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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

あなたも天文学者—銀河の謎解く「GALAXY CRUISE」

私たちの天の川銀河が約40億年後に、お隣のアンドロメダ銀河と衝突・合体すると考えられているって知っていますか?国立天文台のウェブサイトによると、天の川銀河の円盤(直径10万光年)を直径10cmに縮めると、アンドロメダ銀河は約2m離れたところにあるそうだ。それほど遠い距離でもない。広大な宇宙と言えども、銀河と銀河の間隔はわりに近く、近づくとお互いに重力で引き合うため、衝突は頻繁に起こっているという。

衝突してハート形のように見える衝突銀河Arp 272は、二つの銀河NGC 6050とIC 1179が衝突してできた天体。ヘラクレス座の方向にあり、地球からの距離は約4億5千万光年(提供:NASA, ESA, Hubble Heritage (STScI / AURA) - ESA/Hubble Collaboration, K. Noll (STScI))

「銀河がどのように生まれ、成長してきたか」は天文学の大きな謎の一つ。銀河の成長には銀河同士の衝突・合体が影響を与えたと考えられている。具体的にどんな影響を与えたのか?実はそれがまだよくわかってない。なぜなら、銀河の衝突・合体を観測で見つけることが難しいからだ。できるだけ多くの銀河の衝突・合体の現場を見つけたい。しかし銀河の数は無数にあり、天文学者だけで探すのは難しい・・・そこで私たち「一般市民」の出番だ!

国立天文台が2019年11月1日に公開したウェブサイト「GALAXY CRUISE(銀河の航海)」では、誰でも楽しみつつ観測画像から衝突・合体する銀河を探し出し、どんなタイプの衝突か分類することによって、天文学に貢献することができる。

とは言っても「天文学」という言葉には、専門的な知識が必要で難しい印象を受けるかもしれない。

旅心をくすぐられるウェブサイト、懇切丁寧な指導、飽きさせない仕掛け

しかし、まずは「GALAXY CRUISE」(欄外リンク参照)を訪れてみてほしい。ウェブデザインが半端なくカッコいいのだ。そのカッコよさにひかれて登録すると、まずは3つのトレーニングを受けることになる。

国立天文台 市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」トップ画面。サイト製作はすべて天文台の内製というから驚き。「国立天文台ハワイ観測所のデータベースの仕事をしている優秀なソフトウェアエンジニアやウェブ担当職員のデザイン技術のおかげで実現しています」(国立天文台 内藤誠一郎さん)(提供:HSC-SSP/国立天文台)

そもそも渦巻銀河とは?楕円銀河とはどんな形なのか?さらに銀河同士が衝突・合体するとどんな形の特徴がみられるのか?など画像を使いながら、銀河について基本的なことを丁寧に指導してくれる。

「GALAXY CRUISE」に登録するとレッスンを受けられる。(提供:HSC-SSP/国立天文台)
銀河が衝突した時に現れる形の特徴をお勉強。これ、とっても大事なのでよく学んでおきましょう。(提供:HSC-SSP/国立天文台)

トレーニングを終えると「乗船許可証」が発行される。このあたり、「参加感」をかきたてられる!

乗船許可証をゲット!(提供:HSC-SSP/国立天文台)

いよいよ本番の航海が始まる。銀河の大海原へ。だが実際にやってみると、簡単ではなかった。銀河の分類はできるものの、衝突したときに現れる特徴的な形が「しっぽ(尻尾)型」なのか「歪み」なのか、はたまた「おうぎ(扇)型」なのか判別が難しい。正解は何か?答え合わせはできない。なぜなら、まだ誰も答えを手にしていない問いに、挑んでいるのだから。

本番で迷ったときは?実は「練習」ができる。画面上のバーにある「コース」から「練習」を選び、銀河の分類結果を送信すると、GALAXY CRUISE船長であり国立天文台ハワイ観測所の田中賢幸准教授の結果を参考にできるのだ。何度か繰り返すとコツがつかめてくる。そしてまた本番へ。

