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【用途拡大】赤外線センサの面白い使い道を考えてみた

【用途拡大】赤外線センサの面白い使い道を考えてみた/赤外線センサ秘めるポテンシャル

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自動ドアなどの人感センサでおなじみの赤外線センサ。その用途が大きく広がる可能性を秘めた、画期的な製品を三菱電機が開発した。
製品名は「MelDIR(メルダー)」。高度な温度検出により比較的クリアに熱エネルギーを可視化しつつ、これまでの常識を覆す価格帯であることが特長だ。
赤外線センサは、高性能品は数万円台、高価なものだと100万円を超えることもある。その一方で、人感センサのような安価な製品は、低性能ゆえに活用シーンは比較的限られていた。
だが、数千円~1万円以下の「MelDIR」は性能の高さと手頃な価格を両立することから、従来の赤外線センサのイメージを覆す使い方が期待されており、三菱電機も新たな用途のアイデアを募っている。
そこで、三菱電機赤外線センサデバイスプロジェクトグループの太田彰氏と、自身の研究で赤外線センサを活用しているというボディシェアリング(※)の第一人者・玉城絵美氏に、赤外線センサが可能にするかもしれない理想の未来について夢を膨らませてもらった。

※アバターやロボットなどを通じて“身体感覚”を共有する技術

三菱電機の赤外線センサ「MelDIR」デモキットの写真

三菱電機の赤外線センサ「MelDIR」デモキット

INDEX

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  • 既存モデルの「いいとこ取り」をした
  • インパクト大! 性能と価格のバランス
  • こんな用途も!? アイデアを発散
三菱電機 太田 彰 琉球大学工学部教授H2L, inc. CEO 玉城絵美

既存モデルの「いいとこ取り」をした

──そもそも赤外線センサとはどのような技術なのでしょうか。

太田:私たちが目で捉えることができない光を可視化する技術です。
普段私たちが認識できる光を「可視光」と呼んでいます。「MelDIR」はその外側にある光である遠赤外線を検知します。

太田 彰 三菱電機株式会社 高周波光デバイス製作所 赤外線センサデバイス プロジェクトグループ マネージャー 工学博士

1988年大阪府立大学(現大阪公立大学)工学部電気工学科卒業。1991年同大学大学院工学研究科電気工学専攻博士前期課程修了、2001年同博士後期課程修了。
1991年三菱電機株式会社に入社し携帯電話、衛星通信用等の高周波デバイスの研究、製品開発に従事。2018年より同社高周波光デバイス製作所の赤外線センサデバイスプロジェクトグループマネージャ

赤外線センサは、物体が放出する赤外線のエネルギーを電気信号に変換するものです。
非接触で計測できるのが一つの特長で、特にコロナ禍での体表面温度の測定に一役買いました。
ほかにも①暗いところでも感知できる、②外乱光の影響を受けにくいため逆光などにも強い、③散乱の影響も受けにくいことから煙が充満している空間でも赤外線センサを通してみれば物体の形を捉えることができる、といった特長もあります。

太陽光線の区分、赤外線センサの特長の説明図

──赤外線センサの中でも、「MelDIR」はどの点において優れているのでしょう?

太田:赤外線センサには主に4つの種類があります。
各々に特長がありますが、サーマルダイオード方式と呼ばれる種類の「MelDIR」は、わかりやすく言えば、それぞれの“いいとこ取り”をした赤外線センサです。
価格も性能も「ちょうどいい塩梅な」赤外線センサとお考えいただいても良いかもしれません。
こちらの図をご覧ください。例に漏れず、赤外線センサも性能と価格が比例します。
右上のボロメーターは、空港で体表面温度を検知する機械などに使われており、単体で数万円を超える非常に高価なものです。
ただ、その価格帯のセンサは一般の方には手が出ません。

赤外線センサの画素数の説明図

他方「MelDIR」は比較的低価格で提供することをコンセプトに開発された製品です。手頃な価格ながら、性能も良い。
画素数で言えば、16×16から80×60の間で、映っている人が誰かは見分けられます。
温度も0.1度程度まで識別できるので、人の体表面温度を測るのに十分な機能も備えています。

