脱炭素・循環型社会の実現を目指す東京地下鉄株式会社(以下・東京メトロ)は、「メトロCO2ゼロ チャレンジ 2050」を設定し、2050年度にCO2の排出量を実質ゼロにするという目標を掲げています。
喫緊の課題は、首都・東京の都市機能を支える鉄道事業において、エネルギー効率がより優れた車両駆動システムを開発することでした。
東京メトロと三菱電機は、その課題に応えるべく、同期リラクタンスモータ(システム)の車両搭載に着手。
そして2021年から22年にかけて、鉄道車両には搭載が困難とされていたこのシステムで、省エネ効果約18%という大きな成果を、世界で初めて営業運用によって確認。
世界初の技術開発プロジェクトの経緯から、三菱電機への今後の期待などを東京メトロ・鉄道本部車両部の松井鵬樹様に伺いました。
- 東京地下鉄株式会社
鉄道本部 車両部 設計課 - 松井 鵬樹さん
メトロCO2ゼロ チャレンジ 2050という目標に向かって、
新たな技術開発に着手
「このプロジェクトでは、“メトロCO2ゼロ チャレンジ 2050”という目標のもと、これまでにないチャレンジングな最先端技術の開発に取り組んできました」 と、プロジェクトを振り返る松井様。
「東京メトロでは鉄道事業が事業として一番大きな割合を占めます。
そのため、CO2排出量を減らすには鉄道車両の新たな省エネ推進の技術開発が必須でした。
そこで以前から様々なメーカー様と定期的な勉強会を行っていました。
車両駆動システムにおける省エネの主軸はモータなのですが、実は車両用のモータは省エネという観点では限界に近いほど開発し尽くされてきたという経緯があります。
そこで勉強会では、特段モータの省エネにフォーカスするわけではなく、制御装置も含め、鉄道車両の駆動システム全体の最適化によって省エネを実現できないかいう議論を行っていました」 。
世界初を目指すプロジェクト誕生のきっかけは三菱電機からの提案、と話す松井様。
「勉強会では、三菱電機さんから効率化できそうな提案を色々もらい検討していました。
そんなある日、勉強会の中で、三菱電機さんから、SiC適用VVVFインバータ(制御装置)を活用する画期的な同期リラクタンスモータ(システム)を搭載し、さらなる省エネに挑戦しませんか?との提案を受けました。
実は、同期リラクタンスモータの鉄道車両への搭載は、未だどこもやった事のない世界初※へのチャレンジ。最初は、不安がよぎりましたが、三菱電機さんは常に建設的に話を進めてくれました。そこで最終的には、私たちも技術力で乗り越えられそうだと決断し、このプロジェクトがスタートしました。
今思えば、この提案がきっかけで、世界初のシステム開発に携われるチャンスに巡り合えたことを大変嬉しく思っています 」 。
※2021年6月現在
世界初の挑戦に、社内で高まる期待
「東京メトロは9路線中7路線が他社と相互直通運転を実施しています。
そのためこれまでも、当社の最先端技術が共通仕様として業界全体に普及するということが多くありました。
社内的にも、業界のリーディングカンパニーとして常に新しい技術に挑む思いは強いものがあります。
今回の同期リラクタンスモータの提案をいただいた時も、当時車両部が興奮気味に湧きあがっていたことを覚えています。
三菱電機さんからは、これまでも新技術の提案があり、過去にいい結果をもたらしてくれたことが何度もありましたので、今回もいけるんじゃないかと思っていました」 。
さらに今回、プロジェクトチームに驚いたと話す松井様。
「プロジェクトスタート当初の顔合わせで、三菱電機チームのメンバーに驚きましたね。
業界内でも知らない人はいないというような面々で、案件に対する本気度が伝わってきました。今回のチームは、モータと制御装置の技術において業界内でもピカイチだったのではないかと思っています」 。
つづけて当時を振り返る、三菱電機車両システム技術グループの金子さん。
「今回のプロジェクトスタート時に、私たちは最新技術が扱える精鋭メンバーでチームを構成しました。
東京メトロさんは、東京の地下を走る地下鉄ではありますが、車両保有数・路線数など、世界的に見てもトップクラスの事業者様という位置づけになります。
その鉄道車両で世界初の開発をやると決断いただいて、私たちも全力で挑もうという強い思いがありました」。
聞きたいことがすぐ聞ける環境、
言いたいことが言える関係性
「実際に開発が進んでいくと、リモートミーティングを午前中から始めて、気が付くと終日やっていたということがありました。
東京メトロの設計チームも新技術に意欲的で、純粋に技術の詳細を知りたいという思いが随所で生まれてきます。ですから私たちがわからないところは、その都度三菱電機さんに詳細に教えてもらいながら開発を進めていきました。
三菱電機はいい意味で砕けているといいますか、ざっくばらんな感じで、何でも聞きやすい環境を整えてくれましたし、言いたいことが言いあえる関係性を築いてくれたと思っています」 。
プロジェクト始動から2年後、
夜間の搭載試験を実施
「終電後の夜間の日比谷線で実施した搭載試験では、朝4時までに検車区構内に入庫しないと始発に影響が出てしまうため、何時までに切り上げるか、試運転責任者としては最もシビアに考えています。
実際の試験時間は3時間弱しかありませんので、その日取りたいデータを事前に決め、必要なデータだけを取って、試験車内でデータを照らし合わせて改善点などを議論します。
