鉄道業界では、列車の減速時に生み出される回生電力を有効活用して、さらなる低炭素化を目指そうという動きが活発になっている。そうしたニーズに応えるために、三菱電機は武蔵エナジーソリューションズと共同で、回生電力の貯蔵に最適な次世代蓄電モジュール「MHPB(Mitsubishi High Power Battery)」※の開発を進めている。両社それぞれで開発を主導する二人に話を聞いた。
CO2排出削減に向けて回生電力の活用が進む
鉄道はエネルギー効率の高い輸送手段として知られており、自動車や航空機と比べて単位輸送量あたりのCO2排出量は数分の一と小さく、環境のトップランナーとも言われている。
それでも社会全体としてカーボンニュートラルを実現するためにはさらなるCO2排出削減が必要だ。国も2023年5月にまとめた「鉄道分野のカーボンニュートラルが目指すべき姿」*の中で、鉄道関連のCO2排出量を2030年代に2013年度の半分以下(1,177万トン→540万トン)に削減する目標を示している。
*国土交通省:「鉄道分野のカーボンニュートラルが目指すべき姿」より(令和5年5月)
CO2の排出削減にはさまざまな手段がある中で、鉄道分野でもっとも代表的なのが「回生(かいせい)電力」の有効活用だろう。
吉田:通常、車両の走行に使用するモーターを減速時に発電機として利用して得た電力を「回生電力」と呼びます。運動エネルギーを熱として捨ててしまうのではなく電気エネルギーに変換し、架線を通じてほかの列車の加速に利用することで、路線としてトータルの電力消費を抑える方式です。
こう説明するのは、三菱電機に入社以来、鉄道車両のパワーエレクトロニクス機器や蓄電システムの開発に携わってきた車両制御システム部パワエレシステム開発課の吉田幸弘さんだ。
ただし、回生電力を利用する列車がほかにないと電力が無駄になったり架線電圧が高くなったりしてしまうことがあるため、車両や地上設備のバッテリーに回生電力を一時的に蓄え、平準化を行うなどの工夫が必要だ。
吉田:ディーゼルエンジンで走る気動車のハイブリッド化は、CO2排出削減に有効です。ディーゼルエンジンで発電機を回し、その電力を使ってモーターで車両を駆動することで、減速時のエネルギーを回収し、バッテリーに蓄えて加速に利用できます。また、停車中や低速走行時にはエンジンを停止できるため、CO2の排出をさらに削減することができます。
減速時にしか得られない回生電力を有効活用するには、バッテリーなどの蓄電デバイスに電力を一時的に蓄える必要がある。そのため、吉田さんは回生電力の貯蔵に適したバッテリーを2022年頃から探していたという。
吉田:エネルギーを十分に溜められて、瞬間的な充電や放電ができ、かつ、システムの小型化・軽量化を実現できるバッテリーを求めて20社ほどのさまざまな製品を調べました。しかし、なかなかいいものが見つかりませんでした。
「いいとこ取り」の新キャパシタが登場
そのような折、吉田さんが出会ったのが、武蔵エナジーソリューションズの開発部長の安東信雄さんだった。
安東:三菱電機にいる知人から、当社で開発しているハイブリッドスーパーキャパシタについて技術的な講演をしてくれないかと頼まれたのが、そもそものきっかけでした。
ハイブリッドスーパーキャパシタについては後述するが、蓄電デバイスの一種であり、電子回路に使われるコンデンサの超大容量版と考えればいいだろう。
吉田:武蔵エナジーソリューションズのハイブリッドスーパーキャパシタについては、一度検討したことがあったのですが、その当時は仕様がニーズを満たすほどではなかったため候補から外していました。ただせっかくの機会でしたので安東さんの講演を聴きに行ったところ、最後に「高エネルギー化を検討している」という一言があり、講演後に声を掛けたんです。
そのときの吉田さんの印象について、安東さんは次のように語る。
安東:とにかく熱い想いがみなぎっている感じがありました(笑)。ちょうど新しい材料が見つかって、エネルギーと出力のそれぞれを2倍に高められる見通しがついたときの講演でした。リチウムイオンバッテリーが主流の世の中で、当社が手掛ける従来のハイブリッドスーパーキャパシタはなかなか振り向いてもらえません。ですが吉田さんは、従来のハイブリッドスーパーキャパシタのエネルギーが2倍となるデバイスがあるなら使ってみたいと熱く語ってくれて、それであれば我々が持っている技術を全部注いで期待に応えないといけないと感じました。
ここで、武蔵エナジーソリューションズについて紹介しておこう。同社は世界に先駆けてハイブリッドスーパーキャパシタの量産を開始したパイオニアであり、2007年にJSRの子会社として設立。2020年に武蔵精密工業のグループ会社となった。
リチウムイオンバッテリーを含むバッテリーは化学反応を利用した蓄電デバイスだ。多くのエネルギーを貯蔵できる一方で、大きな電流を瞬間的に取り出すのは得意ではない。一方、キャパシタは物理反応を利用した蓄電デバイスで、貯蔵できるエネルギーは小さいが、大きな電流を瞬間的に取り出すことができる。しかも化学反応ではないため劣化がなく寿命も長いのが特徴だ。
同社が手掛ける従来のハイブリッドスーパーキャパシタは、正極にキャパシタの材料(活性炭)を、負極にリチウムイオンバッテリーの材料(炭素)を組み合わせた蓄電デバイスである。安東さんはこうしたキャパシタの開発に30年以上にわたって携わってきた。
