老朽化が進む日本のトンネルの安全を維持するために、熟練したトンネル点検員と同等の点検能力をもつ「三菱インフラモニタリングシステムⅡ(通称MMSDⅡ)」が開発された。通常のトンネル点検のように夜間に通行止めをする必要はなく、 走行しながらトンネル点検ができることがMMSDⅡの最大の特徴。 高精細のカメラとレーザーの併用で、0.3mm幅のひびまで検出できる」
INDEX
- 社会インフラを守るための課題とは
- 熟練した職人の眼に匹敵するシステムを目指す
- 「走りながら測る」が至上命題
- 0.3mmのひびを捉える人の眼と脳
- 目標は、多様な社会インフラに対応するMMSD
神戸製作所 開発二課
入江恵さん
社会インフラを守るための課題とは
1955(昭和30)年から約20年間の高度経済成長期、トンネルなど社会インフラが集中的に整備された。今、それらの多くが急激に今後老朽化していくことが懸念されている。
国土交通省は2012年12月に起きた笹子トンネル崩落事故のような悲劇を未然に防ぐため、2014年、すべてのトンネルや2m以上の道路橋に対して、5年に一度の定期点検を義務付けた。
しかし、その実施は容易ではない。
対象となるトンネルは全国に約1万本(※1)。毎年平均2000本をくり返し点検しなければならないからだ。
※1 国土交通省「老朽化の現状・老朽化対策の取り組み」より。
別の問題もある。
国土交通省の「道路トンネル定期点検要領」によると、トンネル点検員には「トンネルに関する専門知識や技能をもち、少なくとも5年以上の実務経験を持つもの」が望ましいとされる。また、点検方法は「近接目視を基本とし、必要に応じて触診や打音などの非破壊検査を併用する」と定められている。つまり、トンネル点検には“熟達した人間の目や耳”が必要なのだ。他業種と同じように、トンネル点検の世界でも「人手不足」と「技術の伝承」が喫緊の課題であることは想像に難くない。
このような課題を解決するために開発され、2017年11月から全国の社会インフラの点検に活躍しているのが、「三菱インフラモニタリングシステムⅡ」だ。開発者の1人で、三菱電機株式会社 神戸製作所の開発部に所属する入江恵さんに、その完成までの道のりについて聞いた。
熟練した職人の眼に
匹敵するシステムを目指す
自動車に超高精度のレーザーとカメラが搭載されていて、走行しながらトンネルのひびなどを自動的に検出。こうした情報をまとめたレポートを自動作成するのが、「三菱インフラモニタリングシステムⅡ(以下、MMSDⅡ※2)」だ。新幹線の線路などの点検にドクターイエローという特殊車両が活躍していることが知られているが、同様に例えるなら、MMSDⅡはさしずめ、“トンネルの臨床検査技師”といったところだろう。
※2 Mitsubishi Mobile Monitoring System for Diagnosis
開発するにあたり、メンバーの数名がトンネルの点検作業を見学に行った。入江さんたちはその様子をビデオで見て、初めてトンネル点検の難しさを目の当たりにした。
そのビデオには、交通規制をした深夜の一般道で、約30名の点検員がトンネル点検をする姿が写っていた。高所作業車に乗ったり路面を歩いたりしながら、壁面のひびなどを見つけては瞬時にチョークで印をつける人。その印を写真撮影する人。トンネルの設計図と照らし合わせながら補修跡を確認する人。ハンマーで壁を打っては耳を澄ませ、内部の空洞などを確認する人……。1kmほどのトンネルを点検するのに2~3日かかったと言う。
入江:まさに職人技という感じでした。点検作業についておおまかな話は聞いていましたが、その様子を実際にビデオで見て、トンネルの安心・安全を守るには熟練した人間の目や耳と同じくらい高度な感覚が求められるのだと、はっきりわかったんです。これは大変な仕事になるな、と思いました。
「走りながら測る」が至上命題
開発チームには、三菱電機 神戸製作所からは約10名が参加した。入江さんを含む神戸製作所のメンバーはおもにソフトウェアの開発を担当。車両の開発は鎌倉製作所と合同で行なった。ほかに、本社、先端技術総合研究所、情報技術総合研究所のメンバーも含めて総勢約30名が「三菱インフラモニタリングシステム(以下、MMSD)」の開発に携わった。
