特許は「競争」から「共創」のツールへ。
オープンイノベーションの新たな「出会いかた」
オープンイノベーションの必要性が叫ばれて久しいが、具体的に協業を推進しようとしても、意中の相手と巡り合うのは至難の業。そこで注目したいのが「特許」だ。
三菱電機は、総合電機メーカーとして培ってきた特許技術のうち、多くの企業が「使いたい」と思うものを積極的に提供し、オープンイノベーションの糸口にしようとしている。
特許を活用することは、オープンイノベーションの観点でどのように有効なのか。新規事業開発やオープンイノベーションに詳しい、きづきアーキテクト代表取締役の長島聡(ながしま さとし)氏と、三菱電機 執行役員 知的財産渉外部 部長の宍戸由達氏に話を聞いた。
INDEX
- 「自前主義」からの脱却を
- 共創の起点は自社の手札を整えることから
- 知的財産は「競争」から「共創」ツールへ
- 他社のテクノロジーを活用することの価値
「自前主義」からの脱却を
──製造業が抱える慢性的な課題を、どのように捉えていますか。
長島:新型コロナウイルスのまん延やデジタル化の波、マーケットの成熟化などの変化を背景に、既存の事業やビジネスモデルの枠を越えて、新しい価値の創出に動いている企業が増えている印象です。
屋台骨となる既存事業を維持することはとても大事ですが、それだけに固執していたら長期的な成長は見込めません。新しい価値創出のために、もう少しリソースを割り当ててもいいのではないかと思います。
また、リソースの割り当てだけでなく、その創出方法にも工夫が必要だと思っています。オープンイノベーションが数年前から活発ですが、まだまだ自社だけで完結しようとする動きが強い。強みを生かし、弱みを補完するためにはもっとオープンな目線と動きが大事だと思います。
宍戸:おっしゃる通りですね。新規事業の創出で大切なのは、社会や企業、消費者が抱える課題を捉え、それに的確に応えるソリューションを提供することだと思います。ただ、今の時代、社会課題が複雑化かつ多様化してきたことで、1社単独で解決策を生み出すことが難しくなってきた印象があります。
長島さんのご指摘の通り、日本企業は「自前主義」の傾向が非常に強く、共創の仕組みを持ちそれが機能している企業も稀有。複雑で多岐にわたる課題の解決に向けて、考え方を変える必要があると思います。それは三菱電機も同様だと思っています。
共創の起点は自社の手札を整えることから
──共創のためにオープンイノベーションを推進しようとする動きが活発ですが、その際に重要なことは何でしょうか。
長島:「自社の常識が通じない」ことを肝に銘じておくことでしょう。自社では普通に使う言葉や、背景と文脈を省いた会話では他者には通じないことを意識し、丁寧に話すことが必要です。
自分たちの常識を前提に話をしてしまうと、同業他社など似たようなことをしている企業にしか興味を持ってもらえず、持ってもらえたとしても発展的なパートナーにはなりにくいでしょう。
ですので、自社の技術の強みやノウハウを説明する時も、「◯◯というテクノロジーは××という課題解決のために生きる」ということを平易に説明すること。加えて、自社の技術を要素分解して、独自の軸をつくりマッピングして可視化するのも有効だと思います。
宍戸:技術のマップ作りは私もとても重要だと思っています。
私は特許や著作権に関する契約交渉や訴訟対応を主な業務とする知的財産渉外部で長く仕事をしています。
そんな中で感じていたのが、さまざまな保有技術を分野ごとに整理整頓し、その上で社会課題やニーズごとにマッピングしてみることで、初めて自分たちの持つ技術がどのくらいあるのか、何に役に立つのかがわかるということです。
そうすることで、技術が今までよりも理解しやすく使いやすくなる。使いやすくなると、今度はその技術を他社との協業に生かしてみようという能動的な発想になっていきました。
自社の知財を権利化して守り独占するという発想を逆転させ、知財を新しい技術や新しい事業を創出するためのツールにできないだろうか。会社にとっても社会にとっても貢献できる活動があるのではないか。そんな意識から生まれたのが「Open Technology Bank(オープンテクノロジーバンク)」というプロジェクトです。
知的財産は「競争」から「共創」ツールへ
──Open Technology Bank について、詳しく紹介してください。
宍戸:従前は他社の事業参入や模倣を防ぐために特許で壁を作って技術を独占し、これを侵害する他社には権利行使するといった、「競争」のための知財活用が主でした。
しかし、繰り返しになりますが、技術革新のスピードが速まるなか、外部環境の激変に柔軟に対応しつつ、複雑化・多様化する社会課題を解決するには、三菱電機1社単独だけでなく、パートナーと手を携えた「共創」のアプローチが必要です。
そこで、「知的財産を起点とした社内外連携の推進」に向け、2021年度から開始した活動がOpen Technology Bankです。
三菱電機は、家電から宇宙まで幅広い事業を手掛ける総合電機メーカーとして、さまざまなフィールドで豊富に技術資産を保有。積極的な知財活動の展開により特許保有・出願件数は国内外でトップクラスを誇る。
Open Technology Bankでは、特許やノウハウといった三菱電機の技術資産のライセンス提供を通じてパートナー企業(協業先)の新製品・サービスの開発を支援するほか、協議内容次第では三菱電機と共同で新規事業を創出する。特許=「技術の独占実施・権利行使」という考えではなく、「他社連携ツール」としても活用し、オープンイノベーションにより新たな価値とビジネスを創出していく。
