2024年に発売40周年を迎えた三菱電機のビル用マルチエアコン。このメモリアルイヤーに、シリーズを代表する「グランマルチ」、「シティマルチY GR」、「Fitマルチ」が全面リニューアルされた。トピックは大きく3つ。ビルなどで消費されるエネルギーの大半を占めるとされる消費電力の削減、フロン排出量の削減によるカーボンニュートラルへの貢献、そして、作業の効率化による人手不足への対策だ。こうした新しいビル用マルチエアコンに求められる機能をくまなく刷新した今回のリニューアルは、総勢100名以上のメンバーが参画した一大プロジェクトに。改善というより、もはや改革と呼べるほどの取り組みになったという。記念すべき40周年に際して開発したキャッチコピーは『バトンをつなごう。新しい風とともに。』──この言葉に込められた想いと、新たな世代へ託すバトンについて、プロジェクトを牽引した2人に聞いた。
バトンという言葉に込められた開発メンバーの想い
2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルや持続可能な社会の実現に向けて、ビルや商業施設に設置される業務用空調機にはさらなる省エネ性の向上やフロン排出量の削減が求められている。それだけでなく、深刻化する人手不足に対応することも急務だ。そして今、そうした社会からの「求め」が「義務」に変わろうとしている。フロン排出抑制法に基づき、2025年4月からビル用マルチエアコン(新設用・冷暖切換タイプ)でのGWP*を750以下とすることが義務付けられることになった。では、今回のリニューアルはこの法改正が起点になったのだろうか。2019年よりビル用マルチエアコンの営業を担当している池田さんは、その問いに首を横に振る。
*Global Warming Potentialの略称。CO2の何倍の温室効果を有するかを表す値。
営業部 パッケージエアコン営業課
池田 朋広(いけだ ともひろ)
池田:三菱電機ではビル用マルチエアコンの分野において、長年にわたりカーボンニュートラルや省エネ性の向上という課題と向き合い続けてきました。今回のリニューアルは決して2025年の法改正に対応するためだけのものではなく、当社の取り組みと社会の要求のベクトルがリンクした結果と捉えています。
ビル用マルチエアコンの性能改善は社会の要求と並行して行われてきたものであり、その結果、互いのベクトルが偶然にも法改正というポイントで交わろうとしている。一歩ずつ着実に進化してきたこれまでの歩みを振り返れば、40周年のキャッチコピーとして用いられている『バトンをつなごう──』という言葉にも「なるほど」と合点がいく。あらためて、池田さんにそのキャッチコピーに込めた想いをたずねた。
池田:この「バトン」というキーワードには2つの意味を込めています。ひとつは、40年間ずっと当社のビル用マルチエアコンを愛用し、支えてくださった方々への感謝を、これからもしっかり受け継いでいこうという想いです。もうひとつは、時代のトレンドに応じて常に進化させてきたメーカーとしての姿勢を表現しました。今回のリニューアルは、その象徴ともいえるのではないでしょうか。
さらに、あえてキャッチーなキーワードを開発した背景には「ビル用マルチエアコンは決して人目を引くものではないけれど、いつもビルの屋上で人々の快適な暮らしを見守っている。それを、もう少しPRしたいという気持ちもありました」という想いがあったとのこと。手塩にかけてきた製品への深い愛情がうかがえる。
画期的な進化をもたらした3つのリニューアルポイント
では、具体的なリニューアルポイントを見ていこう。まずは省エネ性の向上。池田さんの言葉通り、これはビル用マルチエアコンの発売以来、40年間にわたってずっと取り組んできた課題といっても過言ではない。今回のリニューアルでは、そこからさらに一歩…いや、一歩というにはあまりに大きなステップアップを実現した。池田さんと同じく2019年からビル用マルチエアコンを担当し、今回の開発をリードした小池さんに紹介してもらった。
小池:まずは、業界最高クラスの伝熱性能を実現した「鉛直アルミ扁平管熱交換器(VFT熱交換器)」を搭載したことが特筆すべきポイントです。また、それを搭載するため新デザインの筐体や新形状のファンなどを採用することで、当社従来品に比べて12%の省エネを実現しています。さらに、筐体内の吸込流れに適したファン形状を抽出できる流体解析手法により、羽根の内周側まで効率よく利用できるファンを搭載。新形状のファンなどによりファンの外周に生じる渦を抑制し、運転音を当社従来品に比べて2.5dB低減しています。

