“コミュニケーション地獄”な職場。
「集中」を保つ4つのポイント
高い集中力が生産性や効率を高め、ベストなパフォーマンスを生むことは誰もがなんとなく知っているだろう。しかし、高め方が分からない、あるいは間違っているために、本来の力が発揮できていない人も多いはずだ。
『集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方』の著者で、集中できるワークスペース「Think Lab」の責任者である井上一鷹氏に、集中力を高めるコツを語ってもらった。
また、その集中力を高めるための意外な要素で、井上氏もその重要性を指摘する「空調・換気」について解説する。
INDEX
- Part 1 JINS 井上一鷹 集中力には「コツ」がある
- 今のオフィスはコミュニケーションに寄り過ぎ
- 「集中」には23分必要。なのに11分に1度会話……
- 働く環境を整えることが集中力を高める特効薬
- 「緊張」と「リラックス」で集中を深く
- Part 2 集中力を高める・維持する「クオリティの高い空気」への挑戦
- 汚れた空気は集中力を奪う
- 1970年に起こした三菱電機のイノベーション
Part 1 JINS 井上一鷹
集中力には「コツ」がある
今のオフィスはコミュニケーションに寄り過ぎ
まず、最初に言わせてください。
現代人、特にオフィスで働くビジネスパーソンは、全然集中できていません。一番の理由は、オフィスです。
オフィス設計におけるここ20~30年の基本思想は「コミュニケーションの誘発」でした。会議室はクローズドではなく、壁をガラス張りにしてオープンに。オフィス全体もフロアにどれくらい社員がいて、仕事ぶりや様子はどうなのかを、マネジャーや経営者が一目で分かるように。
社員同士においてもすぐに意見が言えたり、集まれたり。さらには意図的に目線が合うようにするなど、コミュニケーションのタッチポイントを無限につくる設計にどの企業も躍起になっていました。
「集中」には23分必要。なのに11分に1度会話……
──今どきのオフィスに感じるのですが……。なぜコミュニケーションが生まれると集中できないのでしょうか。
少し専門的な話になりますが、日本人は他国の人に比べて、不安を感じやすい「セロトニントランスポーター」という不安を抑制するセロトニンの働きが弱いss型の人の比率が高い特徴があります。そのため、日本人は外国人に比べると、まわりの人の心やその場の空気を読んだりする能力が、そもそも人種として高いんです。
そんな日本人が、多くの人とコミュニケーションが生まれる場に置かれて、集中しろというのが無理。
日本人は、集中するまでに必要な時間は23分ですが、昨今のオフィスでは11分に1度コミュニケーションが発生していますからね。
そして、コミュニケーションは「リアル」だけではありません。メールやチャットもありますよね。さらに今お話しした内容は5年前のデータですから、Slackなどのチャットツールが発達した今では、11分より短くなっているでしょう。
つまりハード(オフィス)、ソフト(オンラインコミュニケーションツール)両方とも、私たちの集中力を下げているわけです。
──オフィス空間はなぜ、こんなにもコミュニケーションを意識したつくりに寄っていったのでしょうか。
イノベーションを生むためには、コミュニケーションが必要だと考えているからだと思います。もちろん間違いではありません。ただ付け加えると、イノベーションは個々の知恵の掛け算で生まれやすく、大前提として個人の独創的なアイデアが必要。そして独創するには、集中する時間が必要なのです。
海外の先端企業がいい例ですよね。コミュニケーションを意識する一方で、個人が独創する時間を意図的に設けたり、マインドフルネスや瞑想といった集中力を高める環境整備に力を入れていたりするのは、独創とコミュニケーション両方の重要性を理解しているからに他ならないと思います。
働く環境を整えることが集中力を高める特効薬
──では、どうすれば集中できるのでしょうか。
働く環境を整えることが、集中力を高めるのに一番即効性があります。具体的には次の4つの要素が重要です。
①最適TPO:朝イチのメール確認は午後の眠い時間帯に行う
集中力が高まる時間や場所、どんな業務をしているときに集中が高まるのか――。自分の「最適TPO」を把握することです。
すべての項目で個々人によって異なるのですが、ある程度の平均値のようなものもあります。時間帯であれば日本人の97%は、朝に集中できるとのデータが出ています。
1日に集中できるのは4時間といわれていますから、この4時間を自分が集中できる時間帯に当てはめることができれば、当然、パフォーマンスは上がるというロジックです。もっと言えば、タスクの優先順位を決め、高いものは集中力の高い時間帯に行うようにします。
出勤するとまずはメールをチェックする。どこのオフィスでも見られる朝の光景だと思いますが、おすすめしません。いま話したとおり、朝は集中が高まっているからです。メールチェックするなんて、もったいない。
