「五輪書」と、かなり個性的な宇宙飛行士だ。

金井宣茂宇宙飛行士。実は日本で初めて眼鏡をかけて選抜された宇宙飛行士でもある。「眼鏡をかけていて訓練で困ったことはありませんか?」と聞くと「あまりないですが、船外活動訓練の時にヘルメットの中でメガネが曇ったりすることはあります」その時はこんな風にするんですよ、と眼鏡をちょっと下にずらして見るテクニックを披露してくれました。

この3月に日本に一時帰国。DSPACEで単独インタビューさせて頂いたときも、「新しい名刺ができました!」と、名刺を出す金井さんの名刺入れに目が釘付けに。薄桃色に小さな花柄、和紙素材?こんなに可愛い名刺入れを持ってる宇宙飛行士は初めてかも...金井さんの意外性に驚きつつ、インタビューが始まった。

宇宙酔いにならないために—「回転いす」は効果あり!?

いよいよ、打ち上げが約半年後に迫ってきましたね。今、宇宙飛行で興味を持っていることはどんなことですか?
金井:

宇宙に行って、どういう身体の変化が起こるのかを身をもって体験することですね。どれくらい人間の身体が、素早く新しい環境に適応できるのか。

たとえば、打ち上げ後に無重力環境になったとき、宇宙飛行経験のある宇宙飛行士はすぐに無重力の感覚を思い出して動けますが、初めて宇宙に行く飛行士の場合、どうやって無重力状態で身体を使えばいいかが、なかなかわからない。そうは言っても、補給船が来るとロボットアームでキャッチしないといけない、または船外活動で故障した箇所を直さないといけない状況が起こります。どのくらいの期間を置けば、そのような危険を伴う作業ができるのか。まずは、地上から宇宙へ行った時の適応が一つのポイントですね。

もう一つは、逆に宇宙に長期滞在して地上に戻った時です。着陸直後、宇宙飛行士たちはふらふらしていますが、将来火星に着陸したときは、誰の助けも得ずに重力のある火星で活動しないといけない。どうやってすぐに重力に再適応させるのか。宇宙医学の研究テーマの大きな柱の一つです。

大西飛行士は地上帰還後、45日間かけてリハビリを行いましたね。
金井:

大西さん油井さんもリハビリテーションを頑張ってすぐに体力を回復しました。すぐと言っても数週間ぐらいかけて元の状態に戻しています。それをいかに早くするか。それとも早くできないものなのか。自分自身の身体で体験したいなと思います。

大西さんや油井さんの宇宙飛行前後の身体の変化で、興味を持ったことはありましたか?
金井:

油井さんはスーパーマンなので(初飛行でも)へっちゃらで、宇宙から帰還直後にフィールドテスト(身体機能テスト)も全部やっちゃう(コラム参照:油井宇宙飛行士インタビュー① NASAも驚いた身体能力、その秘訣は?)ほどでした。大西さんと2人で「油井さんを基準にするのはやめよう」と。逆に「油井さんを宇宙飛行士の標準と思ってもらっては困る」と話してます(笑)。私は「つらい時はつらい」と言います。

ぜひ。それでこそ金井さんです(笑)。でも金井さんは「海の男」だから、船酔いとかには慣れてるわけですよね?
金井:

慣れてないですよ~。全然だめですね(笑)

え、そうですか?乗り物酔いと宇宙酔いは関係がありますか?
金井:

油井さんとかを見ていると、テストパイロットで(極限飛行中に)平衡感覚をつかさどる三半規管がぐちゃぐちゃに混乱するような状態でも平気な人は、宇宙酔いに強い気がしますけどね。三半器官を鍛えるのがいいのかもしれない。

三半規管って鍛えられるんですか?
金井:

ロシアでは古典的な回転いすでぐるぐる回して、練習してから宇宙に行くみたいです。「回転いすが宇宙酔い対策に有効である!」と考えているようですね。

ロシアはガガーリンの時代から、選抜でも宇宙飛行前にも回転いすを行っているんですよね?
金井:

はい。回転いすは意味がないという人もいますが、私もどちらかと言うと油井さんを見る限り、(回転いすが宇宙酔い対策に有効という)傾向があるのではないかと思います。でも、わかりません。自分の身で経験して報告します。

じゃあ、打ち上げ直前は回転いすをしっかりと?
金井:

はい。少しでも回転いすで慣れてから宇宙へ行きます(笑)

