【玉城絵美】
「未来の工場」は、私の想像の先をいっていた 
産業用など主にBtoB向けのロボットを展示する「国際ロボット展」。2年に1度開催されるこのイベントは今年開催イヤーで、11月に東京ビッグサイトで開かれた。今回は612企業・団体が参加し、4日間で13万人以上を集めた。AIやIoTが暮らしやビジネスに実装されつつある中、ロボットの将来はどのように示されたのか。NewsPicksのプロピッカーで、H2L創業者、早稲田大学の准教授も務める玉城絵美さんが好奇心そのままに取材した。
INDEX
- Visit1 ロボットアーム(NICE BOT)
- Visit2 倒れない二足歩行ロボット(東京大学石川渡辺研究室)
- Visit3 「シッポをふる○×」(ユカイ工学)
- Visit4 三菱電機スマートファクトリー最前線
- 自律的に動くロボットが生産の常識を変える
- リアルとバーチャルが行き来する
- 誰のために価値を実現したいのか考えることから
玉城:ロボットは私の専門分野なので、この国際ロボット展は毎回足を運んでいるんです。
まだ実用化にはほど遠い研究レベルのものから、実際に産業で使われる最新のものまで、幅広いロボットが集まっているので、勉強になるし研究意欲もそそられます。2年前の前回からどのような進化があるのか、思わぬ発見があればうれしいですね。


このロボットアームは、高精度な近接センサを多く持ち、ダントツの安全性が特徴ですね。
まるで人間の皮膚と同じように感じ取ることができるスキンセンサに覆われていて、例えばドライバーを持たせて風船に刺しても、ドライバーの先が風船に触れると瞬時に力を抜くため割れないんです。開発者のシュミッツさんの頭にドライバーを振り抜こうとする動画は衝撃的でした。
ロボットと人間、ロボット同士が協働するためには、互いが衝突するようなリスクを回避する安全技術が不可欠です。
工場などで活躍するロボットがもっと普及するために、「安全」の高度化が必要であることは間違いありません。こうした安全性を考慮したテクノロジーが登場することは、実用化に向けて大きな原動力になるはずです。
東京大学の石川渡辺研究室も出展していたんですね。この研究室は、人間のマネをして人間に近づくのではなく、人間を超えようとしている研究コンセプトが面白い。そのためには、従来とは異なるアプローチで挑むことが欠かせないようです。
展示していたのは、高速で流れるベルトの上を走る二足歩行ロボット。こうしたロボットの開発は、共通して倒れないことを目指していると思いますが、この研究室のロボットは倒れそうになったら急速に姿勢を立て直すんです。
また、センサの発想も独特で、足裏部分に搭載したセンサのデータをもとに、重心を制御しながら姿勢を保つことが多いなか、このロボットはカメラで撮影した姿勢を瞬時に分析して最適な姿勢になるように調整しているのです。
高速な判断の繰り返しをどのように実現しているのかと聞くと、姿勢制御プログラムをコンピュータで動かすのではなく、チップに内蔵しているのだと明かしてくれました。実に発想がユニークです。
少し本流からそれてしまいますが、「欲しい!」とついつい足が止まってしまったのは、ユカイ工学の「Qoobo(クーボ)」。しっぽが付いた単なるクッションですが、なでるとしっぽを振るんです。その振り方がリアルすぎて、何ともかわいくて、触り心地もとっても気持ちいい。
しっぽと丸い胴体以外は付いてなくて、あえて特定の動物にしていない。動物の種類も、しっぽの気まぐれな振り方も、飼い主に想像の余地を残していて、私は勝手にネコだと思って癒やされてます。動物は誰でも飼えるものではないし、どこへでも連れて行けるわけではないですよね。
大手電機や重工系メーカーのブースが並ぶエリアに移動。目移りしてなかなか前に進めませんが、このエリアで最も注目したのは、三菱電機です。
自律的に動くロボットが生産の常識を変える
2階から全体を見渡せるなど大がかりな展示内容でした。自分がデザインしたマウスパッドを作ってくれる体験型の展示を中心に、生産現場を自動化するファクトリーオートメーション(FA)の統合ソリューションブランド「e-F@ctory」を紹介していました。
各工程の間をロボットが互いに呼吸をあわせ、動きを変えながら“協働”しているのが興味深い。
展示のねらいや、生産現場における自動化の動向を説明してくれたのは、FAシステム事業本部機器計画部サーボ・ロボットシステムグループの戸渡琢さんです。
この工場で人の代わりに働いているのは、AGVと上部に搭載したロボットです。AGVが磁気テープなしで自分の位置を認識しながら柔軟に移動しており、AGVの停止位置の誤差をロボットとカメラのキャリブレーション機能を使い、補正をかけることで精度が高い作業を行っています。
玉城:ロボットアームに付いているカメラで位置を補正しているのですか?
