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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

民間ロケット「MOMO」打ち上げは失敗なのか?
—「想定外こそ成果」現地取材まとめ

2017年7月30日(日)16時21分、日本初の民間ロケットMOMOが度重なる延期の後、ついに飛び立った!約4km離れた見学席SKYHILLSからは濃い霧に覆われロケットの姿は見えなかったが、轟音を轟かせ宇宙を目指すロケットの存在を確かに感じることができた。

2017年7月30日(日)16時21分、ついに飛び立った日本初の民間ロケット「MOMO」(提供:インターステラテクノロジズ)
釧路から連日、SKYHILLSにかけつけた岡崎さんご家族。お父さんは札幌に単身赴任中で電車の時刻を気にしながら最後まで粘った。「すっごい感激した!!また絶対!見に行きます」と長男の修吾君(左から2人目)
大樹町多目的航空公園パブリックビューイング会場に29日、札幌から5時過ぎに駆け付けた清水さんご家族。大型スクリーン前の特等席をゲット!会場には二日間で延べ4300人が大集合。

轟音が空の彼方に吸い込まれ、観客から歓喜の拍手が起こった直後、「緊急停止」のアナウンスが入った。約3時間後の会見で明らかにされた情報によると、発射66秒後にロケットからのテレメトリ(データ送信)が途絶え、飛行の安全が確認できなくなったために、地上から「緊急停止」指令が送信されたという。ロケットは高度約20kmまで到達し、6.5km沖合に着水したと見られている。

ネットで打ち上げを見ていた家族や知人からは「残念だったね」「失敗したの?」という連絡が次々入り、私は違和感を覚えた。これって失敗なの?残念と肩を落とすような結果だろうか?確かに「失敗」というタイトルをつけたニュースも見られた。しかし失敗か否かは、打ち上げに対してチームがどういう「サクセスクライテリア」、つまり成功の定義をしたか、どこまで達成すれば「合格点」と設定していたかによるのではないか。例えば小惑星探査機「はやぶさ」は「加点方式」を用い、小惑星の観測に成功したら250点、サンプルを持ち帰ったら500点と点数を積み上げていた。

今回、MOMOの打ち上げ責任者を務めたインターステラテクノロジズ(IST)社長の稲川貴大さんにその点を聞いた。「そもそもこれは『実験』です。リフトオフ、つまりロケットが打ちあがって機体からデータがとれれば合格点と思っている。その意味で、今回は『合格点を楽々超えている』と言っていい。最後の「マックスQ」と呼ばれる空気の力の一番強いところを超えたらあとは楽なところしかない。ラスト一歩が踏み出せなかったという認識です」

打ち上げ後の記者会見で。右からISTの稲川社長、創業者・出資者の堀江貴文氏、1千万円で発射ボタンを購入した芹澤氏、大樹町の酒森町長。下にあるのはMOMOの次に開発を目指す、衛星軌道投入用ロケットの模型。手にしたMOMOの模型と比べて格段に大きい!

「我々にはこのロケットのあとに、衛星を軌道に乗せるロケットを目指すという長いロードマップがある。その目標のために、今回は打ち上げ時や高い高度、早い速度でのロケットの条件や特性を得ることが大きな目的。基礎データを採れたという点で非常に大きな成果だった」

そして稲川社長の次の言葉が最も印象的だった。「想定外のことが起きることこそが成果だと考えている」。

そうなのだ、打ち上げ前にいくらシミュレーションや計算を重ねても、実際に打ち上げてみないとわからないことがある。挑戦には試行錯誤がつきもの。想定外やトラブルから学び、修正しまた挑戦する。民間ベンチャーがゼロからロケットを開発し、打ち上げという偉大な一歩を踏み出した。その意味では大きな前進であり、間違いなく2017年7月30日は日本の宇宙開発史に新たなページを開いたと言える。

ドラマチックすぎる打ち上げ—あらゆるトラブルの洗礼を受けて

さて、みっちり二日間現場で取材した私としては「よくぞ打ち上げたな~」というのが率直な感想だ。ロケット打ち上げの三大トラブルともいうべき「機体トラブル」「天候不良」「警戒海域内への船舶侵入」が次々と若き社長率いる社員14名のロケットチームに襲いかかる。そして最後は、2日間でもっとも濃い霧。「今回の打ち上げは無理だろう」と私だけでなく、その場にいる誰もが思っていたはずだ。

トラブルが起こるたびにメディア担当の笹本祐一氏(作家)は記者に囲まれた。笹本さんは「なつのロケット団」メンバーとして10年以上前にロケット開発を開始。それが MOMOにつながっている。
MOMO打ち上げ取材には2日間で60団体、170名の記者、カメラマンが集まった。

延期に次ぐ延期を具体的に紹介しよう。周辺の漁業関係者との協議から、今回のMOMO打ち上げは7月29日、30日の二日間で5つの打ち上げ可能時間帯(ウィンドウと呼ぶ)が設定された。この機会を逃すと次の打ち上げは11月頃になることも決まっていた。

