「畜産×IoT」 牛がデータを生む時代を支えるベンチャーたち
畜産業のIoT(モノのインターネット)化が進んでいる。鶏や豚で畜産農家の大規模化が進み、牛も大規模化と効率化が進む。牛は1頭当たりの単価が高く、1頭1頭を見守るセンサーが普及期を迎えようとしている。これを支えるのはベンチャーたちだ。センサーの振動などから牛の行動を人工知能(AI)技術で推定してビッグデータを集める。発情を見極めたり、飼料や薬の効果を検証したりしている。普及後を見据えた次の事業の種まきが始まっている。(小寺貴之)
行動から状態予測
「牛の行動データと環境データがあれば、いままで見えなかったものが見える。新しい世界が無数に広がる」とデザミス(東京都江東区)の清家浩二社長は断言する。同社は牛の首に装着するIoTセンサー「U―Motion(ユーモーション)」を展開する。加速度や気圧から牛の行動を推定する。動態と採食、起立反すう、横臥(おうが)反すう、横臥、起立静止の六つの基本データを集め、疾病や起立困難、発情などの牛の状態を推定してアラートを出す。
従来も飲水量の計器や発情発見機はあった。ただ発情の近い牛に装着して見つけるだけだった。牛の基本的な行動データがとれると「莫大(ばくだい)なビッグデータを基に新たな価値を生み出せる。牧場の経営最適解を導くシステムになる」(清家社長)と期待される。
ユーモーションは約10万頭に装着され日々データをためている。このデータを活用して三井住友海上火災保険と牛の診療費補償サービスを提供する。牛が病気になり、家畜共済の補償対象になると1割の自己負担部分を診療費補償として支払う。畜産農家にとって診療費は病傷共済金と損害保険金でまかなわれる。保険料はユーモーションのサービスに含まれ、農家の負担は増えない。
設備・薬の効果検証 新たな価値生み出す
いけうち(大阪市西区)とは畜舎冷房装置システムとセンサーの連携を進める。同システムは微小水滴の霧で牛舎を冷やす。薬液を噴霧すれば牛舎の殺菌や害虫対策になる。この稼働状況と牛舎の温度、牛の行動をひも付けて管理する。ほかにも配合飼料や新薬、環境改善の効果を全国からデータ収集できる。ユーモーションはプラットフォームを目指し、畜産を支える企業と連携して新しいサービスを開発する。
The Better(東京都大田区)はIoTシステム「ライブケア」として飲み込み式の温度加速度センサーを販売する。藪内直人営業部長は「体温を直接測り、胃の中の動きもとる。計測精度は高い」と胸を張る。当初は牛がセンサーを吐き出す例もあったが重さなどを改良し、2019年2月に販売を始めた。藪内部長は「IoTセンサーの会社は7社もある。だが普及はまだまだこれから。シェア1割、40万頭に導入したい」と説明する。
強みは子牛用の体温センサーだ。子牛が病気になると大変だ。松崎明社長は「畜産農家は毎日、牛のお尻に体温計を挿して検温する。子牛100頭の検温に2時間かかる。これを自動化する」と説明する。牛用ワクチンメーカーが薬の効果検証のために導入した。
参入をうかがう大手もある。東洋紡は牛の心拍数や体表温度を測る牛用のスマートウエアを開発した。もともと競走馬やペット向けに製品を開発してきた。畜産牛は1頭にかける費用は競走馬よりも小さいが数は多い。乳用牛は135万2000頭、肉用牛255万5000頭と、全国に390万頭いる。まずは導入しやすい首装着型のセンサーから普及が進むが、今後は心電計測などの高付加価値化も考えられる。
清水祐輔快適性工学センター部長は「心電からストレス状態を推定し、乳量増につなげたい」と展望する。競走馬のトレーニングでは負荷を測り、走り込みの強度などを調整していた。異常心拍の検出など、より精密な体調管理が可能になる。22年度の製品化を目指す。
