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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「行ってらっしゃ~い!」月着陸機SLIM打ち上げ成功!
種子島で感じた熱狂

2023年9月7日午前8時42分、JAXA種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット47号機。
ロケット発射場のある南種子町に宇宙留学にやってきた子たちが打ち上げを見つめる。

ついにこの時が訪れた。9月7日8時42分11秒、月着陸機「SLIM」とX線天文衛星「XRISM」を搭載したH-IIAロケット47号機が、ぴかっとまぶしい閃光を放った。しばらく遅れて「ゴー」「バリバリバリ」という轟音が、種子島宇宙センターから北に約3km離れた恵美之江展望公園に届く。当初は8月26日に予定されていた今回の打ち上げ。天候理由による3度の延期を経て、ついにロケットが飛び立ったのだ!

全国から集まった201人の見学者から「うわぁ!!」「上がった~!!」と歓声が上がる。青空に向かってぐんぐん突き進むロケットを皆が見上げる。南種子町の平山小学校に留学中の3人の小学生たちは、ロケットに「行ってらっしゃ~い」と声をかけ、拍手を送った。

赤い帽子が平山小に通う宇宙留学生。左から神奈川県から来た鈴木君(小6)、兵庫県から来た山下君(小3)、福岡県から来た上野君(小3)。「音の迫力が大きすぎて心臓が飛び出すかと思った」(上野君)。
恵美之江展望公園から見たH-IIA47号機打ち上げ。子供たちの「行ってらっしゃ~い」の声が後半に。

3人は宇宙が大好きで南種子町に留学したという。小学3年生の山下君はロケット打ち上げの音に慣れるために、JAXA種子島宇宙センター宇宙科学技術館で「打ち上げ音響体験」も経験した。それでも「本物の音はやっぱりすごい」と感激し、「SLIMは月面都市を作る第一歩。いつか月に降りてみたい」と期待する。

東京の大学生で日本天文学オリンピック委員会代表の岡本沙紀さんは8月末に続けて種子島入り。前回は宿もレンタカーもとれずテント泊+徒歩で見学して回ったツワモノだ。日本宇宙少年団員だった岡本さんは「ロケット打ち上げを見るのは人生かけての念願だった。炎は思ったより眩しい。うるっときました」と感激ひとしおの様子。

(左)西之表市から2回とも見学にやってきた仲良し家族、内野家(右)。福岡県から8月末の打ち上げにやってきた井上3兄弟。右端のお兄ちゃんは「宇宙の分野が進んで月まで行って、将来は月旅行もしてみたい」としっかりしたコメントをくれました。

ここ、恵美之江展望公園は南種子町に4か所ある見学場の中で発射場にもっとも近く人気が高く、事前抽選で当選した人しか入れない。発射約30分前に打ち上げ中止が発表された8月28日の見学者数は231人で今回は201人。夏休み明けにも関わらず、多くの人が「リベンジ」のため再訪したことになる。東京から宇宙好きな双子のお嬢さん(小1)を連れてきたお母さんは「前回見られなかったのが悔しくて。絶対に見たいと直前に決断して友達の家に泊めてもらいました」と語る。

西之表市在住の小学校教諭、内野裕太さんはご家族4人で2度とも見学場に駆けつけた。「種子島赴任中の5年目でようやく見られた。ロケットが上がれば俺も頑張れる。願掛けです(笑)。ロケットに火が付いたとき、ドキドキが一気にわくわくになりました」。妻の祐美子さんも「この前打ち上げを見られなかった時の気持ちも含めて、今日飛んでよかった。迫力がすごくて家族で見られて感動しています」と嬉しそう。

ロケットは打ち上げから14分後に「XRISM」を、47分後に「SLIM」を分離し、打ち上げは成功!実は私は種子島に取材に来るのは今年4回目。2月、3月は新型ロケットH3の取材で。3回目は当初8月末に予定されたSLIM打ち上げに。4回目にしてようやく打ち上げ成功を見届けることが叶った。

今回、多くの観客と打ち上げの瞬間を共にして、改めてロケットがこんなに多くの人を虜にし、パワーを与える存在か、宇宙開発や月探査にいかに多くの子供たちが夢をもっているかを実感した。次世代のためにも宇宙開発を発展させていかなければならないと意を強くする。

