「地下鉄の電車はどこから入れたの?」というのは、往年の漫才師、春日三球・照代師匠の『地下鉄漫才』。一世を風靡したのは1970年代だが、今も時折、話題になる”ネタ”なので、若い世代でもそれなりにご存知の方がいるだろうと思う。
実際に地下鉄の建設時など、地上に明けた穴からクレーンで吊して車両を下ろしたケースもゼロではない。しかし地下鉄にも車両のメンテナンスをする基地が必要であり、広さのある基地を地下に建設するのはコスト的に無駄になるため、線路が地上に出たところに基地を設けるケースがほとんど。その基地に新しい車両を運び込み、地下の路線を走らせる仕組みだから、地下鉄でも地上の鉄道でも、あまり差はない。これが『地下鉄漫才』の問いに対する答えである。
そこで現代的な質問。ある日、地下鉄に乗ったら、少し前まで見なかったホームドアが忽然と現れている。「これって、どこから入れたの?」。深夜に作業員さんが、エッチラオッチラ階段を降りて運び込んだのだろうか。答えを明かす前に、まずは「ホームドアにもいろいろある」ことを知る必要があるだろう。
日本のホームドアの歴史は意外に古く、第1号は1974年に熱海駅に設置されている。新幹線の多くの駅はホームと別に中央に通過線を設け、そこを「ひかり」型が高速のまま通過する構造。しかし山が迫る熱海駅ではそのスペースがなく、開業当初は列車の速度を落とす一方、ホームの端からやや離れた場所に簡単な手すりを設け、乗客が通過車両に近寄れないようにしていた。これを可動開閉式にしたのが最初のホームドアだ。現代では、この方式は一部新幹線の駅などでも活用している。
その後、先行的にホームドアを導入した駅では、天井までガラス戸を設置するフルスクリーン式だった。乗客は全く車両には触れないので、安全を守る効果は絶大だ。しかし、この方式は開業当初はともかく、後から”運び込む”のは、かなり難しい。
そこで既存ホーム用として生まれたのが、いま最も良く見る胸の高さ程度に小型化したホームドアである。といっても設置は簡単ではなかった。ホームの端の下には、万一、線路に転落してしまった乗客が逃げ込むための空洞がある。重たいホームドアを設置するには強度が足りない。古いホームほど、その懸念が大きい。ホームの補強と、ホームドア機器の軽量化の両面から対応が進み、設置できる路線が増えてきたわけだ。
ホームドアにはもうひとつ、ドアの位置の異なる車両にどう対応するかという問題もあるのだが、これはドアだけでは解決しづらい。鉄道会社が時間をかけて車両を更新するなど、異なるアプローチが求められる。
というわけで、小型・軽量化した現代のホームドアは、どこから運び込むのか。答えは車両と同じで「地上の基地から入れる」。それも多くの場合、普通の電車に乗せて運搬し、目的の駅に停車してからホームに下ろして設置する。だから翌朝に「忽然とドアが現れた」ように感じられるのだ。地下鉄でなくとも、この方式でホームドアを運ぶことが多いという。深夜の臨時編成に、作業員さんたちと一緒に整然と乗せられて移動するホームドア。そんな風景を想像するのは、とても面白い。