【脱炭素】世界のエネルギーロスを抑える
「パワー半導体」がスゴい
命の危険が生じる暑さに、誰もが地球の危機を感じている。脱炭素、まったなし。温室効果ガス「実質ゼロ」に向けた技術革新が進む中、電力制御を行う「パワー半導体」が注目を集めている。
「世界の消費電力の約半分はモーター由来。エネルギーロスを大きく抑える最新のパワー半導体が普及すれば、社会のあらゆる場所で使われているモーターの省エネが加速し、発電に伴うCO2排出の大幅削減につながります」と三菱電機の岩上徹氏は説明する。
こうした脱炭素アクションを多くの企業が進めているが、消費者も意識改革に取り組むことが不可欠だろう。
我々がいま知るべき脱炭素の鍵について、「日本一脱炭素に詳しい女性キャスター」として知られる千種ゆり子氏と三菱電機の岩上徹氏が語り合った。
INDEX
- 消費者の意識と行動に生じるギャップ、なぜ?
- EVに欠かせない「パワー半導体」
- 「パワー半導体」はリープフロッグになる
消費者の意識と行動に生じるギャップ、なぜ?
千種 私が「脱炭素キャスター」として活動する中で常に心がけているのは、「地球温暖化の入口から出口までを説明すること」です。
たとえば、今日のような猛暑日(取材当日の福岡での最高気温36.3℃)を例に挙げると、この異常な暑さと温暖化の関係、さらには温室効果ガスの影響について説明します。
そして、この暑さを少しでも緩和するために、一人ひとりができる具体的な行動があることを伝えるようにしています。
消費者の環境問題への意識は着実に高まっています。
内閣府の「気候変動に関する世論調査(令和5年7月調査)」によると、89%もの人が「気候変動問題に関心を持っている」と回答しています。
しかし、意識と行動には大きな乖離があります。地球温暖化対策に取り組む企業の商品やサービス、いわゆる「クライメート・フレンドリー」な商品を積極的に選びたいと考えている消費者は、わずか3割未満にとどまっているのが実情です。
岩上 消費者の意識と行動に乖離が生じるのはなぜでしょうか?
千種 理由は様々ありますが、主因は「コスト」と「情報不足」と考えます。
環境配慮型商品は往々にして高価格であり、購入のハードルが高い。それと同時に、どの商品が実際に温室効果ガス排出削減に貢献しているのか、明確な情報も不足しています。
岩上 確かに温暖化と温室効果ガスの関係は広く認知されていますが、その排出源となると、多くの人が説明に窮するかもしれません。
具体的にどの商品からどれだけの温室効果ガスが排出されているか。それを知らないことが消費者の適切な行動選択を妨げているように思います。
千種 政府や企業も消費者に向けて情報発信を行っていますが、その内容は近年温室効果ガスを減らすための「解決策」に偏っているように感じます。
しかし、温室効果ガスを減らす必要がある「前提」や「背景」を伝えることも同様に重要です。
脱炭素を進めるための「解決策」と「背景」。この両輪をしっかりと理解してこそ、消費者は腹落ちし、行動に移せるのではないでしょうか。
このため私は、地球温暖化の入口(背景)と出口(解決策)を全て伝えられるように幅広い知識を身につけるようにしています。
岩上 同感です。私たちも脱炭素ソリューションを提供するだけでなく、その背景や重要性を広く伝える機会を設けています。
たとえば、福岡県とキッザニア福岡*が実施する中高生向けフィールドワークに参画し、弊社パワーデバイス製作所でモーターの仕組みとパワー半導体の必要性を体験的に学んでもらっています。
*世界中で展開されている子供向けの職業体験型テーマパーク。日本には東京、甲子園、福岡の3カ所にある
昨今は就職を希望する高専生や大学生の間でも脱炭素への意識が高まっているのを実感します。こうした若い世代への啓発が、一般消費者の理解につながっていくことを期待しています。
千種 素晴らしい取り組みですね。そういう経験が具体的な行動を生み出すきっかけになると思います。
一般生活者ができる行動・選択で、最も温室効果ガスの削減量が多いのは、家庭でのエネルギーに関する選択。具体的には「再生可能エネルギーの使用」「太陽光パネルの設置」「EV(電気自動車)の利用」の3つが上位です。