場合によっては車両を止めて、その場でソフトを調整することもあります。
この搭載試験は、限られた時間の中で取れたデータに対して臨機応変に対応していかなくてはなりません。
三菱電機さんはこの搭載試験でも、事業者とメーカーの垣根を越え私たちとワンチームで対応してくれました」 。
――搭載試験のスケジュール調整にご苦労されたとお聞きました。
「夜間は、架線や線路の点検作業はじめ、各部がさまざまな作業を予定しているので、基本的に空きがないわけです。
各部がスケジュールを取り合う中、夜間調整がすごく大変でした」。
さらに注目されているプレッシャーも大きかったと話す松井様。
「そうした状況で、世界初への熱意を訴えながらスケジュールの交渉をしていたところ、思いが伝わったのか、だんだんと協力的な体制を得ることができました。
そして結果として通常では考えられないほど、私たちの搭載試験が優先されるようになったわけです。
それだけ今回のプロジェクトは、社内的にも注目されていることを実感しましたし、スケジュール交渉で強くお願いしてきた手前、失敗しましたとは絶対言えない状況で、プレッシャーをものすごく感じながら搭載試験を実施していたことを覚えています」。
つづけて同じようにプレッシャーを感じていたと話す三菱電機車両システム技術グループの金子さん。
「限られた時間の中でさまざまな試験をクリアしないと次に進めないので、やはりプレッシャーは大きいです。
張り詰めた緊張感の中で、正確に調整を行っていかなければならないですし、難題が降りかかってきた時は、経験値で対処することもありました。
とにかく失敗はできない、許されないという中で、明け方まで集中を切らさず対処していました」。
開発から試験搭載まで「“できない”とは決して言わない」
「三菱電機さんとは、夜間に行う試運転をこれまで数多くやってきています。
そのたびに、私たちが求める最低限の条件を、確実に初日からクリアしてきてくれるんです。
そのうえで、より良くするためにはどうするかという調整を、試験中は一切妥協せずにトライしてくれます。
勉強会、設計会議、さらに搭載試験の時もそうですが、今回のチームも難しい課題があった時、“できない”とは決して言いませんでした。
絶対にあきらめず、このようにやればできるのではないか、というポジティブな提案をその都度言ってくれました。
三菱電機さんのこうした姿勢が、プロジェクトの大きな牽引力になっていたと思います」。
そしてついに2021年12月から実証試験を開始、
省エネ化約18%を達成
*1 各システムの搭載車系の車重が異なるため、9000系大規模リニューアル工事車両の車重に変換した際の原単位にて比較を実施
同期リラクタンスモータを試験搭載した日比谷線13000系車両にて、営業運用における長期評価試験を行い、誘導モータシステムと比較して約18%の省エネ化が実現可能であることを世界で初めて確認しました。
※評価期間2021年12月27日~22年2月12日
「この結果を見た時、ものすごく高効率化されていたので、自分自身強烈なインパクトを受けました。
こんなにも!という驚きと、込み上げてくる歓喜の思いで胸がいっぱいでした」
と、興奮気味に話す松井様。
「特に協力してくれた現場には、感謝の思いでいっぱいになりました。
思い出されるのは夜間の試験搭載で、過密なスケジュールの中、各部も世界初の技術に協力したい、やりたいという思いで、相当な無理を聞いてくれました。
そうした現場の方々の熱い想いもこの結果を導いてくれたように思っています。
試験搭載中は、社内各所が結果を知りたがっていたので、三菱電機さんから18%達成の速報をいただいた後、すぐに現場に向けて大々的な社内報告会を開きました」 。
つづけて三菱電機の技術力が頼もしかったと振り返る松井様。
「今回のプロジェクトは、モータと制御装置への省エネという点でどちらも限界に近いという状況の中、本当にわずかな領域での数値の追求でした。
だからこそ、この18%という数値は予想をはるかに超える大成果と言っても過言ではないと思います。
そういう意味で、三菱電機の技術力は本当に確かなものだと今も改めて感じています。
また今回のような新規の開発には、さまざまな困難が待ち受けていますが、それをひとつひとつ必ず乗り越えていく、必ず実現してくれるという頼もしさも三菱電機からいつも感じますね」。
これからも、三菱電機とニュースタンダードを
「実はプロジェクトのスタート時に、次の鉄道業界のニュースタンダードになるようなものを作りたいというお話をさせていただきました。
結果、勉強会から実証試験まで、東京メトロと三菱電機がワンチームとなって世界初のシステムを作り上げることができ、同期リラクタンスモータは私たちの期待以上の成果をもたらしてくれました」。
――すでに納入契約が締結されているとお聞きしました。
「同期リラクタンスモータは、2026年度から東西線に、その後半蔵門線の車両にも順次搭載されることが決定しています。
今後、このシステムが鉄道業界のニュースタンダードとして普及していくことをすごく期待しています。
三菱電機さんとは他の分野、他の装置でも、新しい技術を積極的に勉強しながら、これからも一緒に、ニュースタンダードになるようなものを開発していきたいと思っています」。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年6月)時点のものです。