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AIで近づくか。「ケインズの2030年未来予測」

社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column AIで近づくか。「ケインズの2030年未来予測」社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column AIで近づくか。「ケインズの2030年未来予測」

AI(人工知能)は人と機械の関係を様変わりさせつつある。生産現場で機械はこれまで力仕事を主に担っていたが、最近は職人が担っていた複雑で繊細な作業をも担うようになっている。機械は人をどこまで助けるのだろうか、そして完全に置き換わる日はくるのだろうか。

AIという言葉が歴史に名を刻んだのは1956年。米国のダートマス大学にコンピューター科学者が集まった共同研究会「ダートマス会議」とされる。
科学者たちは「人間が抱える問題を解決し、自らを改善できる機械」について議論した。この夢のような機械の名前がアーティフィシャル・インテリジェンス(AI)だった。
それから60年以上が経ち、AIの技術や精度は間違いなく進歩している。ビジネスにおける導入事例も増えてきたが、本当に使えるAIを現場に導入できるようになったのはここ5、6年だろう。

人間は本来、自分が知っていること、やっていることを言語にするのは得意ではない。
例えば、熟練技術者ならば検査工程でラインから不良品を簡単に見つけられるが、そのコツを書き出すのは難しい。この言語化の難しさが産業現場のAI化を阻む大きな壁になっていた。だからAIに長い間、ルールを教えられなかったが、2012年に深層学習(人間がルールを教えなくても、大量のデータを与えることで、コンピューターがデータの特徴を自分で見つけ出すこと)の実験成功が状況を大きく変えた。企業がAIを生産現場に導入しようと試み始めたのだ。

特に多くの企業がこぞって導入したのが検査工程だ。例えば、食品会社のキユーピーは原料検査装置をカット野菜の品質検査に導入した。かつては熟練技術者が目視で検査していたが、装置が画像解析によって変色品、変形品を発見し、自動で取り除く。深層学習で良品のパターンを学習させ、選別につなげた。

物流の現場でも人手がAIに次々と置き換えられている。わかりやすい例が無人倉庫だ。
自走式の台車が動き回り、毎日10万個規模の荷物をロボットがさばく。カメラ画像をもとにAIが瞬時に最適な動作を判断する。形状やサイズ、向きがバラバラでもテキパキと仕分ける。こうした倉庫が中国を筆頭に世界にはいくつもある。

AIが産業分野で担う領域は確実に広がっている。コンピューターには難しく、人にしかできないと思われていた機能が次々と開発されている。自動運転などはわかりやすい例で、無人トラックが人手不足の物流の救世主になる日はそう遠くないかもしれない。

そうなると、多くの企業人は、「機械が人間の知能を追い越してしまうのではないか」という不安を抱かざるを得ないだろう。自分の仕事が無くなりかねないからだ。

AIの知能が人間を上回ることは「シンギュラリティ」と呼ばれ、2045年には起こるという見方もある。そのとき人間の生きがいはどうなるか懸念する声も多い。AIの技術は指数関数的に急速に進歩する傾向にある。ここ数年の自動翻訳の精度の向上などを考えると、シンギュラリティは避けられない未来にも映る。

だが、どうだろうか。産業革命の時から機械は常に人間の雇用の脅威だった。経済学者のケインズは1930年の時点で、100年後に人間が労働から解放される未来を予測していた。そして、時間の使い道がなくなった人間は、人生の目的を見失ってしまわないかと危惧した。ケインズが予測した2030年まであと10年弱である。

果たしてそうした未来が訪れるのかはわからないが、AIは打ち出の小槌ではない。AIが得意とする分野で人間が競っても勝ち目はなさそうだが、万能でもない。過大評価せず、身の回りで何に役立てられるかを考える。それが、AIを有効活用する「正しい距離感」なのかもしれない。