打ち上げ会見「最終ゴールは月着陸」

今回のロケット打ち上げは重要な意味をもっていた。2022年10月にイプシロンロケット6号機失敗、2023年3月に新型ロケットH3が失敗と、失敗の連鎖が続いていたのだ。SLIM/XRISMを打ち上げるH‐IIAロケット第2段とH3ロケット第2段には共通の部品があり、対策を実施。H-IIAロケットは今年1月に46号機が打ち上げられ、46機中45機が成功と高い成功率を誇るものの、「失敗できない」プレッシャーがあった。

種子島宇宙センターがある南種子町には、ロケット関係者に向け「応援してます!負けないで!頑張れ」「想いは一つ!ファイト!!」という応援メッセージが至るところに貼られ、町全体が打ち上げ成功を応援していることが伝わってきた。南種子町観光物産館トンミー市場の園田勝志館長は「ロケットがうまくいかないと、関係者への声掛けにも気を遣う。今回は部品への対策もしたので、きっと大丈夫」と成功を祈っていた。

ロケット打ち上げが成功すると、成功祈願の旗が地元の方たちによってすぐに成功を祝う旗に替えられる。

打ち上げ後の会見では、成功への重圧に質問が集中した。JAXA山川宏理事長は「打ち上げ成功に安堵している」と率直な気持ちを伝えた上で、「連続失敗後、非常に緊張感があった。だが技術陣は一歩一歩、着実に(失敗の)検討結果を反映すると同時に、広い視野でシステム全体を見直してきたことで着実な成功に繋がった」、「日本のロケットの信頼回復に向けて気を引き締め、確実な対応をはかっていく」と語った。

9月6日、整備組立棟から出て発射台に向かうH-IIAロケット。夕焼けを背景に。

今回のロケットは2機衛星を搭載していたことから、月着陸機SLIMが分離されるまでには47分という長い時間がかかった。SLIMの坂井真一郎プロジェクトマネージャは、SLIM運用のため神奈川県相模原市のJAXA宇宙科学研究所で分離の瞬間を迎えた。

「SLIM分離まで長い時間がありました。ロケットが正常に飛翔している状況を聞いて安心しつつ、SLIM運用への心の準備をしていました。打ち上げはゴールではありません。最終的なゴールは38万km彼方にある月に着陸すること。本当にやらなければならないことはこれから始まる。打ち上げ成功に向けて、今度はこちらが頑張る番だと考えている」

ロケットの段間部にはSLIMとXRISMのロゴマークが。その上の白いフェアリング内の上部にXRISMが、下部にSLIMが搭載されている。2つの衛星を二つの異なる軌道に投入するのは約20年ぶりだという。

XRISM関係者はどんな思いで打ち上げを見守ったのだろう。実は種子島宇宙センターや打ち上げ見学場でXRISMのTシャツを着た多くの人たちと出会った。「(X線天文衛星ひとみの事故から)7年ぶりに衛星がやっと打ち上げられる。空白の期間がようやく終わって、これで日本の衛星で論文が書ける」という研究者の喜びの声も聴いた。

JAXA宇宙科学研究所の國中均所長にこの点を尋ねた。「宇宙科学研究所の衛星を日本から打ち上げるのは7年ぶり。2016年にASTRO-H(ひとみ)の事故を受けて、大いに反省し事故を分析し再発防止に努めてきた。この7年間の停滞のために、宇宙科学事業が少しシュリンク(縮小)したのは否めない。だがここから日本の宇宙科学をV字回復させる」と決意を語った。

続けて國中所長はSLIMに対して「月へのピンポイント着陸技術を獲得することは、月表面での活動を発展させるとともに、火星表面着陸へも応用できると考えている。この流れは米国が主導するアルテミス計画への、日本の貢献の大きな布石になる」とアピールした。

種子島出身のプロサーファーと少女たち

宇宙に興味がある人たちが集まるロケット打ち上げ。だが、たまたまその場に居合わせて、ロケットを見たことで宇宙に興味を持つ人たちもいる。8月末に種子島に取材に訪れた際、忘れられない出会いがあった。