中でも現状、私が最も有効な脱炭素アクションと考えているのがEVの導入。
充電インフラの整備など課題はありますが、走行時だけでなく、製造から廃棄までのライフサイクル全体でみても、ガソリン車やディーゼル車に比べて、EVは温室効果ガス排出量が少ない。
さらに蓄電池としても機能するなど、高度な環境貢献が期待できます。
ただし、いくら環境に良くても、自動車レベルの高額な買い物はコストもかかりますし、一生に一度の大きな決断という人が多いと思います。
そこで私が重要だと思っているのが、毎日の消費行動において、脱炭素の視点で商品を選べる環境を整えること。
食品や生活用品などの毎日の買い物の場面で、脱炭素製品・クライメートフレンドリーな商品を身近に感じていただくことで、将来的な一生に一度の大きな消費行動であるEVや太陽光パネルが選択肢に入ってくるのではないでしょうか。
EVに欠かせない「パワー半導体」
岩上 千種さんがお話しになったような「日々の小さな選択の機会」は、私たちの身近なところにたくさんありますよね。
たとえば、冷蔵庫やエアコン、洗濯機などの家電製品の選び方や使い方。パソコンや照明の省エネ設定なども、身近な脱炭素アクションの一つです。
私たち三菱電機は、こうした一般生活者に身近な家電に加え、モビリティや社会インフラ、産業機械など、社会のあらゆる領域で使われるパワー半導体を開発し製造しています。
このパワー半導体は、電気領域での省エネ、ひいては脱炭素に大きく貢献できるキーデバイスなのです。
千種 それこそEVにもパワー半導体が必要不可欠と聞きました。半導体には色々な種類があると思いますが、パワー半導体はどんな特徴を持っているのでしょうか?
岩上 半導体の世界は、大きく「デジタル」と「アナログ」に分かれます。
デジタル半導体の代表格であるロジックやメモリは、PCやスマートフォンの頭脳として0と1の信号を高速で処理します。
一方、アナログ半導体は現実世界の連続的な信号を扱います。音や光、温度を感知するセンサーなどもこの範疇です。
我々が注力するパワー半導体もアナログ半導体の一種で「電力制御」に特化したデバイスです。
高電圧、大電流に耐える特性を持ち、モーターを使用するあらゆる機器に不可欠です。
千種 なるほど。EVはバッテリーとモーターで動くので、パワー半導体が必要なのですね。
岩上 その通りです。このパワー半導体は、ある課題を抱えていました。電力の制御過程で避けられないエネルギーロスが生じ、それが余分な電力消費を引き起こすのです。
日本の現状では、発電の多くが化石燃料に依存しています。そのため、この余分な電力消費が直接的に温室効果ガスの排出増加につながってしまうのです。
しかし、ここにこそパワー半導体進化の意義があります。
効率を向上させることで、大幅な省エネが可能になり、脱炭素社会の実現に大きく貢献できるからです。
実は、世界の電力消費量の40~50%がモーターによるものと言われています。そして、社会のあらゆる場所で使用されているモーターには、多くの場合、パワー半導体が組み込まれています。
つまり、パワー半導体の効率向上は、社会全体のエネルギー消費に大きな影響を与えるのです。
千種 モーターによる消費電力の多さには驚きました。これは脱炭素実現への大きな可能性を示唆していますね。
岩上 そのポテンシャルを最大限に引き出すのが、次世代技術として業界全体で注目されている「SiC(シリコンカーバイド)パワー半導体」です。
千種 SiC(エスアイシー)、ですか?
岩上 SiCは「シリコン(Si)」と「炭素(C)」で構成される革新的な素材です。
これを用いたパワー半導体は従来のシリコン製と比べて格段に優れた特性を持っています。大電流や高電圧下でのエネルギーロスが少なく、高温環境下でも高い耐久性を備えているのです。
我々三菱電機は1990年代初頭からこの技術開発に取り組んでおり、SiCパワー半導体によって効率を大幅に向上させることに成功しました。
千種 なぜ、SiCだとエネルギーロスが減らせるのでしょう?