(提供:HSC-SSP/国立天文台)
実際に銀河の分類をしている画面。まず、楕円銀河か渦巻銀河かを分類し、次に衝突しているか否か、衝突している場合はその特徴を選ぶ。迷ったら多めに選ぶとよいとのこと。画像の色調や明るさは設定から変えられる。形の特徴を見るにはグレースケールがわかりやすい場合も。(提供:HSC-SSP/国立天文台)

分類に疲れたら、銀河散歩。様々な形をした銀河を見ることができるし、「ランキング」では、他の乗船者の分類数を見て「240個も分類したの?やるなぁ」と負けん気に火が付いたり。

さらに、左下のアイコン「航海記録」をクリックすると、これまでの自分の航海記録を確認できる。今までいくつ分類したのか、その銀河がどこにあるのか「クルーズマップ」で表示される。クルーズマップとはすばる望遠鏡が観測した宇宙領域を4つの街と6つの大陸(10ステージ)に分け、海図のように表示したもの。分類が進むと「おみやげ」、ステージをクリアすると「出国スタンプ」がもらえるなど様々な特典がある。

公開記録。出発時は4等客室だが、航海が進むと客室のグレードがあがっていくらしい。(提供:HSC-SSP/国立天文台)

分類はどう役立てられるのか

「GALAXY CRUISE」で分類する銀河は、国立天文台のすばる望遠鏡で観測された銀河たちだ。すばる望遠鏡の巨大デジカメ「ハイパー・シュプリーム・カム(HSC)」によって他の望遠鏡よりも広い範囲にわたって、暗く淡い天体まで観測。銀河同士が衝突したときの構造は淡く広がるものが多い。これまでの観測ではわからなかった銀河衝突もHSCの威力を発揮すれば発見し解析することが可能になり、銀河の進化についての研究に貢献できると考えられている。

登録者数は2月上旬の時点で1700アカウントを超えているそうで、学校の生徒さんたちが参加する様子がNHKでも紹介されていた。同じ銀河を複数の市民天文学者が分類することによって、データは研究者による統計的な解析に役立てられる。解析数が多ければ多いほど、統計学的に有用なものになる。

数が多く必要なら機械学習させた方がいいのでは?と思うかもしれない。しかし機械学習を行うには「教師データ」と呼ばれるお手本が膨大に必要だし、「形が定まらず淡く広がる衝突の痕跡は検出が難しく、人の目のフィルターがまだ有効」とGALAXY CRUISEコンシェルジェ(案内役)である国立天文台の内藤誠一郎さんは説く。

世界で広がる「市民天文学」

(提供:HSC-SSP/国立天文台)

内藤さんによると、このように一般市民が研究者や研究機関と共に行う科学的な活動「Citizen Science」(国立天文台では「市民天文学」と呼ぶ)は欧米で先行し、広がりを見せているという。対象は天文学に限らず生物の調査や古文書の調査など多岐にわたる。日本では最近、雪の結晶の写真を送るプログラムも人気だ。

2000年代後半からはインターネットを使って膨大な観測データの分類を行う活動が世界的に盛んになってきたとのこと。天文学分野で代表的なものには銀河本体の形態分類を行う「GALAXY ZOO」などがある。日本ではこの「GALAXY CRUISE」が「市民天文学」としてのプロジェクトとなる。

ちょっとした空き時間にPCやタブレットで気軽に天文学に貢献できるのが、このプロジェクトの魅力だ。すべての銀河を分類し、ステージ10で出国スタンプを得たら航海はいったん完了となる。(なんと1万個以上の銀河を分類することになる)。しかし、旅は続く。クルーズを完了したエキスパートに向けた「アドバンスト・クルーズ」を準備中だという。

一般市民が天文学に貢献できる時代。銀河は美しく、謎に満ち、挑戦しがいのあるテーマ。判別の難しい画像と格闘する天文学者の苦労の片鱗を味わいつつ、壮大な宇宙への航海ができるのも、このクルーズの魅力かもしれません。

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