打ち上げ直前にバイコヌール宇宙基地で回転いす訓練を行う大西卓哉宇宙飛行士。(提供:NASA/Alexander Vysotsky)
宇宙から帰還後、大西さんは日本でもリハビリを行いました。現在、日本人宇宙飛行士は宇宙から着陸後、まずNASAに戻ってリハビリをスタートしていますが、JAXA関係者は、将来的にアメリカに行かず、帰還後に直接日本に戻したいと言われていました。金井さんは希望されますか?
金井:

私はどこでも大丈夫です。日本でリハビリすれば、温泉につかりながらできるかもしれませんね(笑)。もしそうなればぜひ。日本でリハビリを行えることは、大西さんで確認できています。ただし宇宙実験の内容によっては、帰還直後のデータ取りをどこでやるかという問題がありますし、国際調整が必要になると思います。

日本に直接帰ってきたら、ものすごい話題になるでしょうね。

「マウス実験」—人間は宇宙で子孫を残せるか

宇宙医学について今、話題になっていることや興味のあるテーマはありますか?
金井:

昨年、日本はマウス12匹を宇宙から生きた状態で回収しました。画期的だと思います。

どんなところが画期的だと?
金井:

日本実験棟「きぼう」の中に無重力状態と、回転することによって1Gの状態を作り出し(マウスを6匹ずつ入れて)実験していることで、これはJAXA独自です。(マウス実験についてはコラム参照:大西宇宙飛行士に続け!40日間宇宙マウスの旅)将来、より遠くに宇宙探査を行う際、本当に無重力状態で人間は大丈夫なのか、私はまだわかっていないのではないかと思っています。

というと?
金井:

今は1年以上の宇宙滞在でも地上に元気に戻ってこられますが、より長期の宇宙飛行で火星と往復する場合とか、もっと言うと人間が宇宙に暮らすようになって、子孫を残すことができるのか。マウスの実験で一世代だけではなくて何世代も継代飼育を行って、赤ちゃんを作って調べればいいと思っています。人間が宇宙で生まれて死んでいくような時代を想定したときに、本当に無重力だけで大丈夫なのか、重力がないとダメなんじゃないかという説もあります。

どっちがいいのかはまだ確定していませんが、重力が必要となれば、マウス実験で人工重力を作り出しているように、人間サイズで人工重力を作らないといけないかもしれない。JAXAのマウス実験を通して、ある程度糸口を見つけていけるのではないか。そういう可能性がすごくあるので、この先が面白いと感じています。

いつか宇宙で人間が生まれて死んでいくような時代には、人工重力を発生させた「宇宙都市」で暮らすのかもしれない。画像はNASAで1970年代に研究されたスペースコロニー。1万人が暮らすことを想定している。(提供:NASA)
すごく面白いテーマですね。今、金井さんが仰ったのは、宇宙でマウスが個体同士で赤ちゃんを作ることができるのか、ということを意味しているのですか?
金井:

そういうイメージで言いましたが、それができるかどうかもまだ検証しないといけないですよね。まぁ将来の話ですけども。

向井千秋飛行士が1994年にメダカで宇宙実験をしました(脊椎動物で初めて宇宙で産卵を行い、宇宙飛行中に稚魚がふ化)。人により近い哺乳類であるマウスでも可能なのか、非常に興味深いですね。金井さんが滞在中にマウス実験ができる可能性はありますか?
金井:

できればいいなと思っています。ただマウスを打ち上げて、地上に戻さないといけない。今はスペースX社のドラゴン補給船しかできないので、ドラゴンのスケジュール次第ということになりますね。

プロバイオティクスは宇宙でも免疫機能をアップさせるか?
—ぜひやりたい!

今年、ヤクルトとの共同研究でプロバイオティクス(乳酸菌L.カゼイ・シロタ株)を宇宙でとることで腸内環境を改善し、免疫機能が活性化するか調べる実験が行われる予定ですね。ちょうど金井さんの飛行時期ですが、金井さんは実験の被験者を希望されますか?
金井:

私は是非やりたいです。やれる実験は全部やりたいと希望を出しています。選ばれるかどうかわかりませんが、もし被験者に選ばれれば、やることになると思います。

免疫機能の低下は宇宙医学でホットな話題なのでしょうか?
金井:

プロバイオティクスは地上の医学でもホットですよね。東洋でよく言われる医食同源という考え方に通じるところがあると思います。乳酸菌で腸の環境を整えれば、病気になりにくい体になるというのはヤクルトさんのこれまでの研究で示されていて、それは宇宙飛行士がおかれた環境にぴったりです。医師もいない環境で遠くに行く宇宙飛行士はもともと健康な人を選んでいますが、薬に頼らず宇宙食を食べるだけで健康になれば、究極の予防医学になります。宇宙飛行士にも役立ちますが、地上に還元されれば医者いらずで健康になる社会にもつながると思います。

今回、宇宙で摂取するのは凍結乾燥した生の乳酸菌を含むカプセルですが、食の一つということなのですね?
金井:

はい。ヤクルトを持っていければいいのでしょうけれど、最終的な目標は乳酸菌で腸の環境を整えるような宇宙食の開発まで狙った研究だと理解しています。

ロシア宇宙食の試食中。一緒に宇宙飛行するNASAスコット・ティングル宇宙飛行士と。ティングル宇宙飛行士はNASA宇宙飛行士候補者クラスの同期生。「海軍のベテランパイロットで飛行隊を率いていた大先輩。気づかいの人でやりやすい」と金井さん。宇宙食は心身の健康のために重要であり、プロバイオティクス実験も宇宙食開発にいかされる。(提供:JAXA/GCTC)
生の菌を持っていくのは今回が初めてなんですよね?
JAXA広報・永松さん:

生菌については過去に持って行った経験がありますが、宇宙飛行士が宇宙で飲んで、腸内細菌を調べるのはこれが「世界で初めて」になります。

金井:

世界初というのは惹かれますね(笑)

しかも腸の環境、悪玉菌と善玉菌の戦いぶりがわかるかもしれないなんて面白そうです。
金井:

個人は特定されないようですが、宇宙での腸内環境がわかってくるでしょうね。宇宙飛行士の血液検査をすると免疫細胞が減っていたり、免疫活性が落ちていたりします。もともと健康な宇宙飛行士だし、ISSそのものは非常にクリーンに管理されているので、病気になることはない。しかし免疫が落ちているという事実があるので、ISSで問題がなくてもさらに長期になれば、本当に問題がないかどうかはわからない。対抗策の一つとしてプロバイオティクスが有用じゃないかという観点もあり、注目度が高いですね。

宇宙医学の面白さ—地球人類は宇宙人類に進化できるのか?

2011年に古川飛行士が宇宙飛行されてからお医者さんの宇宙飛行は6年ぶりです。宇宙医学で変化はありますか?
金井:

ISSの使い方が洗練されてきて、たとえば目の検査にしても6年前は単発的だったのが今では宇宙で健康診断を行って定期的に検査を行うようになりましたし、地上で使われているような断層撮影の機械を宇宙でも使って検査しています。

研究でもターゲットを絞って行う研究と、ターゲットをあえて絞らないで網羅的に行う研究があります。今はわからない何か(身体の変化)があるかもしれないから、とりあえず血液検査を行ってサンプルは何十年も保管しておこうと。何か将来見つかった時にその血液で調べようとデータベース化が進んでいます。

何十年も!ピンポイントな研究と網羅的な研究が進んでいるのですね。宇宙医学の面白さとは改めてなんでしょうか?
金井:

SFの見すぎかもしれませんが、宇宙が人間の生活の場になるという未来を空想しています。月面か火星か、軌道上施設かはわかりませんが、人間が暮らしていくときには宇宙医学が一番関わってくる学問ではないかと思います。もちろんテクノロジーのチャレンジは色々ありますが、「そもそも人間って宇宙で生きられるの?」という究極的な・・・。

宇宙で生き続けられるのか、ということですか?
金井:

そうですね。ある意味、哲学的な命題かもしれない。

人間が宇宙で生き続けるために一番の課題はなんでしょう?
金井:

色々あると思いますが、私は先ほどもお話したように、宇宙空間で動物や植物は子孫を残せるか。そのために必要なものはなにか。その答を見つけるのが宇宙医学だと思います。

地球人類が宇宙人類に進化できるのか。
金井:

壮大な話になってきました。はっはっは(大笑)

歴史書好きと聞いていたのに、SFのような壮大な話で終わるとは。金井さんは「噛めば噛むほど味がある男」と聞いていたが、まだまだ噛み足りないようだ。4月1日にスタートした金井さんのツイッター(欄外参照)をウォッチすれば金井さんのことがよりわかってくるかも。皆さんもぜひフォローを!

自衛隊に入ってから居合道を始めたそうで、立ち姿がびしっと決まってます。