KAGAYAさんは、なぜ真夜中の大火球を捉えることができたのか
7月2日午前2時30分過ぎ、突然、関東上空で響いた轟音で飛び起きた人は多かったのではないだろうか。私もその一人。「いったい何事?」と動揺しつつ、即座に星景写真家・プラネタリウム映像クリエイターとして大人気のKAGAYAさんのツイッター@kagaya_workをチェック。「火球!」「轟音!」とのツイートにほっとする。
先ほど、2020年7月2日、02:32、東京上空に非常に大きな火球(おそらく明るい流星)が西から東へ流れました。数分後に室内でも聞こえる轟音が聞こえましたが関係があるかもしれません。映像は実際のスピードで再生されます。ベランダからの撮影です。 pic.twitter.com/eCYqr8uUfV
— KAGAYA (@KAGAYA_11949) July 1, 2020
しばらく後、KAGAYAさんが撮影に成功した大火球の映像(上)がツイッター@KAGAYA_11949で公開されるや否や、大きな反響を呼ぶ。テレビ各局や新聞で紹介されシェア数は数十万を超えた。夜中2時半に突然出現した大火球(火球の明確な定義はないけれど、一般的にマイナス4等級よりも明るい流星をさす)。親天体は地球近傍型小惑星と考えられている。
KAGAYAさんら複数個所の映像解析(SonotaCo Networkによる)から、大火球は神奈川県足柄上群上空高度85km付近で発光を開始。東京を月のように明るく照らし分裂後、複数の隕石として千葉県北西部に落下したと推定された。そして実際、習志野市内で63gと70gの隕石が発見されたのだ!国際隕石学会に「習志野隕石」として登録申請予定だという。隕石の落下は2018年の小牧隕石以来2年ぶり。さらに大きな隕石が落下している可能性もある。
それにしてもいつ、どの方角に現れるか予測不可能な火球を、KAGAYAさんはどうやって映像に納めることができたのだろう?インタビューさせて頂くと、その背景には大火球を撮影したいというKAGAYAさんの情熱と周到な準備があったのです。
窓を横切る火球とモニター画面の火球を同時にとらえた!
- —7月2日2時半すぎの轟音で飛び起きて、KAGAYAさんのツイートをチェックさせて頂きました。どうやってKAGAYAさんはあの映像を捉えることができたのでしょう?
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KAGAYAさん:
雷とも違う特別な音でしたね。すごく私も耳に残っています。どんな状況か、ご説明しますね。
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KAGAYAさん:
上の写真は別の日に撮影した、私の仕事場です。ロフトに望遠鏡がありますが、その奥がガラス窓です。この窓からはたまに月が見え、窓の外がベランダになっています。ベランダには2台のカメラがほぼ全天を覆う形で設置してあって、カメラが撮影する映像はデスクに並ぶモニターのうち、頭の右上の小さいモニターと右端のモニターにリアルタイムで映るようにしています。
- —なんと素敵な仕事場でしょう。7月2日午前2時半ごろもこの状態だったのですか?
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KAGAYAさん:
はい。写真ではロフトにライトが点灯していますが、2日は消えていて暗い状態でした。仕事をしていると、ちょうど窓に火球の光が見えたんです。同時に頭上のモニターにも火球が写りました。
- —肉眼とモニターの両方で!?
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KAGAYAさん:
そうなんです。窓は狭いので光は一瞬でしたが、モニターでは火球が消え終わるまで全経過が見えました。実物とモニターの両方が見えたというのは、ものすごくラッキーでしたね。
- —その後、轟音が聞こえたのですか?
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KAGAYAさん:
そうです。火球が流れたのが2時32分10秒ぐらいで、「轟音!」とツイートしたのが2時35分。タイムラグ2~3分を音波の速度で計算すると距離にして40~60km。(大火球による衝撃波が発生するのは高度20~70kmと考えられているので)そんなにおかしな値ではありません。
2年前から大火球を狙ってカメラ2台で常時撮影
- —しかし、肉眼とカメラの両方で捉えるとは凄いです。以前からカメラを設置してらしたのですか?
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KAGAYAさん:
2年前からです。何年か前に、東京で夜が明けてから火球が流れたというニュースを見てヒントを得ました。明るい東京の夜空ではなかなか星の観察は難しいですが、月が出ていれば毎晩のように撮影していますし、街明かりに負けない明るさの大火球であれば映像の撮影が可能なはずです。常時、空を撮影し続けるにはどうしたらいいか考えて、やってみようと仕掛けたのが2年前。今は2台で毎晩空を撮影し続けていますが、一時期は2台+全天カメラがありました。全天カメラは風雨対策としてアクリルドームで覆っていたのですが夏の暑さで壊れて、別のカメラが台風の日に浸水して壊れました(笑)
- —それでもめげずに(笑)これが最初の成果ですか?
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KAGAYAさん:
通常の明るさの火球はけっこうとらえられているんです。数か月に一個という頻度で。でも私の狙いは大火球でした。大火球を捉えられるように、感度はそれほど高くする必要はないけれど、できるだけ広い視野のカメラを設置しました。実はこの大火球が流れた7月2日の1日前に、「1週間丸ごと撮れてなかったぞ!」と気づいたんです。天気がずっと悪かったこともあって、あまりチェックしていなかったんですね。カメラの配線を繋ぎ直して再起動したんですが、カメラがちゃんと撮っているかどうか、チェックしないまま、7月2日の本番を迎えてしまったんです。
- —なんと!1日前に気づいたのはよかったですね。でもぶっつけ本番だったわけですね?