宍戸:本当はさまざまな用途に活用できるのに、社内では一部用途でしか使われていない技術や、事業化されず眠ったままの技術がたくさん埋もれている場合もあります。それなら、関連する特許をインデックスとして開放して、協業促進の足掛かりにしようと考えたわけです。
Open Technology Bankでは、ミッシングパーツを探している企業の立場で「欲しい!」を見つけやすいように、三菱電機がライセンス提供可能な技術を分類して対応する課題やテーマごとの検索タグを付して公開しています。
その情報を手がかりに、「三菱電機のこの技術は当社の技術やプロダクトと相乗効果がありそう、新たな価値を生み出せそう」と想像してもらえればと思っています。
ライセンス提供可能な技術をWebサイトで紹介しているほか、官公庁が主催する各種知財ビジネスマッチングのイベントへの参画、WIPO GREEN(*)への参画などを通じて広く知ってもらえるような活動をしています。
また、より能動的な活動として、当社技術の活用可能性のある業界・企業を一定の仮説を立てて検討・抽出し、それら企業に当社からコンタクトする活動も行っています。
*【WIPO GREENとは】 世界知的所有権機関(WIPO)が運営するオンラインプラットフォーム。環境技術の保有者と利用者を結びつけることで、環境技術の普及とイノベーションを促進している。
Open Technology Bankで公開している技術の一例
──「社内外連携の推進」ということですが、社内ではどのような取り組みを進めているのでしょうか。
宍戸:当社グループは7万件におよぶ膨大な数の特許を保有していますが、これまで部門の垣根を越えた特許活用があまりできていませんでした。そこでOpen Technology Bank活動の一環として、部門を越えた連携が生まれる土壌作りとして情報共有、連携強化を私たちがリードしています。
保有特許を技術軸や社会課題軸で分類・可視化したマップを作成し社内向けに公開し、各部門がどの部門と連携すればいいかわかりやすく提示しています。
長島:組織の縦割りについては、効率的な組織運営を行う上で、どうしても存在してしまうものです。なので、こうした特許を“インデックス”として部門の垣根を越える進め方はいいですね。その一方で、技術を可視化、マッピングすると三菱電機のようなトータルで製品を持つ企業でも、実は足りていないものがあるのではないでしょうか。
宍戸:おっしゃる通りで、自社技術を整理して、三菱電機のミッシングパーツを把握し、我々に不足しているパーツを持っている企業があれば、自社開発にこだわることなく、それを積極的に使わせてもらう、こちらから協業を提案する動きも視野に入れて活動しています。
他社のテクノロジーを活用することの価値
──長島さんは、Open Technology Bankについてどのような感想を持ちましたか。
長島:特許の流通は自動車業界を中心に活発ですが、その多くが特許交換です。少し別の観点のお話ですが、もっと特許を「買い合う」ことを頻繁にやるべきではないでしょうか。
何を意味しているかというと、特許マーケットをもっと活性化させるということです。せっかく開発した貴重な技術を、事業防衛や他社協業だけに使うのはもったいない。
ビジネスとして、特許の対価として頻繁にお金が動く状態にしながら、必要に応じて協業の道具にしてもいいと思っています。大切なのは貴重な技術を有効活用するいくつもの方法を持つことかな、と。
そのためには、まずは特許を買いやすい形を作ってあげること。例えば、三菱電機の特許に事前にプライシングするのはどうでしょうか。
事前に特許の値段がわかれば、それ以上のコストを掛けて自社で開発するのは時間の無駄ですから、外から買うことにして、本当に自分たちが手がけるべきことに時間を使うようになる。特許をどんどん流通させれば、その売り買いが束になってGDPを押し上げ、権利者の利益につながるはずです。そんな取り組みになればいいかなと感じました。
また、別の意見ですが、Open Technology Bankはもうすでに「この技術はライセンスする意思があります」と公開しているのだから、早く本質的な議論を始められるのがいいですね。
協業を進めるにあたって、頻繁にあるのが「この会社、どこまで本気なんだろう。どこまで技術情報を公開してくれるんだろう」という不安と疑い。ともに最初は相手のスタンスが見えず腹の探り合いでスピードが遅いことがあるので、そうした無駄を排除できるのはいいですね。
──宍戸さん、Open Technology Bankは逆転の発想が生んだ三菱電機としてもユニークなプロジェクトですが、今後の計画を教えてください。
宍戸:いまOpen Technology Bankのウェブサイトで公開している技術は34件(2022年3月末時点)にとどまりますので、取り組みはまだまだです。理想としては、三菱電機が独占領域にする以外の部分を、すべてオープンにしていきたいと考えています。
そもそもの話で、特許を他社に開放することで自社の成長領域や競争優位性を脅かすのではないかという議論もあります。そういう側面は確かにあって、慎重にやらなければならないとは思っていますが、オープンにすることで市場が活性化するなどメリットもあると思っています。
自社の競争力を維持しながらも、三菱電機が培った技術を提供することによって協業が生まれ新たな価値が創出されたり、他社のビジネスに良い効果をもたらしたり、それが間接的にでも社会課題の解決に貢献できるものならば、さらに広めていきたい。そう思っています。