赤外線センサの熱画像比較の説明図

──安価なのに性能も良い。どのようにしてそれを実現したのでしょうか。

太田:一つは、当社製の人工衛星にも搭載されている先端のセンサ技術を転用していること。
その技術によって詳細な熱画像が取得でき、人か物かの識別や、人が歩く・走る・手を挙げるなどの行動把握もできます。
もう一つは、当社の長年の半導体事業で培った技術を活用し、比較的安価にセンサを製品化できたことです。
これらの取り組みには、当社が持つオンリーワン技術である“サーマルダイオード方式”の特長を存分に活かしています。
さらに加えると、「MelDIR」は半導体チップと同程度のサイズのパッケージを実現する技術を用いて小型化、つまりユーザー製品の省スペース化も実現しています。
安く、性能も良く、場所も取らないことから、一般家庭向けの製品への応用の可能性がぐんと高まったのではないかと思います。

太田 彰さんの写真

インパクト大! 性能と価格のバランス

用途が大きく広がる可能性を秘めている赤外線センサ「MelDIR」。
その特長を説明してもらったのち、「MelDIR」で可視化された赤外線の画面を見せてもらった。

玉城 絵美さんの写真

MelDIRのデモ機の前で手をかざす玉城氏

MelDIRのデモ機の写真

MelDIRのデモ機。接続されたPCやモニターに赤外線によって可視化された温度分布が表示される。画像のモニターには、中央とその左に人物の姿が、中央の人物の上部に撮影用のライトが黄や緑の色で示され、その存在を確認できる

玉城:すごい、こんな精度で見られるのですね。温度の違いで眼鏡をかけているかとか、ある程度服のしわまで判別できますね。
これ、どのくらいの範囲のものまで見られるのでしょうか。

太田:画角は90度程度となっていますね。距離はセンサから50センチ~5メートルぐらいまでは人の形までしっかり見えます。

玉城:自宅のリビングなど住居環境での使用を想定されているのでしょうか。

太田:そうですね。当社のルームエアコン「霧ヶ峰ムーブアイmirA.I.+(ミライプラス)」に搭載していますが、部屋の温度を検知して、気温の高い場所に優先的に冷たい風を送るなどといったことができます。
人の動きを検知できるので、例えば一人暮らしの高齢者の方がリビングの中で1日にどれくらいの距離を動いているか、といったこともわかります。
そのデータを健康管理に活かすことも可能かなと思います。

──玉城さんの研究では赤外線センサはご利用されているのですか?

玉城:はい。筋変位といって、筋肉の膨らみ具合を測定するのに使っています。
筋肉は力を入れると膨らむので、その膨らみ具合で「いまこの程度の重さの物を持っている」ことがわかる、という仕組みです。

玉城 絵美 琉球大学工学部教授/H2L, Inc. CEO

1984年沖縄生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程、東京大学大学院学際情報学府博士課程を修了(総長賞受賞)し、ヒューマンコンピュータインタラクションを研究。2011年ヒトの手の動きを電気刺激で制御する「ポゼストハンド」を発表し、同年米TIME誌の「世界の発明50」に選出される。米ディズニー・リサーチ社インターン、早稲田大学理工学術院准教授などを経て、2021年より琉球大学工学部教授

構造は「MelDIR」と大きく異なりますが、赤外線センサは日々利用していますし、いちユーザーとして相場観は理解しているつもりです。
いま見た感じ、「MelDIR」は仮に1万円台だとしても安いと思えるクオリティ。これだけ高感度のサーマルダイオードが数千円台ということに軽く衝撃を受けました。
大きなブラウン管のテレビの時代に、薄型液晶テレビが突如登場したようなインパクトです。

太田:ありがとうございます。我々としてもそのくらいの衝撃を提供できると嬉しいです。
弊社からハードやソフトウェアなどをキット(設定)にして提供しており、組み立ても10分あればできてしまいます。
実際使ってみていただいて、実現可能性などを素早く判断していただく材料になればと考えています。

こんな用途も!? アイデアを発散

玉城:太田さんのお話をうかがって改めて感じましたが、AIに赤外線センサを組み合わせると面白い使い方が生まれそうですよね。
人間の身体情報を取得できるAIのインタフェースは、現在はマイクやカメラが主流です。
そこに赤外線センサで数値化される「温度」が加わると、身体情報がより立体化していく。
そのデータにより、これまで以上に人間の行動分析が精緻になり、最適なライフスタイルの提案へとつながっていく気がします。