  • ・ 第一回目(29日10時20分~) 27日のリハーサルで、機器の追加検証や打ち上げ手順の見直しが必要となり延期

  • ・ 第二回目(29日15時45分~)機体を組み立て所から出そうとしたところ、濃霧で視界が100mほどしか確保できなかったため延期(打ち上げ条件は指令所から発射台まで600mの視程が確保できること)

  • ・ 第三回(30日5時~)機体トラブル(液体酸素大気開放弁の口が本来、機体の外に向くはずが中に向いたことが原因で、弁を動かすバッテリーやアビオニクスを冷やし動作不良やテレメトリ異常を起こした等)で延期

  • ・ 第四回(30日10時20分~)驚異的な速さで機体トラブル対策を終え、打ち上げ準備が万端に整い今度こそ!と思われたが、船舶が落下限界区域内に侵入・・・直前に延期

  • ・ 第五回(30日16時~)16時31分打ち上げ

「もっとも厳しい判断を強いられた」と稲川社長が語ったのは第3回。まず大気開放弁が閉じないというトラブルが生じた。続けてテレメトリ異常という形でアビオニクスの不調が表面化する。アビオニクスの電子基板を交換するにはロケットを倒さなければならい。そのために燃料や酸化剤を抜く作業を開始する。燃料を半分抜いたところで電源を入れなおすとアビオニクスの不調が回復し、基板交換の必要がなくなった。短時間のうちに次々出てくるトラブルの原因(原因については上記第三回のところを参照)を考えつつ、対処を瞬時に判断していかなければならなかった。

実は液体酸素を抜くというのは大変な作業だ。抜くのに1~2時間、その後タンクを乾燥させるのに約3時間、再充填に1~1時間半かかると29日の延期会見で稲川社長は言っていた。つまり最低5時間かかるということ。しかも液体酸素を充填するには1回数十万円という費用が発生する。だから第三回ウィンドウで液体酸素を抜くというアナウンスがあった時点で、今日の打ち上げは難しいのではないかというムードがプレスサイトに漂った。

だが、現場は諦めなかった。「1回1回のウィンドウで絶対にやるんだと集中した」(稲川社長)。液体酸素再充填についても新しい方法(タンクの内部の圧力を高め、外の水分を入らないようにする)で時間を短縮。結局1日で3回も液体酸素を再充填するという、信じられない運用をやってのけたのである。トラブルがチームの運用力をとんでもなく鍛えた。「強いチームが作れた」と稲川社長は胸を張る。

そして準備万端整えたのに、4回目のウィンドウでは、打ち上げ数分前に警戒区域内に船が入ってきてしまったという、まさかの事態。ロケットは機体だけ準備できても飛び立てない。周辺の協力を含め、すべての環境が整って初めて実行できる。ロケット発射とはいかに難しいものかを、メディアも観客も思い知った瞬間だった。しかしどこまでドラマチックなんだ、MOMO打ち上げは!

66秒で通信途絶—ロケットに何が起こったのか?

ロケットに搭載されたカメラからの映像。地球が回転しているのは、機体に何らかのトラブルが生じてロケットの回転(ロール軸)が抑えきれていなかったためとみられている。また映像が途切れる直前に部品が欠落し、空を飛んでいる。これら映像の詳細な解析が進行中。(提供:インターステラテクノロジズ)

延期に次ぐ延期のあと、ついに30日16時41分、MOMOは飛び立った。SKYHILLSからはロケットの姿を見ることはできず、音だけが聞こえるという稀有なロケット発射体験となった。そして66秒後の通信途絶、緊急停止指令送信。エンジンは120秒燃焼する予定だったので半分強の燃焼時間となった。

ロケットに何が起こったのか。「通信が途絶したのが高度10km、飛行速度マッハ1.3であることから『マックスQ』と呼ばれる一番空気の力を受けるタイミングで機体にトラブルが発生し、電線などが壊れたり破けたりなどして、テレメトリが途絶したと考えられる」と稲川社長。発射後66秒までのデータは欠けることなく得られている。また機体の一部もその後、襟裳岬で回収された。それらから詳細な解析を行い、近く公表する予定だという。

打ち上げ後会見では、ロケットの肝であるエンジンについて、十分な推力や性能が出ていたことが簡易解析からわかったと伝えられた。また創業者の堀江貴文氏はエンジンだけでなく、「姿勢制御」でも弾道飛行ロケットには通常搭載しない機能を持たせていたと説明した。ジンバル制御と呼ばれ、狙った軌道にロケットを正確にコントロールして投入するための機能であり、MOMOの次に開発予定の衛星軌道投入ロケットを見据えたものだ。このジンバル制御も機能したことから「衛星を軌道投入できるロケットシステムの半分以上はできたかなと思う」と堀江氏は評価する。

