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メキシコ人漁師とアメリカ人エリートにみる「ビジネス幸福度」

社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column メキシコ人漁師とアメリカ人エリートにみる「ビジネス幸福度」社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column メキシコ人漁師とアメリカ人エリートにみる「ビジネス幸福度」

バリバリ働いてお金を稼げば、人は幸福になれるのか。おそらく多くの人が一度は考えたことがあるだろう。生活するにはお金が必要だが、遮二無二働いて収入が高ければ高いほど幸せになれるのか。インターネットで拡散している「メキシコ人漁師の物語」を通じて、「働き方と幸せ」について考えてみたい。

小さな漁船がメキシコの小さな島に着いた。
休暇で港にいたアメリカ人の観光客が、船から下りてきたメキシコ人漁師に尋ねた。

「大漁だね。どれくらい海に出ていたの?」

「昼の数時間だけだよ」

返答に驚いたアメリカ人は「もっと長い時間、漁をして、いっぱい捕まえればいいじゃないか」と提案すると、漁師は「なんでそんな必要があるのさ。これで十分食べていけるよ」と答えた。

「それなら、漁をしていない時間は、何をしているんだい?」とアメリカ人。
漁師は「ゆっくり起きて、家族と時間を過ごすんだ。夜は友人とバーで飲んで、ギターを弾きながら歌うのさ」と説明した。

アメリカ人は信じられないと、首を振った。
「私は、ビジネススクールで経営学を学んだ。君はもっと漁をして魚をいっぱい捕れば、大きな船が買えるよ。大きな船ならばもっと多くの魚が捕れる。会社だって設立できるよ」

「それにはどれくらいの期間がかかるんだい?」

「20年か25年ぐらいかな。そして会社の経営がうまくいけば、上場して株を売って、億万長者にもなれるさ」とアメリカ人は胸を張った。

「へえ、その後は?」とメキシコ人は不思議そうに聞いた。

「成功したら引退して、海の近くの小さな島でゆっくり暮らせばいい。朝はゆっくり起きて、子どもと遊んだり、ちょっと釣りをしたり。夜は友人とバーで飲みながら、楽しい時間を過ごせるよ」

漁師は言った。
「もう、私はそうしているじゃないか」

以上が、インターネット上で確認できる「メキシコ人漁師の物語」だ。細かな描写は紹介するサイトによって異なるがあらすじは大きく変わらない。

このエピソードは経済活動における利潤の追及にゴールはないことを物語っている。生活には収入が必要だが、収入の多さと幸福が比例するわけではない。収入はある一定値(日本円で年収700万円とも800万円ともいわれているが)を超えると幸福には直結しないことを示した研究もある。とはいえ、「本当にそうなのか?」という疑問も残るはずだ。いくら稼ごうが「もっと収入が高ければ幸せになれるはず」という気持ちを拭い去れない人も多いだろう。

「人は果たしてどの程度の富で満足できるか」はいつの時代も変わらない普遍的な悩みといっても過言ではない。それは「メキシコ人漁師の物語」が半世紀以上前に描かれた原作が存在することからも明らかだ。

ノーベル賞作家のハイリンヒ・ベルが1963年に発表した短編小説にはドイツ人観光客と欧州の西海岸の漁師が登場する。うたたねしている漁師になぜ漁に出ないのかと港を訪れた観光客が尋ねる。漁師が漁にしばらく出なくていいほどの釣果があったからと答えると、なぜもっと捕ろうとしないのかと会話が展開していく。

ベルが描いたのは今を犠牲にしてまでも利益を追求する現代人の滑稽さだった。今日より明日、明日より明後日に明るい未来が来ると信じ、ひたすら利益を追求する社会に疑問を示し、今を生きるべきではないかと投げかけた。

もちろん、ベルの投げかけが正しいかはわからない。多く稼ぐことが幸福につながる場合も少なくないだろう。だからこそ、ベルの原作が登場人物をアメリカ人観光客とメキシコ人漁師に変えてまで、半世紀以上にわたり「働き方と幸せ」の問題として私たちの関心を集めてきたのだ。

この問いに答えはない。ただ、現在このエピソードがアンチテーゼとして扱われているが、その役割を終える日はもしかすると近づいているかもしれない。働き方や価値観の多様性が社会に急速に受け入れられているからだ。

一昔前は、類いまれな技術やノウハウを持つ人がいれば、その技術やノウハウをどうか生かすかしか組織は目に入らなかった。しかし、現在はその人がどう生きたいかを尊重する時代になった。メキシコ人漁師が港でうたたねしようが、漁に毎日出かけようが、アメリカ人観光客が「いいね」と受け止める現実がすぐそこまできている。

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