2014年、プロジェクト始動。最初に取りかかったのは、高精度レーザーなどを搭載した普通自動車タイプの開発だ。
高精度レーザーを周囲に照射すると、周辺にあるものに当たって跳ね返ってくる。その情報にXYZ座標を付与し、周辺の状況を「三次元点群」として記録。このデータを元に、障害物の有無などを自動的に解析するという仕組みだ。
入江:MMSDは、「クルマを一定速度で走らせながら自動計測する」ことを大前提として開発にあたりました。
走りながらでもできるだけ密なデータが得られるように、高速・高密度でレーザー計測ができる仕組みを考えました。
こうした工夫を重ねて誕生したMMSDは2015年10月にサービスを開始。入江さんたちはいよいよ、次なる目標であるトンネル向けサービスの開発に着手した。
0.3mmのひびを捉える人の眼と脳
MMSDⅡには、高精度レーザーに加えて8Kのラインカメラが搭載されている。このカメラで、走行しながらトンネルの全周を撮影し、トンネル壁面に生じたひびや漏水などの変状を検出する。
入江:撮像システムの開発にあたって課題となったのは、「走りながら」という点でした。トンネル内は暗くて、ススなどがついて黒く汚れていることもよくあります。そこをクルマで走行しながら、幅0.3mm以上のひびが見つけられる高解像度の画像を撮影しなければならないんです。また、点検の時間を短縮するために、1車線につき1回の走行でトンネルの全周を撮影する必要がありました。
こうした条件をクリアできるカメラを選定し、全周撮るには何台必要かを計算し、さらに、トンネル内をくまなく撮影するにはどう配置したらよいかを考えて……。チームのメンバーがさんざん知恵を絞った点です。
幅0.3mm以上のひびは、国の基準で「耐久性に影響がある」と診断されるレベル。しかし、そこまで細いひびは人間の眼にも見えにくいはず。むしろ高性能カメラのほうが有利なのでは、と尋ねてみると意外な答えが返ってきた。
入江:とんでもない! コンピューターで0.3mmのひびを検出するには、1ピクセルあたり0.3mmという超高解像度の画像が必要になるんです。でも、それだけの画像をそろえても、簡単にひびが見つかるわけではありません。
撮影した画像をつなげると、私たち素人が見てもちょっとした色の変化から「これはひびだ」とけっこうよくわかります。ところがコンピューターの場合は、1画素ずつ明るさを比較して、データと照らし合わせてひびかどうかを判定します。だから、データに当てはまらなければノイズと捉えてひびを見落とすし、逆にひびでないのにひびと判定することもあります。こうしたエラーにはずいぶん悩まされました。人間の眼や脳ってすごいなと、あらためて感動しました。
このようなトライアル&エラーを重ねながら、入江さんたちは画像解析アルゴリズムを完成させ、幅0.3mm以上のひびや漏水などを自動検出できるようになった。さらに、三次元点群のデータと重ねることで、ひびや漏水、ボルトの取り付け状態を目視と同程度のレベルで確認できる。
目標は、
多様な社会インフラに対応するMMSD
高密度レーザーに加え、8Kラインカメラを搭載したMMSDⅡはついに完成。2017年11月から計測・解析サービスを開始した。現在、MMSDの2車両は鉄道会社や有料道路会社、自治体などから依頼を受け、全国の鉄道やトンネルを点検して回っている。
入江:MMSDⅡは「マルチな機能をもっている」と言われますが、このシステムでできるのは、対象を素早く計測して、リスクのありそうな箇所をスクリーニングするところまで。その上で点検員の方にあらためて目視や打音検査をしてもらうのです。それでも、人間の眼と耳で全面を点検するのに比べれば、作業の負荷はかなり軽減されるでしょう。
でも、このシステムをさらに洗練させ、能力を追加・向上させていけば、活躍の場はもっと広がるはずです。大変かもしれませんが、私にとってはやりがいのある面白い仕事になりそうです。
三菱インフラモニタリングシステム(MMSD®)紹介動画
鉄道・道路をはじめとするインフラの点検・報告業務を行うインフラ事業者に対して、どのようにサポートし業務効率化に貢献できるかを、わかりやすく動画でご紹介します。