鉄道の明るい未来をどう創る?
進化を遂げる交通ソリューション
11月8日、幕張メッセの2階エントランスから見下ろした国際展示場展示ホールは、スーツ姿の会社員や家族連れ、鉄道愛好者などさまざまな人たちでごった返していた。
開催されていたのは、国内唯一の鉄道技術に関する総合展示会「第8回鉄道技術展2023」。
鉄道運行・保安システム、設備建設、IoT利用の旅客サービスシステムなど、展示ホールには最新技術を紹介するブースが立ち並んでいた。
事業者向けの展示がメインだが、通路は来場者と体が接触せずには歩けないほどの賑わい。
熱気のこもった会場の中で多くの観衆を集めた三菱電機の展示物をリポートする。
INDEX
- 社会課題の渦が押し寄せる鉄道産業
- 三菱電機が目指すDXとGX
- 鉄道事業の省力化・効率化を実現するLMS
- LMSの最終形は鉄道のサステナビリティ
- 新規ビジネス創出の萌芽
- 鉄道の未来はどう変貌するのか?
社会課題の渦が押し寄せる鉄道産業
主催者の発表によれば、今年の鉄道技術展は3日間で約3万5000人の来場者を記録したという。ここまで鉄道技術に注目が集まるのはなぜだろうか?
一般生活者にとって空気のごとく当たり前に存在している鉄道だが、それを取り巻く環境には、大きな変化の波が押し寄せている。
大きな変化の筆頭は「少子高齢化」と「生産年齢人口の減少」。
これらは沿線人口や鉄道利用者の減少と鉄道労働力の不足をもたらす。これに対して、鉄道事業者は危機感を感じて長期的に取組みを進めてきた。そこに、2020年初からコロナ禍が襲い、この取り組みを一気に加速させた。
移動制限により、安定経営を続けてきた大手鉄道事業者各社でも著しく業績が悪化し、コスト削減と経営効率化が喫緊の課題となった。
直近では旅行需要は回復しているものの、コロナ禍が促進したオンライン・リモートカルチャーにより、通勤や出張などの鉄道利用者は減少し、コロナ禍以前の水準には戻らないとの見立てもある。
これらは鉄道事業者の収益低下につながり、一部では、鉄道経営の継続への影響も懸念されている。
他方で海外に目を向けると鉄道の新たな可能性も芽生えている。
欧州連合(EU)の政策決定機関・欧州委員会が最重視で進めている政策「欧州グリーンディール」では、2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロの達成に向け、自動車・航空機から鉄道へのモーダルシフトを掲げている。
短距離の航空機利用を禁止して鉄道利用を促すフランスをはじめ、欧州では貨物輸送、旅客輸送ともに環境負荷の少ない鉄道への転換を進めている。
2021年にはEU加盟国全体での鉄道利用促進を目指した「欧州鉄道年2021」を設定したほどだ。
また、東南アジアやインドなどの新興国では多くの都市で鉄道の新線建設や計画が進められており、交通渋滞や大気汚染などの都市問題の解消が期待されている。
さらに、昨今の世界的なエネルギー価格の高騰を受け、日本国内の鉄道事業者でも省エネルギー化の必要性が高まっている。
想定内・想定外の複数の課題解決に挑みつつ、旅客輸送業の効率化を実現しながら収益性向上を目指すために駅・沿線などを中心とした新たなマーケット創出も視野に入れなければならない。
これが、鉄道事業者が置かれた現状である。
三菱電機が目指すDXとGX
そうした視点で今回の鉄道技術展を見ていくなかで、ひときわ目立っていたのが三菱電機だ。
1921年に創立した同社は、同年に鉄道省大船変電所に変圧器を納入、1928年には国産電気機関車開発の一翼も担った鉄道車両・機器のパイオニアとして、その歴史的な蓄積と高度な技術を駆使して、前述した課題の解決策を提示してきた。
三菱電機は近年、鉄道車両用電気機器メーカーとして自社が保有するデータを統合・解析するデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)を推進している。
DXを通じて鉄道事業者を中心とするステークホルダーに新たな価値を提供するとともに、エネルギー問題の解決を目指すグリーン・トランスフォーメーション(以下、GX)の実現も目指している。
鉄道技術展のブースでは、以下の4つのコーナーを設け、各領域のソリューションや将来構想を解説していた。
- 自動運転(Autonomous Mobility Solution/以下、AMS)
- メンテナンス・アセットマネージメント(Lifecycle Management Solution/以下、LMS)
- 駅・旅客サービス(Seamless Multimodal Solution/以下、SMS)