戸渡:そうです。AGVが停止した際の誤差を、ロボットアームに付いているカメラを動かすことで、目標とする位置と現在の位置との誤差を割り出し、ロボットが自分で考えて位置を補正しています。
玉城:カメラの視差で距離を測るのは、技術的に安定させるのがとても難しいことだと思います。
戸渡:工場全体は、エッヂコンピューティングで稼働状況をリアルタイムに把握しているので、AGVとロボットは、作業に空きの出ている工程や滞っている工程を自律的に対応しています。
同じものを大量生産する時代から、変種変量生産の時代に移ると、無駄な工程をなくし、全体の稼働率を高める、自律的な動きが求められるようになります。
玉城:汎用性が高いロボットが助け合うんですね。自ら状況をアップデートしながら、アジャイルで働くとでも言うんでしょうか。人の判断を必要としないので、人的コストも減りますね。
戸渡:そのためには、高い精度が求められるんです。そうじゃないと、衝突してしまって使い物にならない。いろいろな認識を安定的に実現するのは、機構面でもセンサの面でも非常に難しいことですが、三菱電機は知能化技術により高い精度を実現しています。
2階からもぜひご覧になってください。
玉城:全体がよく見渡せますね。
戸渡:高いところから見下ろすと、全体がよくわかりますよね。このパネルでは、これら設備それぞれの生産状況をデータで見渡すことができます。
リアルとバーチャルが行き来する
戸渡:ロボットを使う際は、ロボットに動きを覚えさせる作業「ティーチング」と、動かす手順を設定する「プログラミング」が必要です。
当社の人協働ロボットは、アームをダイレクトに動かすことで、その動きを覚えさせることができ、専用のティーチングボックスを不要としています。また、アイコンをタッチして並べる、直感的なビジュアルプログラミングの開発もしています。
なので、「だれでも」「どこでも」「すぐに」「かんたんに」、ロボットを立ち上げることができるのです。モノを移動するだけなど簡単なものなら、ロボットを使ったことがない人でも、1時間程度でプログラムできてしまいます。
玉城:そのスピード感だと、マーケットの動きに対応できますね。ビジュアルプログラミング以前は?
戸渡:そもそも従来は、ロボット専門のエンジニアによる対応が必要だったので、だれでも対応できることがロボットの導入を加速すると考えています。
玉城:なるほど…。それと、これは何でしょうか? 金属部品の組み立てのようなものですが。
戸渡:AI技術の紹介です。三菱電機では「Maisart」というAI技術ブランドを今年立ち上げました。
これは高速挿入を学習する様子で、力覚センサの反応を見ながら、最初は穴を傷つけないように恐る恐る動いていたのが、AI学習を重ねることで高速化していることを示しています。
玉城:こんなに高速に判断できるものなんですね。
戸渡:ロボットから離れたコンピュータとインターネットで接続してやりとりしていたのでは、通信に時間がかかりすぎて実現できません。ロボットコントローラにAIを組み込むことで、高速動作を実現しています。
玉城:AIの学習は現実の物理的なものだけでなく、バーチャルでもですか?
戸渡:はい、両方使って学習していますよ。先ほどの高速挿入では、実作業を行うことで学習していますが、3Dビジョンセンサの自動調整は、バーチャル空間でAIを使ったシミュレーションをすることで、最適な調整を行っています。
AIを活用し力を加減しながら差し込む力覚挿入は、他社にはまだ難しい技術で、三菱電機の強みだと考えています。
玉城:力覚センサはまだ研究レベルだと思っていたので、実用段階とは驚きました。どういう利用が考えられますか?
戸渡:歯車の組み立てなど、自動車工場で使える技術です。他にも、力加減を調整する必要がある電機電子の組み立てや検査の工程で役立ちます。組み立てロボットに強いメーカーでありたいという思いがありますから、さらに高みを目指したいですね。
誰のために価値を実現したいのか考えることから
戸渡:スマートファクトリーに取り組むには、誰に向けた価値を実現するのか?を考えることが大切です。経営者、生産現場、営業、開発者、取引先、誰のメリットにつながるかです。
スマートファクトリーでは、刻々と変わるあらゆるデータを可視化できるようになりますので、受注状況をリアルタイムで確認することも可能になります。
受注に応じた部品の自動発注も可能で、サプライチェーンでつながるサプライヤーはこれを受けて、すぐに出荷することも、傾向やリードタイムを計算して生産計画を最適化することもできます。
来場されるお客さまでも、ポジションによって注目するポイントが違います。経営に近い方ほど受注状況を分析して開発やマーケティングに生かすことに興味を持たれています。
玉城:どんなモノを欲しがっているのかわかるのは素晴らしい。人間でなければできない判断の手前までは機械がしてくれて、判断材料をプッシュしてくれるのは、ありがたいことですね。
ドイツで提唱されている生産性向上のコンセプト、インダストリー4.0でもサプライチェーンとエンジニアリングチェーンの連携が言及されていますが、実際にマーケティング部門や営業部門等、工場の外までつなげられている例はなかなかなく、私はドイツでも見たことがありません。
マーケティングに役立てられているのは特徴的ですね。
戸渡:工場ラインと需給を同時にチェックでき、経営視点での判断にまで及んでいる例は、玉城さんのおっしゃる通り、世界的に見てもまだまだこれからという状況です。
玉城:ということは、今回の出展社の中では負けていない、という自信が?
戸渡:抜きん出ている自信はあります。e-F@ctory が誕生したのは2003年で、IoTやAIが話題になるずっと以前から取り組んでいて、業界をリードしてきた自負がありますからね。FA総合メーカーとして負けるわけにはいきませんよ。
玉城:三菱電機が他社より数歩先に進んでいてスゴイと感じたのは、まだ人間以外が持ち得ない哲学的意識以外の、あらゆる要素を全部入れて自動化を実現できていることです。正直に言って、このレベルに達したメーカーは登場してないだろうと予想していました。
戸渡さんから話を聞いている後ろで、いろんな言語が飛び交っているのが印象的で、日本のスマートファクトリーへの取り組みに対して、世界中から視線が集まっているのだと実感しました。次回の国際ロボット展ではどのような進化を見せてくれるのか、今からとても楽しみです。
(文:加藤学宏、写真:長谷川博一、編集:木村剛士)