スマートフォンの世界でもっぱら話題の「5G」。しかし5Gという技術革新は、スマートフォン以上に産業分野、特にものづくりの分野で大きなインパクトをもたらすと期待されている。5Gはものづくりをどう変えていくのか。最先端技術で未来のものづくりを推し進める三菱電機の取り組みから、製造業の来るべき未来を探った。
INDEX
- 無線で製造業はこう変わる
- 「複雑な環境でも十分使えることが分かった」
- 下地があるからできる「ものづくりへの5G適用の研究」
- コンベアのない生産ラインが実現する
- 本命は2022年春のリリース17?
無線で製造業はこう変わる
5G=5th Generation。つまり携帯電話の歴史上第5世代と位置付けられる5Gは、3つの大きな特徴があるとされる。その一つが「超高速」であり、データのダウンロードが格段に速くなることが、スマートフォンユーザの関心を引きつけている。
しかし機械を動かすことの多い産業分野で注目されているのは、他の二つの特徴だ。通信相手との時間差、いわゆる遅延を極限まで縮める「超低遅延」と、一つのアンテナにより多くの端末をつなぐことができる「多数同時接続」である。
日高:離れたところにある機械を制御するにはネットワークが必要です。しかし現状のネットワークには遅延が避けられません。有線ならば無視できるレベルですが、4GやWi-Fiといった従来の無線方式では遅延が大きく、リアルタイムでの制御が必要な場面には適応が難しいというのが業界の共通認識でした。しかし超低遅延の5Gならば使えると考えられるようになってきたのです。多数同時接続が可能なことも、狭いスペースでさまざまな機械を制御する産業分野で5Gが使えると考えられている理由です。
ただし携帯電話はあくまでも公衆のネットワーク。それを産業機械で使用すると、一般消費者の通信の影響を受けて制御が狂う恐れもある。それを回避する手段として産業界が注目しているのが、5Gの中で新たに制度化された「ローカル5G」だ。
「複雑な環境でも十分使えることが分かった」
日高:ローカル5Gは企業や自治体が自らの施設や土地に限って通信を提供するもので、いわば「自前」の5Gネットワークです。携帯電話会社が設置する基地局に寄らず、自前で通信したいエリアに最適化する形でアンテナを設置できます。一般の5Gネットワークから切り離した閉ざされた環境なので、他の場所で起きた通信障害の影響を受けることもありません。
日高さんの所属するビジネスイノベーション本部は、三菱電機としてのローカル5G活用を牽引する全社横断型の組織。これまで先行して研究してきた結果、いくつかの重要な要素が見えてきたという。
日高:一つは「機械などが複雑に入り組んだ環境でも十分に使える」ということです。いま社内で実証実験中のローカル5Gは、28GHz帯の周波数帯域を使っています。従来の携帯電話よりかなり高い帯域です。一般に電波は周波数が高いほど直進性が強くなり、物陰には届きにくくなります。しかし実験してみるとうまく反射して、隠れたところにも十分届くことが分かってきました。遅延も4Gに比べて5分の1にまで収まっており、最終的には1ミリ秒(1000分の1秒)にまで追い込めるのではないかと思っています。
先行して行ってきた実証実験を踏まえ、三菱電機は2021年度からローカル5G活用の取り組みを本格化させる。その具体的な取り組みの一つが「5Gオープンイノベーションラボ」の開設だ。三菱電機の情報技術総合研究所内に開設する同ラボでは、2020年末に新たに認可され屋外でも使用可能な4.8-4.9GHz帯を活用し、さまざまな活用法について実証実験を行う。オープンイノベーションラボという名前のとおり、社外の企業も巻き込みながら新しいサービスを作り上げていく。
下地があるからできる「ものづくりへの5G適用の研究」
5Gオープンイノベーションラボで研究する用途には、物流や建設、医療や教育などを想定しているという。
日高:例えば物流では、AGV(無人搬送機)の制御を5Gで行うことを考えています。今のAGVは周りの環境に応じて自律走行することも可能なのですが、システムが複雑で高価になってしまいます。しかし5Gを有効に使うことができれば、システムはラジコンのように簡単なものになり、安価になるでしょう。