では、午前中は何をすればいいのか。アイデア出しなど創作活動のような脳をフル活用する能動的な業務が適しているでしょう。メールチェックなどの受動的な業務は、食後の眠い時間帯など、集中力が下がっているときに行うといいでしょう。
時間帯だけでなく、曜日も重要です。多くの人が集中できるのは日曜日。次が金曜日などの休日前、また休み明けもよいとのデータがあります。ただこれも先ほど言ったとおり、あくまで人それぞれですので、自分が集中できる曜日を把握してください。
場所も同じく個人差があります。私であれば電車の中が集中しやすいので、あえて電車に長く乗ったりします。あとは喫茶店も私にとって集中できる場所のひとつです。
よくおすすめするのは、ブースで仕切られたラーメン屋さんのように、一人ひとりのスペースがブースで仕切られていたり、まわりに壁などがあったりする場所です。先に話したとおり、コミュニケーションが遮断されることで集中力が高まるからです。
②デジタルデトックス:PCはWi-Fiを切り、スマホは裏返す
20~50代のビジネスパーソンは、1日11時間以上もパソコンやスマホを見ているそうです。スマホやパソコンには業務以外のツールやエンタメなどもたくさん入っていますから、ついネットサーフィンしたり、あるいはメールやLINEといったチャットツールの着信音が気になったりして、なかなか集中できません。
そこで集中したいときは、思い切ってWi-Fiはオフに。スマホは音が鳴らないよう、かつ裏返しておきます。やるべき業務用のアプリしか入っていないパソコンを使う方法もあります。
実際、僕の友達の中には、集中してアイデアを出したいときに使うPCと、単純な作業を行うPCを分けて使っている人もいます。
③コミュニケーションの排除:「集中タイム」と共有スケジューラーに書き込む
オフィス以外で働くことのできる環境であれば、自分が集中できる、コミュニケーションが排除できる場所に移ります。一方でそのような環境を構築するのが難しい場合でも、集中を高める方法はあります。ただし一人では難しく、周囲の人たちの協力が必要です。
先のようにスマホを裏返しているときに、まわりのメンバーに話しかけないでほしいと伝えておくのです。あるいはメンバーで共有するスケジューラーに、「集中タイム、話しかけないで」と書き込んでおくのも手です。実際、これは僕がどちらも行っている方法で、かなり効果があります。
コミュニケーションの排除は非常に効果が高いですから、全社的に「クリエイターズタイム」といったかたちで導入している企業もあるほどです。
④CO2と温度:見た目はきれいなオフィスでも建物が古い場合は注意が必要
温度やCO2濃度も集中力と大いに関係があります。一方で、湿度、気圧は集中とはそれほど関係ないことが分かっています。
集中が高まる温度は男性の場合は23~25度で、女性は26~27度。また温度は一定ではなくプラス・マイナス1度ほど“ゆらぐ”とより集中できることが分かっています。
CO2は表のとおり、自然界のCO2濃度に近い状態、800PPM以下に抑えることが望ましいとされています。逆に1000PPMを超えると眠くなるなど集中力が低下してきます。そのため狭い室内での長い会議などは避けます。
注意が必要なのは古いビルです。内装はリノベーションされ見た目はきれいだとしても、空調設備が旧式の場合が多いため、換気性能が劣っているからです。
実際、あるスタートアップでは、なぜか多くの社員が集中できないと訴える場所があったそうです。調べてみるとまさに建物が古く、空調設備も同じく一昔前のもので、CO2濃度はなんと2500PPM。空調を新しいものに刷新したおかげで、今では集中力の低下はなくなったそうです。
「緊張」と「リラックス」で集中を深く
──先ほど話された集中するまでの23分を短くしたり、あるいは集中をより深く、かつ持続させたりするためにはどうしたらよいのでしょうか。
いま説明した4つのポイントを参考に、自分が集中できるTPOを確認できたら、次からはそのTPOが再現できるよう、集中のスイッチが入るような「フック」をつくるんです。
ようは、「肉を見るとよだれが出る」のような「パブロフの犬」状態をつくることで、自分の意思ではなく、ある意味、自動的に集中するスイッチが入る状態にもっていくよう仕向けるのです。
我々が運営している、ここ「Think Lab」では、集中のスイッチを入れるための仕掛けをさまざまな点で施しています。
たとえば、受付へ向かう暗い一本道。明るさや周囲の音を日常から急激に変化させることで、日本人のDNAにある厳かな気持ちならびに適度な緊張感を喚起します。そのうえで、音や香りもフックに良いとされていますので、入った瞬間には集中力を高めるアロマで嗅覚から脳を刺激しています。
受付に続くドアを開けると、木々のグリーンや開放感のある窓から差し込む光、さらには鳥のさえずりや川のせせらぎといった音が流れる空間にがらりと変わり、自然を感じ、心の状態が一気にリラックスに寄ります。この緊張からリラックスの流れが、冒頭の質問にあった深い集中へ導くフックになるんです。