増える選択肢 農家へ拡販、環境整う
畜産農家にとってはセンサーの種類が増え、計測原理や価格を選べるようになった。ファームノート(北海道帯広市)の下村瑛史社長は「我々がセンサーを始めたころは選択肢がなく、着けるか、着けないかの二択だった。いまはメーカーが増えて選べるようになった」と振り返る。農家が大規模集約化するに従い、1人で管理する頭数が増えている。搾乳機などの装置で作業の自動化が進み、情報管理の自動・効率化はICTの出番だ。
ただThe Betterの松崎社長は「投資の優先順位は牛舎などの生産設備が第一、ICTは後回しにされてしまう」と説明する。ファームノートの下村社長も「ICT投資の売上高に占める割合が1%未満の事業者が最多だ」と指摘する。それでも、ほとんどの農家がIoTセンサー自体は知っている状況にはなった。組合の会合などで畜産仲間が試し、感想を聞いたという程度の雰囲気はできてきた。
IoTセンサーの普及状況を下村社長は全国で約20万頭とみる。乳牛は搾乳用センサーが搾乳機と一緒に拡販されているため、390万頭全体では3分の1程度が装着済みと予想する。ただ肉用牛は現在の導入数の10倍以上の市場が残っていると考えられる。デザミスもファームノートもサブスクリプションモデル(定額制)の提供で初期導入の負担を畜産農家から肩代わりしている。
IoTセンサーを扱う販売代理店にとっては、農家に製品自体の周知はなされ、製品が選べるようになり、拡販への環境は整ったとも言える。
事業モデル描く 経営の効率化推進
ファームノートやデザミスが16年にIoTセンサーを始め、この5年が開発・啓発期とすると、次の5年は普及期といえる。そして普及後を見据えて次の事業の仕込みを始めている。デザミスは異業種との連携だ。ファームノートは自社で牧場を始めた。
創業者の小林晋也氏がファームノートデーリィプラットフォーム(北海道中標津町)の社長に就き、最新の搾乳ロボットやふん尿処理機械を導入した牛舎を運営する。牛舎では人と牛の動線が短くなるよう設計した。これで従業員の労働時間当たりの生産性を3倍に引きあげる。
目標は1時間当たり乳量450キログラムだ。国内平均は約150キログラム。下村社長は「フィンランドでは同様の牛舎で1時間当たり865キログラムの生産性を実現している。日本で450キログラムができないはずがない」と説明する。これらの牛舎を設計したのはフィンランドの4dBarn(オウル市)だ。搾乳と繁殖、乾乳、分娩(ぶんべん)、育成、治療などの作業を一つの牛舎内ですべて完結させた。
この牛舎でファームノートは自社のセンサーや管理システムを用いてデータを集め、操業ノウハウを見える形で蓄積する。下村社長は「センサーは畜産経営の一部でしかない。本質を経営管理指標として体系化し、ソリューション提供していく」という。畜産で稼ぐ経営オペレーションをデジタルに外販していく構想だ。
センサーが当たり前になり、1頭1頭の牛がデータを生む時代。データでプラットフォームを目指すか、稼ぐ畜産経営に回帰するか。普及後のビジネスモデルをめぐる競争がすでに始まっている。
2020年11月4日付 日刊工業新聞
記者の目
牛が吐き出すデータの価値は畜産の生産性にかかっています。一戸あたりの飼育頭数は2010年の全国平均が乳用牛は67.8頭、肉用牛が38.9頭、これが2020年の乳用牛は93.9頭、肉用牛が58.2頭になりました。牽引役は北海道で20年に乳用牛は140.6頭、肉用牛が223.3頭と桁違いの大規模集約化が進んでいます。ICTでの効率化は必須です。こんな背景を受けてIoTセンサーを拡販します。その先でデータプラットフォーム構想を描くか、稼ぐ畜産経営メソッドを突き詰めるか。各社、戦略の差が現れています。(小寺貴之)