「3Dプリンタ」という言葉が一般に知られるようになったのは、10年ほど前のことだ。家庭向けの装置が人気となり、多くの企業が参入した。ただ3次元データを利用する積層造型という概念は古くから知られていた。3Dプリンタは新たに登場したアイデアではなく、造形を可能にする技術が時間をかけて開発されてきたものだ。
3Dプリンタの前史に「光硬化樹脂(感光性樹脂)」がある。ドロドロの樹脂に特定の波長の光をあてると硬くなるもの。この技術は1980年代から新聞をはじめとする印刷業界に大変革をもたらした。
それまでの印刷は鉛の活字を並べ、その活字を写しとった「鉛板」にインクを塗って紙に転写していた。しかし光硬化樹脂を使うことで工程は一変した。ワードプロセッサーのような装置で文字を印刷し、これをネガフィルムに撮影。そのネガを光硬化樹脂の上に置いて光を照射すると、文字部分だけが層状に固まる。固まった部分にインクを塗って鉛版がわりに印刷する仕組みだ。速報性が求められる新聞社は都市部のビルに印刷工場を併設し、一角に電気炉を置いて鉛合金を溶かして活字や鉛版を作っていた。光硬化樹脂の誕生によって、高熱かつ人体に有毒な鉛の作業を印刷工場から追放したのである。
光硬化による積層造形は現在でも、歯科医が虫歯を削った跡を埋めるコンポジットレジンや、プラモデルなどの模型制作用の光硬化パテとして広く使われている。樹脂を盛り上げて希望の形をつくり、光を当てて固める。必要なら、それを何度か繰り返す。この工程は3Dプリンタそのものだ。
一方で、現代の3Dプリンタとの間には明確な差がある。ひとつは、かつての光硬化樹脂の技術はアナログであったこと。同じものをいくつも作ったり、一部を修正して再利用したりすることが難しい。3Dプリンタはモノの形状をデジタル的に把握しているので、データだけを記憶して場所を移して製造したり、設計の一部を改めたりすることが容易だ。
もうひとつの差は、現代の3Dプリンタが積層造形する物質を樹脂以外に大きく広げたこと。金属やゴムに近い材質を積層加工することで、利用シーンが大きく広がった。3Dプリンタとひとくちに言っても、樹脂と金属は強度や加工難度が違うし、用途も異なる。加工対象や精度は、今も技術進歩が続いている。それにつれて、どんなモノづくりに3Dプリンタを使うのかも変わっていくことだろう。
3Dプリンタの「プリント」という言葉は「複写造形」という意味だが、そのルーツが「印刷」に使われていた技術だったというのは、ちょっと面白い。