岩上 SiCパワー半導体の革新性は、その素材特性にあります。
従来のシリコン製パワー半導体は、高電圧に耐えるため一定の厚みが必要でした。しかし、SiC素材は高い耐電圧性を持つため、より薄く作ることができます。
この薄型化により、半導体内部の電気抵抗が減少し、発熱量が大幅に低下します。
結果として、エネルギーロスを従来デバイスより劇的に抑えることができるのです。
この特性は特に高電圧を扱うEVで効果を発揮します。実際、テスラがSiCパワー半導体を採用したことで業界に大きな影響を与えました。
EV普及とともに、当社技術の重要性はますます高まっていくと考えます。
千種 EVが普及すれば当然様々な企業がSiCパワー半導体の製造に参入してきますよね。三菱電機の競争力はどこにあるのでしょうか?
岩上 実際、基本的な製造装置があれば、SiCパワー半導体は他の企業でも作れます。しかし、高品質な製品の製造には長年の経験と高度なノウハウが不可欠です。
三菱電機には1958年から、旧国鉄の電気機関車用に国産初**となるパワー半導体の製造を開始し、市場からのフィードバックを製品に反映させてきた歴史があります。
**1958年8月において(三菱電機調べ)
SiCパワー半導体の性能は不純物やイオンの添加量で大きく変わりますが、当社は緻密な調整ノウハウを蓄積し、絶え間ない実験と検証を重ねることで、高品質なSiCパワー半導体の製造を実現しています。
千種 まるで料理のようですね。優れた素材選びやその組み合わせ、調理の方法に秘伝のレシピがある。長年の経験で培ったノウハウの蓄積が、まさに先行者利益につながるのだなと感じました。
「パワー半導体」はリープフロッグになる
岩上 私たちはこのパワー半導体を核に、日本のエネルギー問題の解決を目指しています。
現在、日本のエネルギー自給率は12%程度。大部分を輸入に頼っている状況です。これを変え、エネルギー安全保障を確立し、同時に脱炭素化を進めることが我々の目標です。
具体的には、太陽光発電や洋上風力発電でクリーンな電力を生成し、高電圧直流送電で効率よく運びます。大規模蓄電や水素化でエネルギーを貯蔵し、安定供給を図ります。この電力を工場のFA機器から家庭の空調、EVまで、あらゆる場面で活用します。
最終的には、エネルギー自給率を100%に近づけ、さらには余剰電力を輸出できる社会の実現を目指しています。
三菱電機の役割は、この未来像の実現に向けて先進技術のパワー半導体を提供することです。
さらに、世界全体の脱炭素化推進のために、SiCパワー半導体をこれまで以上に海外に普及させることも目指しています。
千種 壮大なビジョンですね。
特に新興国においては、従来型のエネルギーインフラを整備するのではなく、最初から再生可能エネルギーを中心とした持続可能なインフラを構築する「リープフロッグ***」が期待されていますが、SiCパワー半導体はそれを大いに後押しするように思います。
***途上国や新興国で新しいデジタル技術が一気に普及すること
岩上 おっしゃる通りで、アフリカや一部のアジア諸国など、パワー半導体が十分に普及していない国・地域がまだたくさんあります。
これらの地域に最新のパワー半導体技術を導入することで、一足飛びに高効率なエネルギーシステムを構築できる可能性があります。
我々はSiC パワー半導体をはじめとする次世代技術を世界に広めることで、グローバルな脱炭素化に貢献したいと考えています。
新興国が従来の技術を飛び越えて、最先端の省エネ技術を採用できれば、世界全体のカーボンニュートラル実現を大きく前進させられるでしょう。
日本のエネルギー問題の解決と、世界の脱炭素化に貢献することが、我々の使命だと考えています。
(構成:海達亮弥 撮影:黒羽政士 デザイン:田中貴美恵 編集:下元陽)
※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2024年9月)時点のものです。