DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

中学生が学会発表!
—衛星を活用した「マイハザードマップ作り」

学会発表中の鈴木泉輝(みずき)さん。緊張しながらも堂々と発表。

2023年10月17日、富山県で開催された第67回宇宙科学技術連合発表会(通称・宇科連)で、ある中学生の発表が宇宙の専門家の間で大きな賞賛をよんだ。

発表したのは茨城県水戸市に住む鈴木泉輝(みずき)さん。茨城大学教育学部附属中学校一年生で、地盤工学会・土木学会の会員でもある。宇科連は国内の宇宙関係者が集まる最大規模の学会だが、中学生の論文発表は初めて。

鈴木さんのテーマは「マイハザードマップ作り」。祖母がすむ茨城県ひたちなか市のハザードマップを「もっと見やすくできないか」と挑戦。祖母の家のある地区を中心に約1年間かけて水準測量を実施し、「マイハザードマップ」を作成したが、さらに効率的な測量手法として準天頂衛星の高精度測位システムを活用。計測結果を比較し考察するという内容だ。

その論文は研究動機から始まり、実験の手法や方法論、結果の考察など「論文としてのまとまりがあり、研究として成り立っている」と指導教官を務めた東京大学の中須賀真一教授は高く評価する。それもそのはず、鈴木さんにとって学会発表は初めてではない。小学6年生の時に第57回地盤工学研究発表会で発表し、優秀論文発表者賞を受賞しているのだ。

宇科連での発表後、鈴木さんと指導教官の中須賀真一教授に話を聞いた。

おばあちゃんの家の前に水が溜まっている!

鈴木さんの「測量歴」は小学6年生の時に始まった。そもそも、なぜ鈴木さんは測量を始めたのだろう。きっかけは茨城県ひたちなか市の祖母宅の近所に住んでいた、茨城大学工学部の齋藤修特命教授の存在だった。齋藤氏は防災システムの専門家。齋藤氏に勧められ、実際に測量をしてみた鈴木さん。「目で見て高いと思っていた場所が測ってみると『こんなに高かったのか!』と驚いたり、逆に意外に低いところもあって、感覚とだいぶ違っていました。道の高さが数値でわかるなんて、すごいと思ったんです」。測量に夢中になる鈴木さんを見て、齋藤氏が新品の測量機器をプレゼントしたのが、鈴木さんの12歳の誕生日のことだった。

小学生の頃に本格的な水準測量を行う鈴木さん。(提供:鈴木泉輝さん)

「測量女子」鈴木さんがハザードマップに関心をもったのは自然な流れだった。ある日、ひたちなか市から齋藤特命教授に「ハザードマップの改訂作業を手伝ってほしい」と依頼が入る。測量作業は人手と時間がかかり、担い手は不足している。齋藤氏の推薦を受けて鈴木さんはひたちなか市のハザードマップ改訂作業を手伝うことに。その過程で鈴木さんはある疑問を抱いた。

「ハザードマップを見ると、祖母の家のあたりが内水氾濫の恐れがあることがわかりました(実際、2023年9月8日の台風では祖母の家の前が川になった)。ハザードマップの重要性はわかったものの、氾濫の恐れがあるなら、もっと見やすくすべきではないかと思いました。更新の頻度の問題もあります。ひたちなか市は2021年にハザードマップを整備したのでそうそう更新はできない。でも建設や道路工事で街の状況は変わります。手間をかけずにハザードマップを更新し、『マイハザードマップが作れないか』と考えました」。

確かに、ハザードマップでは浸水の可能性がある領域が色付けされているが、一目で「ここが危ない!」とわかるものではない。そのせいか住民は日常的にハザードマップを見ることもない。もっと見やすく、住民の防災意識を高める「マイハザードマップを作れないか」と思いつく。鈴木さんの着眼点としなやかな発想に驚かされる。

1年かけ70地点計測。一目でわかる『マイハザードマップ』を作成

さっそく鈴木さんは行動を始める。ひたちなか市河川課の協力も得て、祖母の家のあるひたちなか市はしかべ地区で実際に測量を始める。平日は学校や習い事で忙しい鈴木さん、測量は土日や休日が基本になる。約1年間かけて70ポイントを測量。その結果をもとにマイハザードマップを作成した。もっとも注力したのは「わかりやすさ」。齋藤先生のアドバイスをもとに、水の流れを色付けした矢印で示し、高低差が大きいところは矢印を太くした。さらに数値を加えた。こうしてひたちなか市はしかべ地区のマイハザードマップが完成!