Part 2 集中力を高める・維持する
「クオリティの高い空気」への挑戦
汚れた空気は集中力を奪う
集中力を切り口としたビジネスを展開し、その一つとして集中力を高める環境をテーマにしたコワーキングスペース「Think Lab」の陣頭指揮を執る井上一鷹さんも「CO2濃度が1000PPMを超えたら集中力に悪影響をもたらす」「30分に1回は換気が必要」と語った空気の重要性。ただ、温度や湿度、匂いは気にしていても「空気のクオリティ」、つまり換気にこだわる人は少ないだろう。
クオリティの高い空気を作るためには、主に4つの要素がある。それが①温度②湿度③気流④清浄度。換気はこれらすべてに影響を与えている。
換気はシンプルに言えば、汚れた室内の空気と外の空気を入れ替えること。
人は呼吸によって二酸化炭素を排出するだけでなく水蒸気や熱、体臭などを発生させており、知らぬ間に空気を汚している。
こうした汚れた空気が滞留している空間に長時間いることは、身体に悪影響をもたらす。二酸化炭素の増加や酸素の減少が呼吸に支障をきたし、場合によっては頭痛や吐き気をもたらすこともある。精神的不安定やストレス過多な状況を招き、集中力も著しく低下させてしまう。
勘違いしている人もいるかもしれないが、エアコン単体では通常、室内の空気を循環させるだけで換気までは行っていない。家であれば窓を開ければ換気できるが、一般的なオフィスビルは窓を開けられないし、たとえ開けられてもそれを定期的に行うのは手間がかかる。だから、生産性の高いオフィスをつくるためには、換気環境の整備が重要なのだ。
1970年に起こした三菱電機のイノベーション
オフィスビルや工場などの業務用換気の分野では、家庭用空調機器でおなじみのメーカーがメインプレーヤーとなる。中でも歴史と先進性を併せ持つのが三菱電機だ。
三菱電機は、白物家電などのコンシューマー向けプロダクトのほか、オフィスや工場などの各設備機器・サービスといった企業向け製品も手がける数少ない総合電機メーカーで、空調分野も主たるビジネス領域の一つ。
換気扇、全熱交換形換気機器、業務用・産業用換気送風機、換気空清機などを手がけており、岐阜県中津川市に拠点を構える「中津川製作所」でその営業・設計・開発・製造の役割を一手に担う。
換気分野での三菱電機のイノベーションは、1970年に世界で初めて(三菱電機調べ)紙による全熱交換形換気機器「ロスナイ」を発売したこと。
全熱交換形換気機器とは、冷房・暖房された室内空気状況に近づけて換気する機器。外の空気を室内に入れれば室内の温度・湿度が変化するが、全熱交換形換気機器は室内と外気のそれぞれの温度・湿度を同時にそして連続的に交換することで、室内の温度・湿度の変化を抑えながら換気ができる特徴がある。
これにより約5~8割の熱エネルギーを回収でき、夏期・冬期の冷暖房負荷を低減し、省エネ換気が実現する。
三菱電機が1970年に生んだ「ロスナイ」は、キーパーツとなるエレメントを紙で作製した全熱交換形換気機器として世界で初めて発売され、換気の省エネという革新をもたらした。
当時の三菱電機のエンジニアが、紙を筒にして息を吹きかけると吐いた息の温かさがそのまま伝わることに発想を得たという。
具体的には、「仕切板」と「間隔板」という特殊加工紙を組み合わせ、取り込む外気と外に出す室内空気を混ざり合わせることなく交換することで温度と湿度を室内空気状態に近づけて換気する。
粘り強く研究開発を進めて成し遂げたこの成功事例は、今でも中津川製作所に籍を置くエンジニアの開発魂に深く受け継がれているという。
また、三菱電機は、換気における技術力の高さや長年の経験だけでなく、空調に関するプロダクトであるエアコンや除湿機、空調管理システムといった空調関連製品を複数ラインアップしていることも強み。「快適な空気」づくりをトータル提案できることで他社よりも優位に立っている。
三菱電機の中津川製作所でロスナイの開発に携わる業務用換気送風機製造部の是友正行氏は、「我々には、“風の気持ちになる”ことが開発マインドとしてある。快適な空気づくりのためには、消費電力、静かさ、コストを考慮しながら給気と排気を考え、その空間へ空気をいかに効率よく流すかがポイント。
換気の技術はある程度洗練されてきて、一見するとどのメーカーも同じように見えるかもしれないが、静かに低コストで高い交換効率を実現するロスナイの開発には、総合力と経験が必要。
三菱電機には、全熱交換を紙で実現したイノベーションを実現したイノベーターとしての自負と、マーケットをリードしている責任があると感じている」と開発に対する思いを語る。
イノベーションだけでなく、いかに静かでエネルギー効率良く換気するかをモーターの高効率化、羽根の形状、空気の最適な流れを生むための風路、送風機の配置などさまざまな面に心を砕いている。
(取材・編集:木村剛士 構成:杉山忠義、木村剛士 撮影:竹井俊晴、森カズシゲ、デザイン:Seisakujo)