- 環境・省エネルギー(Energy Management Solution/以下、EMS)
展示物の一例を挙げると、AMSでは運転室内に設置したカメラとAI解析技術を組み合わせ乗務員の健康状態や注意力が著しく低下した状態での運転を検知するシステム、SMSでは駅業務の計画から評価までを見える化し、データに基づく意思決定で駅業務のDXを支援する取り組み、EMSでは電力消費を低減する新設計のモータとインバーターで構成する推進システムなどが紹介されていた。
鉄道事業の省力化・効率化を実現するLMS
三菱電機の展示の中でもとりわけ目を引いたのが鉄道車両メンテナンスソリューション「鉄道LMS(Lifecycle Management Solution)on INFOPRISM(以下、LMS)」だ。
これは同社が提供するクラウド上のプラットフォーム「INFOPRISM(インフォプリズム)」のストレージに鉄道事業者と三菱電機が有するデータを蓄積し、その解析結果をもとに鉄道事業者の課題解決につながるサービスを提供していく、データ駆動型のソリューションである。
LMSで既にサービスインしているのが「車両メンテナンス効率化ソリューション」。
ICT技術を駆使して、車両や機器で日常的に生成されるデータをリアルタイムで収集・蓄積するものだ。
同社LMS担当者は、「走行中の車両位置、機器制御指令データ、機器ごとの異常発生アラート有無などさまざまな種類のデータを収集しており、その項目数は約1000件に及ぶ」と収集データの多様さを語る。
この仕組みによって、迅速な異常検知や緊急対応、安全運行を実現すると同時に、クラウドに蓄積されたデータの解析によって、車両・機器の定期検査項目関連の状況を把握し、故障の予兆も見える化する。
これらを通じて鉄道事業者のメンテナンス業務の省力化・効率化に貢献するという。
他にも、LMSの一環として現在開発が進んでいるものがある。車両・機器の故障発生時にフォーカスした「業務効率化ソリューション」だ。
車両や機器にトラブルが発生すると、鉄道事業者は三菱電機などの機器メーカーに連絡を入れる。
その第一報や故障実態の詳細な聴取、修理計画・完了報告などは、これまで電話やメールでやり取りされていた。
両社が独自の管理システムやデータを運用しているためだが、「ダウンタイムを1秒でも短縮するという観点に立つと、決して効率の良いコミュニケーション手法とは言えなかった」とLMS担当者は振り返る。
そこで三菱電機は、故障・修理の際に自社と鉄道事業者がデジタル上で一元的に情報・データを共有できる「保守情報管理システム “HOT-i(ホット-アイ)”」を考案した。
鉄道事業者が車載電気機器の故障状況を入力・報告すると、機器メーカー側はリアルタイムで通知を受け、同じデータ・情報を画面上で共有しながら対処の判断がシームレスに行える。より迅速な故障対応が可能になるわけだ。
しかも、これら故障・修理の履歴データもシステム上に蓄積されるため、今後の車載電気機器の保守点検計画立案も効率的になる。
現在はプロトタイプのシステムを特定の鉄道事業者で試行し、機能の評価・拡充が進行中だという。
LMSの最終形は鉄道のサステナビリティ
これらのソリューションを基軸に三菱電機はLMSの次なるステップとして、主に「鉄道向けアセットマネージメント」と「電力の見える化」の取組みを進めている。
「鉄道向けアセットマネージメント」は、データ解析によって車両や機器の損耗・劣化状況を見える化し、それらの適切な更新時期を導き出すのである。
「従来、車両・機器の更新時期は、個別の損耗・劣化状況を問わず、一般的な耐用年数や一斉点検の結果などをもとに定性的に判断する傾向があった。これが、機器の個別の状態を捉えたデータをもとに定量的に判断する体制に変われば、車両・機器への投資判断の最適化が可能になり、経営効率化に貢献できる」とLMS担当者は説明する。
もう一つの「電力の見える化」は、電車のブレーキを作動させたときに発生する「回生電力」のより正確な把握を目指すものだ。
鉄道事業者は通常、回生電力を走行中の他の電車で有効利用し、省エネルギーに努めている。だが、回生電力の発生・消費は時間や場所に大きく左右され、有効活用しきれない局面もある。
この課題に対し、「車両メンテナンス効率化ソリューション」で蓄積したデータをもとに車両別あるいは路線全体における電力消費や回生電力の発生傾向などを解析し、電力消費の効率化に一役買おうというのが、「電力の見える化」の構想である。
ここで改めて鉄道事業者が抱える課題とLMSとの関連を整理してみたい。