建設ではクレーンの遠隔操作、医療では遠隔での診療や手術、教育では遠隔授業など、さまざまな事例がイメージされているが、実はラボ開設に先行する形で5G活用の研究を進めている用途がある。それは「ものづくり」の分野だ。
日高:三菱電機は、あらゆる機械やデバイスをデジタルでつないで、ものづくりの高度化を図る「e-F@ctory」のコンセプトを提唱しています。機械をつなぐという下地が既にできあがっているので、5Gによる具体的な成果を最初に出せるのは「ものづくり」の分野と考えているのです。
生産現場の機械を相互につなぐ有線やWi-Fiを5Gに置き換えた時に、どのような世界が生まれるのか。つなぐ「ものづくり」をe-F@ctoryで当然なものとした三菱電機は、その世界に一番近い存在として先鞭をつけようとしているのだ。
コンベアのない生産ラインが実現する
5Gで変わるものづくりはどのようなものだろうか。可能性として考えられる姿の一つが「コンベアのない生産ライン」だという。
杉山:複数の装置で加工して製品を作り上げる場合、装置を並べてその間をコンベアで橋渡しします。しかし、もしAGVが各装置と5Gで通信できるようになったら、コンベアを使わず、ロボットを載せたAGVで直接製品を運ぶことが可能になるでしょう。コンベアが不要なら装置を一直線に並べる必要はありません。固定的なレイアウトから開放され、自由度の高い工場が実現します。
有線でつないでいる限り、それぞれの装置は自由には動かせない。配置を変えようとすればケーブルを再度引き回さなくてはならず、場合によっては新規に配線用のダクトをつくるため、工事をする必要も出てくる。しかし5Gで無線化すれば、通信エリア内にある装置は自由に配置できる。そして通信エリアの設定は、自前でアンテナを立てられるローカル5Gならば自由自在だ。
杉山:装置間をAGVで運ぶ順番も、クラウドにある情報を踏まえてフレキシブルに変えることが可能になります。また、受注状況に応じて作る製品を変えていくなど、在庫削減も進むでしょう。使用する原材料やエネルギーなどの節約にもつながる「地球環境に配慮した工場」に発展するというわけです。
本命は2022年春のリリース17?
ものづくりの現場に大きな革新をもたらすことが期待できる5G。しかし、一気に無線化が進むわけでもなさそうだ。
杉山:今まで生産現場では無線がほとんど使われていなかったのですから、工場には無線に通じた専任技術者もいない場合がほとんどです。また5Gで超低遅延が実現したといっても、半導体製造装置のように極めて精密な動作が求められるような制御用途ではまだ不安が残ります。少なくとも当面は、有線と無線を使い分けることになるでしょう。
日高:実は5Gはまだ発展途上です。5G標準化において、現在は2020年6月に仕様が決まったリリース16が最新ですが、2022年3月には次のリリース17の策定が見込まれています。リリース17ではさらなる超低遅延化やIoTとの融合、さらに5GとTSN(Time-Sensitive Networking)の統合など 、産業分野向けの機能拡張が行われる予定です。産業分野での利用促進を図る三菱電機としては、そのリリース17に着目しています。
とはいえ、リリース17が登場する2022年を待ってから環境整備していたのでは遅い。毎年新機種が登場するスマホと違い、産業分野では機器の移行は10年以上をかけて進む。移行の途中で通信規格が変わるのは当然ありうることで、複数の規格を両にらみしながら移行していかなくてはならない。それは通信の前後に位置する制御機器についても同様だ。
杉山:有線と無線、その前後の制御機器、さらに「ものづくり」そのものも含め、その時代に応じてトータルで最適化する技術力・適応力が必要です。
三菱電機はFA分野で培った制御機器のノウハウと、これから本格化させる5Gの実証実験で得る知見を組み合わせることで、5Gの力を最大限に生かした次世代のものづくりを目指そうとしているのである。