玉城 絵美さんの写真

太田:例えばどんなことでしょうか。

玉城:ジャストアイデアですが、ジムに設置するのはどうですか。
ジムではトレーニングデータを自ら入力することが多いと思います。赤外線センサとAIを活用して、完全にそれを自動化する。
運動シーンを赤外線センサが捉え、ジムを出るときにはトレーニングメニューはもちろん、消費カロリー、筋肉への負荷などもデータ化され、それを健康管理に活かしていく。

太田:なるほど。心拍数と体表面の温度のデータを一緒に取ることで、トレーニング時に身体からどんな反応があったのかを引き出し、どれほど筋肉が付いたかなどトレーニングの成果を可視化することができるかもしれませんね。

ランニングマシーンで運動する人の写真

──フィットネスジムのような企業だけでなく、個人が生活や仕事に活かす道はあると思いますか?

玉城:それで言うと、私、実は毎日の食事のメニューをAIに作ってもらっています。
理想の体型、欲しい筋力、料理の時間は30分以内といった条件をAIに伝えると、メニューを出してくるわけです。
たいていヨーグルトとバナナとハチミツみたいな、味気ない組み合わせになってしまうのですが(笑)。
これは現在のジムと同じ構造で、私の方からAIとコミュニケーションを取ることで、ようやくAIはメニューをアウトプットできる。
ただ、赤外線センサを組み合わせれば、センサが自宅での人間の行動を捉え、そのデータからAIが自らメニューを考えられるようになるかもしれません。

──最適なライフスタイルを提案してくれるツールになり得る、と。

玉城:そういうシステムを組めばの話ですが。いずれにせよ、居住者の行動分析が可能になるってかなり大きなことですよ。
ワークライフバランスをチェックして、健康を維持できるような時間の使い方を提案してくれたり、現在、10年後、20年後に最適な生活スタイルを教えてくれたり。
夫婦であれば、個々の家事の負荷も見えてきて、家事の押し付け合いがなくなるかもしれません(笑)。

玉城 絵美さんの写真

太田:赤外線センサが身体情報を自動で数値化し、AIに教え込む「端末」として有効というのは、おっしゃる通りですね。
そこから精緻な行動分析に結びつけられるよう、いかにAIを学習させるか。
我々が他人を見て「今日は疲れてるのだな」とわかるのは、疲れた表情をたくさん見てきた経験があるからです。
AIに赤外線の顔の画像を大量に学習させて、その判断がつくようにする。学習のやり方次第では、AIは感情もわかるようになるかもしれません。
緊張すると体温が上がるように感情の変化と体温は連動していると考えられます。
AIの学習が進めば、赤外線センサのデータを活用した感情分析も可能になり、AIがその時々の感情に合わせたサジェスチョンをできるようになるかもしれない。
そんなふうに進化していくと面白いと思います。

太田 彰さんの写真

──用途のアイデアは様々出ましたが、その実現のカギはどこにあると思いますか。

玉城:一つは価格ですよね。スマートスピーカーは価格が下がって家庭に広がったと言われています。その点「MelDIR」は導入しやすい価格帯だと思います。

太田:多様な協業先にアプローチすることも必要ですよね。
「MelDIR」が大企業で採用され、それを搭載した製品が商品化されれば、かなり多くの方に届きます。が、そこに至るまでには相応のステップを踏む必要が出てきます。
対してスタートアップ企業は、アイデアが面白ければ、比較的すぐに動いてもらえる。届く人の数は限られますが、商品化のスピード感が全然違います。
また、大企業もスタートアップも企業なので、利益が出ないと動きづらいのは一緒です。その点、大学は5年後、10年後というロングスパンで新たな価値を追求することが可能です。

太田 彰さんと玉城 絵美さんの写真

それぞれの特性を考慮しながら、多角的なアプローチで赤外線センサの価値を訴えていくことが、世に広がるきっかけとなるでしょう。
その第一歩は、多くの企業や大学の方に赤外線センサに触れていただく機会を増やすこと。
「MelDIR」はデモキットやサポート体制の準備に万全を期していますので、ぜひお気軽に声をかけていただきたいですね。

(執筆:小祝雪 撮影:小島マサヒロ デザイン:吉山理沙 編集:下元陽)

※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2023年10月)時点のものです。

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