クラフト×アート×テクノロジー。
オープンイノベーションで生んだ工芸の新世界
コロナ禍でキャンプなどのアウトドアブームが加速している。そんな中、アウトドア用品のひとつ、「焚き火台」で話題になったプロダクトがある。ステンレス板に日本の伝統的な柄を打ち抜いたデザインが印象的な「和柄焚き火台」だ。クラウドファンディング「Makuake」で資金を募ったら、目標金額の1182%を達成した話題のプロジェクトである。
このものづくりを実現したのは、広島県でWebコンサルティングやEC事業を運営するスパイスと、船舶の艤装品を手がける京泉工業、そして最新鋭の高精度レーザ加工機という異色のコラボレーションだった。この金属加工の新たな取り組み、伝統的な鍛冶の世界のプロにはどう映るのか。
外部ゲストとして、1個7,000円の高級つめ切りで知られ、数々のデザイン賞に選ばれるプロダクトを生み出してきた諏訪田製作所3代目の小林知行氏に参加してもらい、スパイスの藤村智彦氏、京泉工業の京泉晴洋氏、三菱電機の担当者2人の計5名が膝を交えてプロジェクトを振り返った。
INDEX
- 船舶設備の製造業が焚き火台を作るまで
- ファイバレーザだから実現した焚き火台
- 製造業、そして日本の未来のために貢献したい
船舶設備の製造業が焚き火台を作るまで
──今回のプロジェクト「島ノ技巧」がスタートしたきっかけについて教えてください。
藤村:私が代表取締役を務めるスパイスでは、EC事業を手掛けており、扱う商品の企画も手がけています。新しい品揃えの参考になればと、友人が勤める京泉工業の工場を見学させていただき、その際、目に留まったのが最新鋭のレーザ加工機と鉄の切れ端。何か明確なアイデアがあったわけではないのですが、これで何かできないかと直感が働き、お声がけしたのがスタートでした。
──藤村さんから声がかかった時、京泉さんは率直にどのように感じましたか。
京泉:京泉工業は、船舶で使われる艤装品のメーカーです。金属を加工してマンホールや扉、大きいものだと煙突などを製造し、造船会社に納めています。いわば、完全なBtoBビジネス。一般消費者の目に留まるBtoCビジネスを手がけたことがなかったので、不安もありましたが、全く未知の世界だけに関心は高まり、挑戦してみようと思いました。
藤村:全くの異業種同士ですが、それぞれの専門分野はしっかりと任せて意見を聞き合い、進めることができました。完全に業界が異なるという点が逆にうまく協業できた理由かもしれません。
私達は、若手社員たちの発想力と技術力を高める想いで、金属を使ったデザイン性に優れた工芸品「島ノ技巧」というブランドを立ち上げました。「島ノ技巧」ブランド第1弾としてコロナ対策を意識し「ドアオープナー」を手掛け、今回第2弾として、キャンプブームでニーズが見込め私が焚き火が趣味なこともあり(笑)、火を綺麗に見せる「和柄焚き火台」を作ることにしたのです。
小林:同じものづくりをしている立場として、新しいものを生み出すために、「外の風」を入れる必要性は感じます。我々諏訪田製作所は100年近く、企画から製造まで自分たちだけでやっている会社なので、こうしたコラボレーションは簡単にできそうにありません。ですから、こうした異業種のコラボレーションは、お話を伺っていて羨ましく思いました。
京泉:こうした協業は初の試みでしたが、未知の分野のプロダクトを生み出したというだけでない効果もありました。自分たちが作ったプロダクトが消費者に届くというBtoCのビジネスを手掛けたことで、社員のモチベーションや会社に対するロイヤリティが上がったのです。
私たちだけでは当然できなかった試みですので、異業種とのコラボはこうした副次効果もあるんだなと実感しました。
──「和柄焚き火台」はプロジェクトスタート時にクラウドファンディングを行いました。最終的には目標金額の1182%に達したと聞いています。
藤村:おかげさまで予想以上の方に応援いただきました。ただ、金額もありがたいのですが、それと同等に大事だったのがサポーターのみなさんの意見です。
焚き火台を第2弾にすると決めたものの、どこまでニーズがあるのか、どんな要望があるのかは未知数で手探りでした。そんな中で、多くのみなさんの意見を聞くことができたのは非常に有意義でした。
実際、単純に火を見るのを楽しむだけでなく、「料理がしたい」という要望を受けて途中で仕様を変更し、スリットを入れました。そこに、オプションの五徳や鉄板を取り付けられるようにしたのです。
──和柄焚き火台は、企画から完成までどのくらいの期間を要しましたか。
藤村:約1年かかりました。和柄焚き火台のコンセプトは細部までこだわったデザインと持ち運びのしやすさ。あまり柄が細かすぎると火を入れた時に素材が曲がってしまう。かといって、曲がらないようにすれば素材が厚くなり重くなってしまう。
