Withコロナ時代、今だから知っておきたい
電車の空気・換気事情
コロナウイルス対策として換気の重要性が伝えられる中、公共機関でも気になるのが、特に利用者が多い電車の空気事情だ。そこで、鉄道ジャーナリストとして活躍する渡部史絵氏が、車両用空調装置の国内シェアトップクラスの三菱電機を取材。電車の空気がどのようにコントロールされているかを明らかにする。
INDEX
- 都市部で懸念された電車の「密」
- 鉄道空調は常時換気が可能
- 新幹線はコンパクトさが求められる床下に
- すみずみまで運び循環させる仕組み
- 世界で異なる空調の快適さ
- 鉄道の快適と安全を叶える総合力
都市部で懸念された電車の「密」
鉄道空調は常時換気が可能
現在までのところ鉄道車内がクラスターとなった事例は発表されていませんが、これは各事業者による混雑の緩和やマスク着用の呼びかけに利用者が協力したこと、そして消毒や換気の励行などに取り組んだことが寄与しているのではないでしょうか。
私は鉄道ファンとして育ったことから、利用者目線の鉄道ジャーナリストとして、これまでにない角度から鉄道をとらえ、魅力やインフラとしての重要性を伝えたり、快適さを提案したりしています。
しかし、鉄道の空調設備について深く取材したことはありませんでした。空調や換気のことを気にせずにいられない今、専門家の話を伺えるということで、とても楽しみにしていました。まずは、空調の仕組みについて教えてください。
古川:原理は、家庭のルームエアコンと同じです。冷房の場合、室内の熱気をフロンガスなどの冷媒で奪って冷やし、その熱を室外に排出します。
首都圏を走る通勤電車の多くは、1両に1台、室内機と室外機が一体になった設備を搭載しています。屋根のカマボコ状になっている部分です。首都圏の一般的な通勤電車の場合、1台でルームエアコン約15台から20台分の能力を持っています。
ルームエアコンと大きく異なるのは、換気機能の有無です。一般的にルームエアコンでは、ときどき窓を開けて空気を入れ換える必要があります。
通勤電車の空調設備は、冷風や温風だけでなく、新鮮外気を混ぜて車内に送り込み、ドアの開閉時や隙間から車外に押し出すことで、常に換気する仕組みになっています。計算上、およそ5分から7分で入れ替わります。
冷暖房装置だと思っている方もいらっしゃると思いますが、換気もできる空気調和装置であることを知っていただきたいですね。
新幹線はコンパクトさが求められる床下に
古川:特急車両や新幹線車両の場合、設備は床下にあります。基本的な仕組みは通勤電車と同じですが、気密性が高く、ドアの開閉も少ないため、排気ファンや換気装置などを使って常時換気を行っています。
渡部:床下だと、かなりコンパクトにしないと収まらないような気がします。技術的な難しさについて教えてください。
湯淺:特にコンパクト化が難しいのは、熱交換器です。どうしても機械的な要素が詰まっているため、一気に技術革新が進まない領域です。時間をかけて技術を積み重ねる必要がありました。
通勤電車でも、コンパクト化が求められてきました。昔に比べると車両が大きくなり定員も増えたことから、2割程度の能力向上が必要となっているのですが、高効率化や送風機の大風量化などによって、空調装置のサイズを大きくすることなく搭載できているのです。
すみずみまで運び循環させる仕組み
渡部:1両は20メートルほどありますが、どのようにして新鮮な空気を行き渡らせているのでしょうか。
湯淺:天井裏には、風を送るための通路「ダクト」が車両の端から端まで通っています。ダクトは車両メーカーが製造するのですが、三菱電機も協力して試験を行っています。
それだけではありません。電車にのって天井面を見上げてもらうと埋込形の扇風機が回っているのがお分かりいただけると思いますが、あれは「ラインデリア」といって、岐阜県の弊社中津川製作所で作っている送風機です。
渡部:ラインデリアは、細長いファンですよね。三菱電機のマークを撮ろうとカメラを構えるのですが、高速で回っているので、何度トライしても失敗して…周りから「何してるんだろう」という視線を感じます(苦笑)
空気を循環させているということは、せっかく冷やした空気が外に流れ出てしまっているわけですよね。
湯淺:一部の新幹線では、弊社中津川製作所で製造する全熱交換器「ロスナイ」を空調装置内部に組み込むなど、省エネ技術も取り入れています。これは換気の際,車外に排出される車内の温かさや涼しさを熱回収して換気をする技術です。
実は、ロスが少ないからロスナイという名称なんです(笑)。また、暖房には、電気ヒーターを使うよりも大幅に効率がよいヒートポンプを採用しています。
世界で異なる空調の快適さ
渡部:かつては寒すぎたり暑すぎたりしましたが、ここ数年は本当に快適で、1年中適温で心地良い空間が作られている印象です。世界の鉄道を取材する中で、ヨーロッパやアメリカは寒すぎるように感じます。地域によって特徴があるのでしょうか。
湯淺:渡部さんが寒すぎると感じるのも、当然だと思います。海外は寒さに強い乗客が多いようで、日本と比べて設定温度をヨーロッパで1~2度、アメリカで3~4度程度低く設定する傾向があります。
海外へは1978年から、のべ20カ国に納入してきました。ニューヨーク地下鉄やロンドンの地下鉄などにも、三菱電機の空調設備が採用されています。そのなかで難しさを感じたのは、空調に関する感じ方や、根本的な考え方の違いでした。
欧米の場合は、非常に寒い土地柄でもあり、寒気対策と暖房が最優先された歴史があります。ロンドン地下鉄では、2009年まで客室の冷房設備がありませんでした。最近では気温上昇をうけて、欧州各地で冷房化率も上がっています。
一方の日本においては、1936年に鉄道車両用空調装置の歴史が始まったと言われています。また、1970年代には国鉄が冷房化を積極的に進めたこともあり冷房化率が上がりました。
古川:循環方法にも違いが見られます。海外の場合は、風が直接当たることを非常に嫌うのです。日本の場合は、温度設定を高めにして、ラインデリアで風を回すことで涼しさを補っています。こうした違いも、体感温度に影響していると思われます。
鉄道の快適と安全を叶える総合力
渡部:三菱電機は、車両用空調システムで国内トップシェアと聞きます。高く評価されている理由について、どうお考えですか。
古川:三菱電機は電車における「走る」「止まる」「制御する」「快適にする」を1社で実現するシステムインテグレーターです。
湯淺:全国各地に、特徴を持った研究所と製造拠点、アフターサービス網があり、その総合力を発揮しているのが強みだと自負しています。
それは領域の壁を越えて連携されたもので、例えば電車空調装置の場合、もともと家電向け技術を持っていましたが、雨風や寒さ、振動にも耐える信頼性を加えて車両向けに展開。省エネ技術や小型化技術についても、車両に活かしてきました。
渡部:家庭用と産業用の双方を扱う空調のプロフェッショナル集団であり、総合電機メーカーだからこそ、鉄道サービス全体の安全性や快適性に貢献できるのですね。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 写真:森カズシゲ デザイン:小鈴キリカ)