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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙すれすれを「低く」飛べ!「つばめ」の挑戦

より「高く」、より「遠くへ」。宇宙開発はそんなモットーを掲げフロンティアを切り拓いてきた。ところが。宇宙との境界線近くギリギリを飛ぼうという衛星が、この12月23日に打ち上げられる。その名は「つばめ」。低空すれすれに飛ぶつばめのように、宇宙と地上との境界に限りなく近い高度200km〜300kmあたりを飛行する。意外にも宇宙を低く飛ぶことはとても難しく、過去にほとんど例がないという。いったいなぜ、今、あえて低く飛ぶのだろう?

超低高度衛星技術試験機「つばめ」イメージイラスト。空気の抵抗で発生する外乱を避けるため、太陽電池を6度ほど傾けている。その姿はまさしく空低く飛ぶ「つばめ」のよう。(提供:JAXA)

観測ツールの空白地帯

なぜ低く飛ぶかと言えば、「地球をよりよく見る」ためだという。例えば同じ口径の望遠鏡を使った場合、地球との距離が近ければ近いほど、より細かいところまで見える。つまり性能が向上する。違う言い方をすれば、同じ性能を実現するには、高い高度を飛ぶ衛星では口径の大きな望遠鏡を使わないといけないが、低い高度を飛ぶ衛星なら小さな口径ですむ。具体的には地上の50cmの物体を見分けようとすると、高度600kmを飛ぶ衛星は口径70cmの望遠鏡が必要だが、高度250kmなら口径30cmでいい。口径にして半分以下。つまり衛星の小型化・低コスト化が可能になるのだ。

地球観測衛星の多くは高度600km〜800kmを飛ぶ。一方、「つばめ」が飛ぶのは主に高度200〜300km。(JAXAウェブサイトから引用)

実は高度約200〜300kmの「超低高度」と呼ばれるエリアは地球観測ツールの「空白地帯」ともいえる。地球観測衛星は通常高度600〜800kmの軌道を飛ぶ。国際宇宙ステーション(ISS)が飛行するのは高度約400km。一方、気球が飛ぶのは高度約50kmぐらいまで。観測ロケットは高度100kmを超えて飛ぶが、観測時間は数分であり、弾道飛行であるため観測できる場所は限られる。

超低高度飛行に立ちはだかる二つの壁

そんなにメリットがあるなら、なぜ今まで超低高度衛星は打ち上げられてこなかったのか?実は、2009年に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関のGOCE(ゴーチェ)という衛星が、高度約260kmを飛行した実績がある。しかしその目的は地球重力場の観測であり、400〜500億円もの開発費をかけた大型衛星だった。また、ロシアの偵察用衛星などが飛行しているとされるが飛行期間はわずか数か月。つまり、地球観測を目的とし小型・低コストで長期間の実用を目指しデータをとった衛星は過去に例がない。なぜなら、技術的にとても難しいからだ。

「つばめ」プロジェクトマネージャであるJAXA佐々木雅範さんによれば、低高度衛星に立ちはだかる大きなハードルは二つ。「大気の抵抗」と「原子状酸素」だ。200〜300kmの超低高度は、従来の地球観測衛星が飛ぶ高度600〜800kmに比べて大気の密度が約1000倍に増加する。それは大気抵抗が1000倍に増加することを意味する。放っておけば衛星は数日から2か月ほどで高度が下がり、大気圏に突入して燃え尽きてしまう。だから衛星に搭載した燃料を噴射して高度を保たなければならない。

2009年に打ち上げられたGOCE。高度約260kmを飛行し2013年に大気圏に突入した。(提供:ESA)

通常、衛星が軌道を保つには化学推進剤であるヒドラジンを使うが、何年間にもわたり低高度を保とうとすると、莫大な燃料を搭載する必要があり、燃料タンクが大きくなる、つまり衛星が大きく重くなってしまう。そこで用いられるのが燃費のいい、イオンエンジン。推進剤の量は約十分の一ですむという。「日本は技術試験衛星などでイオンエンジンの技術を持っているために、世界に先駆けて超低高度を飛ぶ小型衛星を実現できるのです。イスラエルや中国も超低高度衛星を研究しているという報告があるが、実際に打ち上げようとしているのは日本だけです」(佐々木さん)