ビル用マルチエアコンのメーカーに義務付けられたフロン排出抑制法への対応についてはどうだろう。
小池:フロン排出抑制法に準拠した指定製品化に対応するR32冷媒を新採用するとともに、VFT熱交換器の搭載により従来のHFT熱交換器と比べて内容積を最大20%削減。これにより室外ユニット封入の冷媒量を18%削減し、2025年4月以降も胸を張って販売できるビル用マルチエアコンになりました。
R32冷媒はすでに家庭用ルームエアコンで一般化していたものの、ビル用マルチエアコンへの採用は業界内で議論する時間を要していた。冷媒量が多いため、安全性の担保が難しかったからだ。では、その課題をどのように克服したのだろうか。
小池:R32は従来の冷媒に比べて微燃性の特徴を持っています。そのため、いざというときの安全対策が欠かせませんでした。そこで、日本冷凍空調工業会が制定したガイドラインにもとづき、冷媒量の制限が満たせない場合の対応手段のひとつとして設置が求められる「遮断弁キット」を同時発売。万一、冷媒が漏えいした際には検知器と連動し、遮断弁を作動させることで冷媒漏えいを抑制することが可能です。さらに、冷媒漏洩を知らせる警報器をMAスマートリモコンに搭載することで、警報機の別置きを不要としています。

そして3つ目のトピックが、設置やメンテナンスにおける作業の効率化だ。営業サイドの立場から、池田さんがそのメリットを語ってくれた。
池田:労働人口の減少や、労働時間の上限規制の猶予期間が原則終了する「2024年問題」にともなう人手不足による課題は空調工事においても例外ではなく、室外機の設置やメンテナンスの効率化が求められています。そこで今回は、同時発売の「高調波抑制アクティブフィルター」を室外ユニット前面への配置したことで取付作業性が向上しました。従来品に比べて作業時間を1台あたり約9分短縮することが可能です。わずか9分と思われるかもしれませんが、何十台も室外機のあるビルにおいては飛躍的な進化といえます。
また、室外ユニットの制御基板上に7セグメントディスプレイを標準搭載し、異常コードや運転状態を確認することが可能に。従来は別途設置が必要だった別売の専用部材を不要とし、試運転や定期点検・メンテナンス時の省力化を実現しています。
さらに、新デザインの筐体により同等の当社従来品に比べて設置面積を25%削減。設置場所の自由度が広がるばかりか、スペースの奪い合いとなるビルの屋上において大きなメリットになると自負しています。

誰もがいつでも心地よいと感じる風を届け続けたい
今回のプロジェクトを通じて得られたものは、ビル用マルチエアコンを次世代型へと進化させたことにとどまらない。池田さんと小池さん、2人が口を揃えるのが「チーム」を再確認できたことだという。
池田:今回のプロジェクトを通じて得られた大きな気づきのひとつが、みんなで集まって意見を出し合うことの大切さです。2017年から始まった全国の有識者との開発会議には首尾一貫して営業、開発、販売会社担当者、さらにはグループ会社のメンテナンス部門(三菱電機ビルソリューションズ)の方などが参加し、新しいビル用マルチエアコンをよりよくするための意見を交わしました。とくに今回は安全性の担保とメンテナンス性の向上が大きなリニューアルポイントでしたので、メンテナンスの専門家からの意見はとても参考になりました。
小池:開発期間は各セクションのリーダーが集まる「リーダー会」を毎週欠かさず行っていたのですが、池田さんと同じく、ひとりでは絶対にできないことでもみんなで知恵を出し合い、力を合わせれば乗り越えていけるということを学びました。
40周年を機に大幅な進化を遂げたビル用マルチエアコン。50周年、さらにその先の展望を聞くと、これまで語られてこなかったキャッチコピーの後半部「新しい風とともに」に込められた想いが見えてきた。
小池:今回はVFT熱交換器のような画期的なキーデバイスを世に送り出したわけですが、10年後にはさらに進んだ形の熱交換器が出てくるはずです。そういった数値化された性能を追求することも大切ですが、これからは快適性といった人の感覚にフォーカスした性能も評価される時代になるような気がします。今後は、そうしたところもきちんと数値化して提案することが求められるのではないでしょうか。
池田:三菱電機は常に新しい技術をいち早くリリースし、AIスマート起動など人の快適性を高める機能も他社に先駆けて生み出してきました。小池さんの言うとおり、そこをもう少し突き詰めていけたらと思います。三菱電機はこれまでビル用マルチエアコンを通じて、病院、学校、オフィスビル、結婚式場、葬儀場など、人が生まれてから一生を終えるまでに利用するあらゆるステージに“快適な風”を送り続けてきました。これからもより「人」に寄り添って、誰もがいつでも心地よいと感じる風を届け続けたい。そのように願っています。
40年という歳月をかけ、ビル用マルチエアコンを絶え間なく進化させ続けてきた三菱電機。省エネ性のように数値化できる性能だけでなく、これからは快適性という人の感性までをも数値化しようというモチベーションに、さらなる発展を期待せずにはいられない。そこに吹く“新しい風”は、私たちの暮らしをみずみずしく彩ってくれるはずだ。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年6月)時点のものです。