安東:リチウムイオンバッテリーのように多くのエネルギーを蓄えられ、キャパシタのように瞬間的な充放電が可能という、いわばいいとこ取りの性質を持っているのが次世代蓄電デバイスです。両者はトレードオフの関係にあり、一般にはバッテリーはエネルギー重視、キャパシタは出力重視ですが、両者を高いレベルでバランスさせることに成功しました。
吉田さんはこの次世代蓄電デバイスを高く評価している。
吉田:エネルギー容量も十分で、充放電も速く、まさに回生電力を吸収し貯蔵するために生まれた蓄電デバイスと感じています。充放電が高速ではないリチウムイオンバッテリーや、蓄えられるエネルギーが小さい従来のキャパシタを使用する場合、それらの短所を補うために多くのデバイスを積まなければなりませんが、次世代蓄電デバイスなら小型化と軽量化が図れ、真の意味でのエコを実現できます。
両社のシナジーから生まれる新蓄電モジュール
両社は2024年5月15日に、鉄道向け次世代蓄電モジュールとバッテリーマネジメントシステムに関して、業務提携と共同開発契約の締結を発表した。吉田さんが安東さんと出会ってからわずか1年4か月ほどのことであり、三菱電機のような大きな会社としては珍しい。
吉田:新しいアイディアを出す部内の会議に次世代蓄電デバイスを採用した蓄電モジュールを提案したんです。武蔵エナジーソリューションズと協業してこれが実現できれば、鉄道だけではなくさまざまなものに応用でき、寿命も長いので循環利用も可能です。そんな今までにないソリューションの可能性を秘めているといったプレゼンテーションをしたところ、本社の幹部にも伝わりまして。面白いじゃないかと言ってくれ、それで正式に協業しようという話が進みました。
三菱電機とのパートナーシップは武蔵エナジーソリューションズにとっても大きなメリットがあると安東さんは述べる。
安東:当社だけでは販路も限られていますし、システムやソリューションを作る力も足りません。鉄道を含めさまざまな分野に対する三菱電機の技術力や知見を通じて、シナジーを高めていければ嬉しく思います。
こうして社内のお墨付きを得た吉田さんのチームは、武蔵エナジーソリューションズの次世代蓄電デバイスを組み込んだ次世代蓄電モジュールMHPB※を開発中だ。損失の少ない充放電回路や、充電率を高精度に推定する制御など、三菱電機が培ってきたパワーエレクトロニクス技術も搭載される。
並行して国内外の鉄道事業者や鉄道車両メーカーへの提案を進めている。とくに、「欧州鉄道年2021」を定めるなど自動車や航空機から鉄道へ移動手段の変更を進めるEU圏での関心が高く、エネルギーと出力のバランスに優れていることを説明すると、「そんな理想的な蓄電デバイスが本当にあるのか?」と、驚かれることもあるそうだ。しかも次世代蓄電モジュールは少量の搭載でシステムを構成することが可能であるため、既存車両への搭載も容易で、重量増もわずかで済むことも顧客にとってはメリットになる。
省資源化や地域活性化など多くの可能性
次世代蓄電モジュールMHPB※は、すでに変電施設での電力の平準化による運送密度の増加、気動車や燃料電池車両のハイブリッド化、トラム(路面電車)の架線レス化など、国内外でさまざまな商談が進んでいるそうで、鉄道分野における脱炭素化に貢献することが期待される。完成は2026年度中の予定だ。
一方で武蔵エナジーソリューションズの安東さんは違う視点での未来に期待を寄せる。
安東:リチウムイオンバッテリーは時間とともに劣化が進むため交換が必要であり、いわば大量生産、大量廃棄で成り立っているのが現状です。生産や廃棄のサイクルの中でもCO2は排出され、資源も消費されます。一方、寿命の長いハイブリッドスーパーキャパシタは基本的に交換する必要がなく、安全を担保する仕組みや着脱の機構も不要で、トータルでの省資源化やCO2削減が図れます。ハイブリッドスーパーキャパシタがひとつの契機になって、そういった新しい価値への転換が進んで欲しいと願っています。
三菱電機の吉田さんは、また違った期待を示している。
吉田:新しい蓄電モジュールは、駅間の短いトラムであれば走行にも十分に使えます。駅ごとに充電する仕掛けが必要ですが、架線レスが実現できれば変電設備を含めた建設費も安くなりますし、景観的なメリットも生まれるでしょう。軽量ですので車両が重くなって加速に多くのエネルギーが必要になることもありません。地方の街でトラムを敷設したり維持したりする障壁を下げられれば、長期的には地方の活性化につなげられるかもしれません。そういう可能性を持っていると思っています。
吉田さんが蓄電デバイスを探しているとき、偶然にも安東さんが三菱電機で講演することになり、吉田さんが聴講した。そして、両者の新しい技術開発への想いが、吉田さんの上層部に届いたことで、これまでにない蓄電モジュールが生まれようとしている。何か新しいものが生み出されるときは、往々にしてそうした偶然と情熱が重なることが多い。
新しい蓄電モジュールは、建機や工場機器(FA機器)、無停電電源装置(UPS)、非常用発電設備などへの応用も考えられ、実際に三菱電機社内の各事業部への紹介も進められているそうだ。
現在主流のリチウムイオンバッテリーがカバーできない新しいアプリケーションの登場と、引いては脱炭素化への一歩が進むことが期待される。
※MHPB:開発コードネーム
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年8月)時点のものです。