「打ち上げ自体はうまくいったが宇宙空間には達しなかった。トラブルの原因究明と対処をし、後継機の開発を進める。おそらく年内には打ちあがると思う」。堀江氏はMOMO2号機にさっそく取り掛かる姿勢を示した。

若い力が終結—ベンチャーでもロケットは作れる

打ち上げ後、IST社から映像がプレス向けに配信された。是非見てほしいのが発射時の指令所内の動画。プレハブのような狭い空間に若者たちが集まって、集中しつつ必死にカウントダウン作業を行い、打ち上げ直後に歓喜。そして堀江貴文氏も一員として、若者たちを温かく見守っている様子が伝わってくる。

打ち上げカウントダウン直前からの指令所内の様子。発射ボタンを押す芹澤さんの帽子にも注目。(提供:インターステラテクノロジズ)

動画には映っていないが、発射66秒後にロケットからの通信が途絶えた。その直後、打ち上げ実施責任者である稲川社長が「エマスト!」(エマージェンシーストップ、緊急停止の意味)と叫び、担当者によって緊急停止ボタンが押された。稲川社長にその時の心境を伺うと「自分は機械のようにただ全体を見ていた。テレメトリが落ちたという報告があり、目視で確認し、反射神経で『エマスト』と叫んだと思う」と教えてくれた。

打ち上げ前日、29日の延期会見で堀江氏は「毎回人数が増え、若い子たちがたくさん集まってきている。平均年齢が20代後半ぐらい。ロケットに興味がある若い力が『ベンチャーでもロケットが作れるんだ』と思ってくれているのが嬉しい。打ち上げが成功したらスペースXなどのライバル企業に見学に行こうかなと思っている。世界のライバルに負けないように頑張ろうと」。SKYHILLSにはIST社員のご家族も見学に来ていた。男の子3人を連れたお母さんは、「(パパは)なかなか家に帰ってこないですね~笑」と苦笑しながらも、打ち上げを祈るように見つめていた。

地元、大樹町と全国から集まったファンの熱い応援を受けて

今回の打ち上げ取材で強く感じたのが、地元の熱狂的な応援だ。人口約5000人の大樹町の街は「大樹から宇宙へ」そして「北海道スペースポート」計画を掲げ、「宇宙の街」として取り組んでいる。31年前から「スペース研究会」として応援してきた会長の福岡孝道さんは「何度かの挫折を乗り越えやっとここまで来た」と感慨深げ。「堀江さんは失敗しても続けると言い、住民票も大樹に移した。数年前の講演会で堀江さんは5千人の工場を作るといった。その家族が5千人で町民5千人と合わせて1万五千人の街にすると。『私は本気です』と。感動しましたね。大樹町も協力しています」

スペース研究会の皆さん。会長の福岡さん(左端)の本業は測量屋さん。皆さんノリがよくて本当に楽しくあったかい。
打ち上げを見るために、ヒッチハイクで室蘭からやってきた大学生、熊本からやってきた浪人生などが会場で仲良しに。宇宙への挑戦は人を惹きつけ、繋ぐ。

北海道スペースポート計画を推進するHASTIC(北海道宇宙科学技術創成センター)の理事、伊藤献一北海道大学教授は打ち上げを見守り、「課題はたくさんある。だけど打ち上げに至ったこと自体が物凄く大きい。そして緊急停止が有効に作動したことが確かめられた。ブレーキがかかって車が止まったのと同じで、これがいいですよ」と評価する。

そもそもロケットMOMOは、10年以上前、漫画家やJAXAエンジニア、SF作家たちが集まって、漫画家あさりよしとおさんの台所で本気のエンジン開発をスタートさせたのが出発点。そこに出資者として堀江貴文氏が関わり、実験場を探して北海道にわたり、どんどん輪が広がっていった。そのロケットがついに飛び立ったのである。

失敗か部分成功か、なんて定義は当事者以外、あまり関係ないのかもしれない。たとえ失敗したっていいじゃないか。 アメリカの投資家は失敗した人にしか投資しないと聞く。その理由は「失敗や修羅場が人を成長させる」という考えからだ。現在、低コストロケットで宇宙業界に価格破壊をもたらすスペースX社も、最初のロケット打ち上げは3回連続で失敗している。トラブルから学び、挑戦し続けたからこそ、今がある。今後、MOMOで宇宙ビジネスを始めるための鍵は、課題解決能力とたとえ失敗を繰り返しても続けられるだけの資金力、地元との協力関係の継続など。つまりこれからが正念場だ。

MOMO打ち上げの盛り上がりに刺激を受けたのか、民間企業4社が小型ロケットを開発し打ち上げビジネスに参入することが8月初旬、明らかになった。ISTの稲川社長は「お互いの相乗効果で宇宙業界が活性化すればいい」と歓迎。ますます面白くなってきた小型ロケット界隈。まずはMOMOの次なる挑戦に期待し、応援したい。

打ち上げ会見後に地元新聞の号外をもつIST社稲川社長。「緊急停止」の見出しにも余裕の?笑顔。次こそ!
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