デザインが優れていて強度があり、でも重くない。この3つを同時に実現するバランスを決めるのが最も大変でした。結果的に3mmのステンレスを使うことにしましたが、それに至るまでの試行錯誤の時間は楽しくもあり、苦しみでもありました。
小林:機能性とデザインを上手に両立されていますね。相当の試行錯誤を重ねたと推測できます。私たちも、1つの商品につき200~300の試作品をつくります。スケッチの数はその10倍にもおよびます。この焚き火台がどれほどの試作を重ねたかはわかりませんが、機能性とデザインをこのコンパクトな筐体のなかで実現したのは、相当の苦労があったと思います。
京泉:焚き火をしたときの熱によってどの程度の歪みが出るかを、毎日燃やして試しました。先ほど話したように私たちのメインの仕事はBtoBで、主に扱うのは船舶で使われる艤装品。デザインにここまでこだわったことはありませんでした。正直に言って、企画した柄を現実にできるか、大きなチャレンジでしたが、それを支えてくれたのが高精度のファイバレーザ加工機でした。
ファイバレーザだから実現した焚き火台
──三菱電機のファイバレーザ加工機「GX-F」を使用したと聞いています。
京泉:他社に比べて技術力が高いことから、8年ほど前から三菱電機のレーザ加工機を使用していました。CO2レーザ加工機で何の問題もなく満足していたのですが、たまたま行った展示会でファイバレーザ加工機「GX-F」を目にし、リプレースの検討を始めたのです。
ファイバレーザ加工機はCO2に比べて初期コストは高いですが、ランニングコスト(電気代)が安く、加工速度も速い。それに、アルミや真鍮、銅などさまざまな金属を切るのに適しているし、細かい加工もしやすい。仕事の幅が広がると思ったので即決でした。現に造船所から新たな依頼が増えるなど、商機も拡大しました。
──三菱電機としては、このような形で「GX-F」が活用されてどう思いましたか。
片瀬:このような大型のレーザ加工機は、BtoBの用途で使われる部品づくりで使用されることが大半。BtoC向けプロダクトで活用いただけたという話を私は初めて聞きました。細かい加工は、ファイバレーザ加工機ならではの強みですので、それを生かしていただき、嬉しく思っています。
──三菱電機は、レーザ加工機分野で業界トップクラスのシェアを誇るメーカーですが、何が強みなのですか。
片瀬:三菱電機は、1979年に日本で最初のレーザ加工機を発売しました。電機メーカーとしてレーザ発振器を作り、その発振器を使うレーザ加工機を作るので、一般的な工作機械メーカーとは成り立ちが違い、ラインナップもレーザ加工機と放電加工機に特化しています。また、制御装置や加工ヘッドなどのキーパーツもすべて自社で手がけています。こうして40年間培ってきた製品と加工の技術が、三菱電機の強みだと考えています。
飯塚:こうした伝統だけでなく、最新技術を取り入れているのも弊社の強みです。たとえば、弊社はレーザ加工機として世界で初めてAIを搭載しました。
活用方法の一つの事例をお話しすると、加工不良が発生したことをAIが検知して、ノズルが欠けていないか、損傷がないかを自動的にチェックする機能があります。傷があればノズルを自動的に取り替えて、加工を続けます。加工不良が材料に起因するものなら、スピードを落として無理なく切れるようにして加工を継続。オペレータが張り付いていなくても、マシンダウンや材料ロスを極力減らすことが可能です。
弊社は総合電機メーカーとしてさまざまな事業がありますから、レーザ加工機以外で使われている技術を応用し、プロダクトに生かせることは競争力の一つです。
製造業、そして日本の未来のために貢献したい
──「島ノ技巧」の第3弾はどのようなものを計画していますか。
藤村:「非日常の世界をレーザ加工機で作る」というコンセプトは変えませんが、焚き火台のように特定の人に絞られるものではなくて、多くの人が使えるものを第3弾として作りたいと考えています。
京泉:私たちとしてはこの異色のコラボをさらに発展させたいと思います。企画や販売はスパイスの力を借りながら、私たちはものづくりの面でBtoBであってもBtoCであっても高品質なものをつくるという大前提を忘れずに貢献し、引き続きチャレンジしていきたいと思います。
小林:冒頭にも話しましたが、とても良いコラボレーションだと思います。長くやっていれば固定観念にとらわれてしまう、柔軟性を失うことがどうしてもある。それを我々も打破しようと意識しさまざまな領域に挑んでいますが、スパイスと京泉工業はコラボレーションというかたちで新しいチャレンジを行った。
労働人口の減少や成熟社会などものづくりを取り巻く環境は厳しいものがありますが、過去にとらわれないチャレンジをお互いにやっていきたいと思います。本日は大きな刺激を受けました。
(執筆:加藤学宏 撮影:森カズシゲ デザイン: 小谷玖実 取材・編集:木村剛士)
※所属部署・役職は2022年1月取材当時のものです。