ロケットの種子島出身のプロサーファーとプロサーファーを目指す中高生たちがロケットの移動を見つめる。竹崎海岸で。

8月27日、翌日に予定された打ち上げに向けてロケットが発射台に移動する様子を、DSPACEチームは竹崎海岸で取材していた。すると海岸におそろいのTシャツを着た少女たちがいた。リーダーらしき女性に声をかけると、種子島出身のプロサーファー須田那月さんだった。ハワイの財団とコラボして、全国のプロサーファーになりたい子たちを集めて合宿をしているという。たまたま合宿中にロケットの移動があり、見学しようと竹崎海岸を訪れたそう。

千葉や奄美諸島などから訪れた中高校生たちはロケットを見るのは初めて。整備組立棟からロケットが姿を現し、ゆっくり移動を始めると大興奮。双眼鏡を貸してあげると、ロケットを眺めながら「打ち上がったロケットはどうなるの?」「どうやって月に行くの?」と質問攻め。「初めてロケットを見てわくわくドキドキ。月に行くなんてすごい!今まで宇宙って非現実だったのに、一気に現実になった。すごくいい機会になりました」と弾けるような笑顔で話してくれた。

双眼鏡に自分のスマホをあてて、一生懸命写真を撮っていた。右がその時撮った写真。

須田さんの実家は中種子町で宿を営み、常にロケット関係者が泊っていたので、打ち上げに関する情報には敏感だったという。「小さい頃は打ち上げ成功が当たり前でした。ロケットが授業中に上がっても、みんな外には出ない。音がしてから窓から見ていた。でも最近失敗が続いて、ロケットは簡単なものではないなと改めて思いました」(須田さん)。

宇宙に興味のある人たちは宇宙がどんどん身近になっている事実を知っている。だが一般の人たちにとって宇宙はまだ遠い。そういう人たちにも機会さえあれば、宇宙の楽しさや挑戦することの大切さが伝わり、視点が一気に広がる。彼女たちはそんな原点を気づかせてくれた。

月を目指して

打ち上げ後、SLIMもXRISMも「クリティカル運用期間」を無事に終了し、探査機の状態が良好と確認された。気になるのは、月着陸がいつになるのか。

坂井プロマネによると「これから地球(周回軌道)出発、月の周回軌道への投入という大きなイベントが続きます。現時点では来年1~2月に予定している」とのこと。SLIMプレスキットによると月周回軌道に到着するのは打ち上げ後3~4か月だから12月以降。その後約1か月間の月周回期間を経て、世界初のピンポイント月着陸に挑むことになる。とてもユニークな着陸機で。

SLIMの説明をする櫛木賢一JAXA・SLIMサブプロマネ。三菱電機にとってSLIMが地球周回軌道以遠に出る初の宇宙機になるが、「JAXAと三菱電機、それぞれの経験や利点を出し合って開発を進めた」とのこと。

SLIMサブプロジェクトマネージャのJAXA櫛木賢一さんは「宇宙研の探査機はだいたいそうですが、かなりチャレンジングで風変りな形をしていますよね。普通、月着陸機というと4本の足で降りるイメージが私にもあったんです。でも斜面を狙うとか、転倒しない構造をどうするか相当議論をしまして、(二段階であえて倒れこむように着陸するという)今の変わった形になりました。アイデアだけでなく、どうやって検証するかシミュレーションや試験も含めて結構大変でした」とふり返る。

今後も世界のスタートアップや中国、NASAなどの月着陸機が次々、月に向けて打ち上げられる予定だ。日本もispaceの再チャレンジや、インドとJAXAが協力する月極域探査ミッションLUPEXが続く。SLIM打ち上げ日、月は私たちの挑戦を見守るように天頂に輝いていた。まずはSLIM月着陸成功まで見守ろう。いつか私たちが月から地球を見られる日が来ることを願って。

ロケット打ち上げ後、SLIM分離まで見守った東大の日本天文学オリンピック代表の岡本沙紀さん、同メンバーの中尾俊介さんと三菱電機宇宙システム事業部のメンバーたち。指さしているのは、月。
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