水の流れを青い矢印で、特に高低差が大きいところは太く表示した「マイハザードマップ」。(提供:鈴木泉輝さん)

ただし課題も浮上した。それは「計測に時間がかかること」。水準測量は一か所あたり10分以上、移動を含めると1時間はかかる。1日に5か所ぐらいしか回れない。これでは高い頻度でハザードマップを更新することは難しい。より頻繁に土地の高度を求める方法はないか。そんな疑問をもつ鈴木さんがたどり着いた一つの解が、「宇宙」だった。

1か所2~3分で計測できる効率の良さ。高精度測位システム

ここで宇宙業界のキーパーソンの登場だ。東京大学の中須賀真一教授のもとに、茨城大学の齋藤特命教授から連絡が入った。「すごい中学生がいる」と。さっそく鈴木さんと話した中須賀教授は、ハザードマップ作成を効率化させたいと思っていることを知り「それなら、準天頂衛星を活用すればいい!」とひらめいた。日本の測位衛星・準天頂衛星で高精度測位を実現する計測システムを使えば、効率的に測量できるはずだ。

第67回宇宙科学技術連合発表会で鈴木さんが発表する際、指導教官を務めた東京大学の中須賀真一教授。内閣府や他省庁の宇宙政策関係の委員など数々の委員を務め超多忙ながら、教育に並々ならぬ情熱を注ぐ。「若い子が伸びようとしているのを止めてはいけない」と力説する。

中須賀教授は「高精度測位ができる端末を夏休みに貸し出せないか」と準天頂衛星や高精度測位端末などを開発する三菱電機の小山浩主席技監に相談。小山氏は快諾し、準天頂衛星のセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)を受信できる簡易測位端末ユニットを、鈴木さんに貸し出しすることが決まった。

7月26日、鈴木さんは中須賀教授とともに三菱電機を訪問。実際に計測機器を手にした。さっそく東京駅前の広場で衛星からの電波を受信し、測位にトライ。その時間、わずか約10分。「習得度は素晴らしく早かった」と指導した三菱電機の叶谷晋利さん、山口雅哉さんは驚いた。

2023年7月26日、東京駅前の広場で、CLASの測位システムを使ってみる鈴木さん(赤いリュック)と指導する三菱電機叶谷さん(左)。三脚にアンテナと受信機がセットされており、計測データはスマホに転送される。(提供:鈴木泉輝さん)

中須賀教授は鈴木さんに、この端末を使ってひたちなか市はしかべ地区を再度計測し、水準測量の結果と比較した内容を論文にまとめ、10月の宇科連で学会発表しないかと提案。この時点で論文の締め切りは約2週間後。非常に厳しいスケジュールだったにも関わらず、鈴木さんは二つ返事で「やります」と即答した。

準天頂衛星のCLAS信号とは

鈴木さんの宇科連発表より。三菱電機から鈴木さんに貸し出された高精度測位システム。(提供:鈴木泉輝さん)

ここで簡単に準天頂衛星とCLASについて説明しておこう。カーナビなどに使われる位置や時刻の正確な情報を宇宙から送信する測位衛星では、米国のGPSが知られている。日本の測位衛星システムが準天頂衛星システム「みちびき」だ。2018年に4機体制での運用がスタートし、2025年度には7機体制となる計画だ。

一般に、衛星からの信号は対流圏や電離層などを通過する間にどうしても遅れが出て位置情報等に誤差が生じる。電子基準点で観測したデータからその誤差を高精度に推定し、補強信号を送るのが準天頂衛星のセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)だ。補強信号を受信した受信機は瞬時に補正、水平方向6cm、高度方向12cm(静止時)という高精度の位置計測を実現することができる。