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KAGAYAさん:
だから目撃したときに「大火球だ、すっごい!」と思った直後に「カメラ撮れているかな?」と大変な不安に襲われました。「一週間撮れてなくてチェックもしてないぞ」と。慌ててハードディスクの中を見て映像が映っているかをドキドキしながら、手が震える感じでした(笑)。写っていたので「やった!」と思ったときに、外からあの音が聞こえたんです。「ど~ん」という轟音が。1秒か2秒ぐらいの短い音でしたね。
- —そんなドラマがあったのですね(笑)
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KAGAYAさん:
火球の音だ!と思って「轟音!」とつぶやいて。ただ振り返れば、あの時は映像のチェックなどをしている場合ではなかったんです。火球を目撃した後すぐ外に出て、「流星痕」と呼ばれる流星が流れたあとの(淡く光る雲のような)痕跡の撮影と、衝撃波の録音をするべきだったなと。「しまったな~」と思いつつ、でも映像が撮れていたので、すぐにツイッターにアップしました。
- —次の課題ですかね。2台のカメラでは、画像でなく映像を撮影されていたんですか?
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KAGAYAさん:
はい。リアルタイムの映像を回しっぱなしで撮っています。ただ、記録するのは何か動きがあったときだけ。動体検知という機能を使っています。動きを検知した8秒前から10秒後まで。ちゃんと最後まで切れずに撮れていましたね。
イメージ通りの大火球。10年かかると思っていた
- —大火球の映像をご覧になった時はどんな気持ちでしたか?
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KAGAYAさん:
やったー!ついに撮れた!と。
- —KAGAYAさんがイメージしていた通りの大火球でしたか?
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KAGAYAさん:
そのものでした。こういうのが撮れたらいいなと思い描いていた通りの。確率的に数年間に1個。10年ぐらい撮り続ければ1個撮れるかなという気持ちだったので、割と早かったなという驚きもあります。
- —10年撮り続けるつもりだったとは、さすが宇宙を相手にするKAGAYAさんです。今回、「流星で暈(おそらく)ができているのにびっくりです」とツイートされていましたね。
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KAGAYAさん:
月や太陽の周りに暈(かさ。ハロとも言う)ができますが、それらしきものが火球の周りにできていました。火球から一定の角度のところに、輪を描いたものが火球と一緒に動いているのが微かに映っています。「Fireball halo」という現象で初めて撮りましたし、私が知る限り、世界中でも映像記録に残っているのは2例目か3例目だと思います。
- —それは貴重ですね。なぜハロができたんでしょう?
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KAGAYAさん:
明るいから。ものすごく明るく輝く天体と、ハロを作り出す薄雲が上空にあればできると思います。
- —世界中で皆既日食やオーロラなどあらゆる天文現象をご覧になっているKAGAYAさんにとって、今回の大火球は?
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KAGAYAさん:
すべてが初めてです。音を聞いたのも初めてだし、火球ハロを撮ったのも初めて。最も明るい。2010年6月に小惑星探査機はやぶさの帰還をオーストラリアで観ましたが、今回の大火球とどっちが明るいか微妙なところです。今までの天文人生の中でも屈指のできごとで、五本の指に入るのは間違いありません。
- —そうですか!ところで、KAGAYAさんはいつ寝ているのでしょう?という質問がSNSで見られましたし、私も疑問です。
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KAGAYAさん:
ちゃんと寝てますよ。しかも結構長く寝ています(笑)。だいたい夜明けと共に寝てお昼過ぎに起きます。仕事は夜の方がはかどりますし、仕事しつつモニターを見ながら、「あ、月が出たな」とか「月に暈ができたな」とか面白いと思ったら階段を上がって上のベランダから撮影します。夜空を見ながら仕事をしたいというのが、子供のころからの夢でした。
- —素敵です・・。それにしても大火球の映像の反響は凄まじかったですね。トレンドにKAGAYAさんのお名前が挙がってました。
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KAGAYAさん:
KAGAYAでなくてKAGAYAさんと「さん」をつけて頂いて嬉しかったですね(笑)。これだけ反響が大きかったのは時間帯のせいかなと思います。もし夕方だったらたくさんの方が見ただろうし、多くの車のドライブレコーダーにも捉えられていたと思います。
- —しかもあんなに大きな音がしたので、何だろうと大騒ぎでしたからね。
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KAGAYAさん:
音だけ聞こえて不安だった方が映像を見て「こういう現象が起こったんだ」「見られてよかった」という声が多くて、嬉しかったです。大火球が皆さんの体験として刻まれて、空に興味をもってもらえて非常に良かったと思います。
- —これからも大火球の観測は続けられますか?
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KAGAYAさん:
今も続けていますよ。次に大火球が来たら音をとります。すぐに外に出て流星痕も撮りたいです。今回は運がよかったとしか言いようがないところもあって、失敗の可能性もかなり高かったと思います。次はもっと確率をあげて確実に撮れる方法を探さないと。一方向にカメラ一台は危険すぎますし、画質も向上させたいですね。でも今回はどこにも旅に出ておらず、たまたまスタジオにこもっていたことも幸いしました。去年ならどこかに撮影に行っていましたから。
- —Stay Home中であり、周到な準備があったからこそ大火球が捉えられたんですね!
次回は、KAGAYAさんの新しい写真集「天空への願い」の撮影エピソードや、宇宙と対峙して思う事などじっくり伺った内容を紹介します。お楽しみに!
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