二つ目の壁は「原子状酸素」。200〜300km付近の大気の主成分は「原子状酸素」。これがやっかいな代物だ。反応性が高く、衛星に使われる断熱材(ポリイミド等)を損傷させてしまう。断熱材がダメージを受ければ、衛星は機能しなくなる可能性が高い。だが、実際にこのエリアにどのくらいの原子状酸素が存在し、衛星の材料にどの程度のダメージを与えるかというデータが圧倒的に不足している。現場調査を行うために「つばめ」は飛ぶのである。

「つばめ」の模型を手に持ち説明する佐々木雅範プロジェクトマネージャ。

「つばめ」が担うミッション

「つばめ」は12月23日、種子島宇宙センターからH-IIAロケットで気候変動観測衛星「しきさい」の相乗り衛星として打ち上げられる。質量は383㎏。打ち上げ時の大きさは2.5m×1.1m×0.9mで家庭用470リットル冷蔵庫サイズの小型衛星。宇宙で太陽電池を広げると4畳半ぐらいになる。開発費は34億円でコスト削減に挑んだ。

ロケットから分離された後は、主に大気抵抗を利用してゆっくりと軌道を下げていく。打ち上げ463日後に約268kmの軌道へ。ここで31日間イオンエンジンを噴射しながら高度を維持する。その後段階的に高度を下げ、高度220kmでまた31日間。さらに高度180kmでも7日間高度を保持することに挑戦する。

「できるだけ低い高度を狙ってほしいと研究者に言われています。高度200km前後の大気は地球環境の変動を大きくとらえられるという説があるのです」。「つばめ」は各高度で、口径30cmの高分解能光学センサーを用いて地表面を観測する。1m以下の分解能の画像が得られる予定だが、高度による画像の違い、イオンエンジン噴射の影響などを見る。さらに13種類の材料サンプルを宇宙空間に曝し、原子状酸素による劣化状況をモニターする。

将来の宇宙利用の幅を広げる

「つばめ」のここに注目してほしいところは?と佐々木プロマネに聞いた。「地球観測で次の段階の新しいミッションが生まれる可能性があると思います。例えば、期待しているのが衛星からレーザを出し、地上やエアロゾルで反射させて観測するLIDAR(ライダー)衛星。研究が進んでいるが、レーザを衛星から発信するには大電力が必要でNASAやESAもかなり苦労している。低高度衛星ならレーザを出すための電力がより低く抑えられ、ミッションの実現性が高まる。世界に先駆けて実用したい」という。LIDAR衛星で、ある特定の地点の風向きや風速を観測し、気象のモデルに入れることで解析の精度が上がる。それが台風の進路や強度予想など気象予報精度の向上に貢献するという。

また、超低高度衛星はピンポイントで詳細な観測を得意とする。広域を観測する従来の衛星との組み合わせによって、災害発生時に迅速に観測することも可能になるという。「高度320kmぐらいに複数の衛星を保持しておき、災害発生後『ここを観測したい』という要望がくれば、数時間後に低い高度に移すなど軌道変換して観測することが可能になる」(佐々木プロマネ)

衛星と言えば、あらかじめ決められた一つの軌道を飛ぶものだと思っていた。だが状況に応じて高度を変えるなどフレキシブルな軌道変換ができるようになるという。低く飛ぶことが新たな可能性を開くなんて、逆点の発想で面白い。盲点だった近場の宇宙。「つばめ」が拓く新しい宇宙利用にも注目したい。

10月末、国際宇宙ステーションから撮影され「スーパー台風」とも呼ばれた台風21号。超低高度衛星の実現で、台風の進路や強度予想など気象予報精度の向上に貢献することが期待される。(提供:Paolo Nespoli/Italian Space Agency)
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