鉄道事業者は現在、少子高齢化、生産年齢人口の減少、オンライン・リモートカルチャーの進展などが招く鉄道利用者の減少と労働力不足に直面し、経営のスリム化を求められている。コロナ禍がこの動きを加速させている。
それに加え、カーボンニュートラルの実現や環境負荷軽減を目指すGXの実現にも向き合わなければならない。
それらの課題に対し、「車両メンテナンス効率化ソリューション」「業務効率化ソリューション」「アセットマネージメント」は経費・業務負荷削減の効果が期待できる。
また、温室効果ガス削減や燃料費高騰といった課題には、「電力の見える化」から期待される省エネルギー化と経費削減が解決の一助を担う。
つまりLMSは、鉄道事業者のサステナビリティ経営の向上を支えるものと言える。
新規ビジネス創出の萌芽
三菱電機は鉄道事業者向けにBtoBソリューションを提供するが、その中にはエンドユーザーが利用するサービスもある。
最新の事例として、展示会場には同社が今年10月に発表した、列車と乗客をつなぐ情報提供プラットフォーム「Train Connect(トレインコネクト)」が紹介されていた。
仕組みは次のとおりだ。
まずは電車に搭載されている列車統合管理装置から、列車の行先、現在の走行位置などの情報を、車両内に設置したビーコン装置に送る。
そこからBluetooth®通信で乗客のスマートフォンやタブレットにそれらの情報を発信する。
特長は列車の運行に合わせて発信する情報がリアルタイムに変わっていくこと。乗車位置(号車)も検知可能だ。
この仕組みを使うと、電車内でよく見かける現在地や次の駅を案内するトレインビジョンをスマートフォン上で再現することもできる。
様々な鉄道車両用電気機器の開発・製造を手がける三菱電機は業界内で大きなプレゼンスを有する強みを生かし、鉄道事業者やアプリベンダーにビーコン装置とトレインコネクト対応アプリ開発キットを提供する。
鉄道事業者などが開発キットを利用してアプリを製作し、乗客がアプリをインストールすれば、デバイスでのペアリング操作などをせずともビーコン装置からの情報を受け取れるようになる。
鉄道の未来はどう変貌するのか?
ここまで鉄道技術展の出展物から、三菱電機が鉄道産業にどのような価値を提供しようとしているかを概観してきた。
同社の鉄道事業は従来、製品の販売・納入によるフロー型ビジネスを主軸としてきたが、現在は循環型デジタルエンジニアリング企業として、データ活用を通じて鉄道事業者の経営課題の解決を実現するソリューションビジネスへと舵を切っている。その中心となるのがLMSだ。
三菱電機は、経営効率化や環境負荷軽減にとどまらず、鉄道・駅の魅力向上やまちづくりへの貢献も見据えている。
一例を挙げると、輸送サービスの需要の変化に伴い、近年、鉄道事業者は非輸送領域での価値創出を模索している。
沿線の生活サービスを向上させるまちづくりだったり、地域振興の場として駅を再定義することだったり、そのアプローチはさまざまだ。
それらの構想の実現には多様なステークホルダーとの共創が不可欠であり、三菱電機はLMSの取り組みをはじめとした共創の枠組み作りに貢献していき、自ら主導していく。
今回紹介した各種のソリューションは、この大きな枠組みを作り出すための入り口的な位置づけと言えるだろう。
三菱電機が描く将来像には筆者個人も興味が湧いている。
私事で恐縮だが、筆者の実家は地方の鉄道駅前にあり、幼少期は鉄道官舎、駅に発着するバス、通勤・通学客の賑わいの中で育った。
半世紀を経た今、鉄道官舎もバスもなくなり、帰省時に見る通勤・通学客も以前と比べ、明らかに少ない。
これらを象徴するかのように駅舎内の売店も数年前に閉店した。
当時の賑わいが戻ることはないだろうが、三菱電機が描くデジタル共創が広がった先に、私の地元にどんな光景が広がることになるのか、見てみたい。
同じような気持ちを抱えている人は他にもたくさんいるだろう。
<商標について> Bluetooth®のワードマークおよびロゴは、Bluetooth SIG, Inc.が所有する登録商標であり、 三菱電機はこれらのマークをライセンスに基づき使用しています。
その他の商標およびトレードネームは、それぞれの所有者に帰属します。
(執筆:村上和巳 撮影:小島マサヒロ デザイン:吉山理沙 編集:下元陽)
※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2023年10月)時点のものです。
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