CLASは既に日産アリアや新型セレナの運転支援技術に採用されるなど、車の自動走行やドローン操縦、精密農業などの分野で利用やビジネスが展開されつつある。

今回、鈴木さんに貸し出されたCLAS簡易測位端末ユニットはアンテナ、受信機などから構成される。測位データがスマホで受信できるのが特徴だ。ただし、水準測量の精度は1センチだが、CLASでは高度方向の精度は12センチ。「水準測量ほどの精度ではないが、水の流れがわかればいい。ハザードマップを作るには十分の精度だと思う」。鈴木さんはCLASを使った計測に期待した。

計測結果は?—ほぼスペック通りの結果に

鈴木さんの宇科連発表より。水準測量と衛星測位(図中のCLAS)の結果を比べたもの。異常値(周辺の建物による準天頂衛星からの電波の遮蔽等により、正確な測位ができなかった点)をとりのぞくと、驚くほど差が小さいことがわかる。(提供:鈴木泉輝さん)

CLAS測位端末を受け取ってから約10日間。猛暑の中、鈴木さんは30か所以上で計測を行った。水準測量では1か所10分以上かかっていた測量が、衛星測量では約3分。10か所測るのに水準測量で1か月かかっていたが、衛星測量では約1時間。「圧倒的に短時間で計測できるメリットがあり、年1回など高頻度の更新に向いている」と鈴木さんは実感したという。

ただし、衛星測量の課題も浮上した。建物が迫っている場所、電柱が密集している場所、電波の乱れがある場所では、高い精度が出なかったり計測そのものが困難だったりした。測位衛星の配置は時間によって変わり、多数の衛星からの電波が得られれば精度の高い位置情報が得られる。だが、高い建物があると衛星が隠れてしまうことなどが原因と考えられる。

それら計測に疑問が残る異常値を取り除くと、水準測量と衛星測量の差が非常に小さいことが、鈴木さんの測定からわかったのだ。

鈴木さんの計測結果では、衛星測位の精度は約14センチ(標準偏差)。つまり、高さ方向の誤差の範囲が14センチ以内にとどまっていたということ。CLASによる位置計測精度(高度方向)は95%の確率で12センチだから、スペックの数値より若干上回っているものの、まずまず一致している。

水準測量と衛星測量を自ら実行して比較した鈴木さんの発表は、専門家から賞賛と質問が相次いだ。「時期によって測位精度が変わるのでは?」「端末がもっとこうなれば計測が楽になるというご意見はありますか?」次々と出る質問に真摯に耳を傾け、明快に答えて意見交換する鈴木さんは、もはや研究者の一員だ。

中須賀教授は「水準測量は誤差1センチで計測できるから真値、つまり正しい値。それに対して衛星測位がどこまで近づけるかが今回のテーマだった。結果の14センチという値は、CLASの元々のスペックに近い。理論通りであり、性能がそのまま計測された。これはすごい」と驚きを隠さない。一方、計測端末への課題を質問した小山氏は「(衛星の配置がリアルタイムで表示できるなど)ユーザ利便性を高める工夫を検討したい」と語る。

「マイハザードマップ」の可能性と今後の目標

鈴木さんは測量してみて、感覚的な高度差と実際の計測値の違いや、一直線の斜面かと思っていた場所が実はV字型の斜面になっていて水が流れ込むことがわかったりなど、多くの発見があったという。それは地域への関心にもつながる。

中須賀教授は「小学校に(測位衛星の受信端末を)貸し出して、子供たちが地域ごとにマイハザードマップ作りをやってみたらいい」と提案する。例えば、自分たちの通学路を調べて高度が低くて水がたまるところがわかったら、雨の時にはそこを通らないようにすることもできる。「台風の時にどの道を通れば安全など、自分で避難経路を考えるのもいいですね」と鈴木さんも大賛成だ。

大きな成果を収めた論文発表。次なる鈴木さんの目標は?「計測の範囲を広げたい。計測の日程や時間を変えて数回計って平均を出して、今回の衛星測位の結果と異なる結果が出るのか比べてみたい」と意欲的だ。

バレエを中心に週半分以上習い事にいそしみ、最近は音楽にも興味がある鈴木さんに、将来の夢を聞いてみた。

「今回計測をして、計測端末の課題がわかりました。もし私が社会人になってもその課題が解決されていなければ、三菱電機で自らモノづくりをして精度をあげたい。水準測量と同じぐらいの精度を出せるようにしたいんです」恐るべし中学生。大人は負けていられない。

  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。