生成AIの普及に伴い、インターネット通信量は爆発的に増大すると予測されている。通信の拠点であるデータセンターは大量のデータ伝送に対応するため、より高速で電力ロスの少ない光通信システムを構築しなければならない。そこで注目されているのが、三菱電機製の光ファイバー通信に使用される半導体「光デバイス」だ。同社のデータセンター向け光デバイスは、世界シェア第1位、約5割(※1)を占めている。その光デバイスとはどんなものなのか、データセンターで発揮される特長や光ファイバー通信の基本までを本記事で解説する。
※1データセンター向けEML(Electro-absorption Modulator integrated Laser diode:電界吸収型光変調器を集積した発光素子)における22年度実績、当社調べにおいて
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生成AIブームでデータセンターが注目される理由
2022年11月のChat GTP公開から始まった生成AIブーム。巨大IT企業GAFAも独自の生成AI開発を発表し、社会でのAI活用はますます広がっている。一般社団法人 電子情報技術産業協会は、「世界の生成AI市場の需要は年平均53.3%で成長、2030年には2,110億ドルに達し、2023年の約20倍となる見込み」と発表した(2023年12月21日)。
AIの普及に伴い、データセンターへの注目も高まっている。データセンターとはインターネット用のサーバーや通信装置などを設置・運用するための施設の総称だ。大規模データセンターの数は世界的に増加傾向で、世界のデータセンターシステムの市場規模は2022年で27兆5,081億円(前年比32.3%増)となっている(総務省「令和5年版情報通信白書」より)。
AIの普及によってデータセンター市場が活況となる理由について、三菱電機 高周波光デバイス製作所 光デバイス部長の山内康寛さんはこう説明する。
山内:生成AIを利用する際、質問などをパソコンやスマホに入力すると、その情報は光ファイバー通信によってデータセンターに送られます。AIはデータセンター内の演算装置で答えを出し、それが再び光ファイバー通信によってフィードバックされてきます。つまり、生成AIの本体はデータセンターにあるともいえるでしょう。これから生成AIが普及するにつれてデータセンターの稼働が増えますし、多くのデータセンターが必要になります。つまり、生成AIとデータセンターは切っても切れない関係なのです。
データセンターから家庭までをつなげる「光ファイバー通信」とは
データセンターは「光ファイバー通信」によって外部とつながっている。また、データセンターに設置されたサーバーや演算装置も光ファイバーによって接続され、連携して機能している。
光ファイバーとは、ガラスやプラスチックなどでできた光を通す繊維のこと。光ファイバーの端には光トランシーバーがあり、「発光素子(レーザーダイオード・LD)」と「受光素子(フォトダイオード・PD)」が搭載されている。この「発光素子」と「受光素子」がいわゆる光デバイスだ。情報源である電気信号は「発光素子」によって光信号に変換され、光ファイバーを通じて送られる。送られた先では「受光素子」が光信号を再び電気信号に変換し、減弱した分を増幅して情報として伝える。つまり、電気信号を光のデジタル信号に、光のデジタル信号を電気信号に変換する半導体を光半導体や光デバイスと呼ぶ(※2)。
※2三菱電機では発光素子や受光素子のような光半導体、およびそれらを含む装置を「光デバイス」と呼ぶため、本記事では同様に「光デバイス」の呼称を使う。なお、一般に光ファイバーやレンズなど光を扱う装置全般を光デバイスと呼ぶこともある。
山内:情報を光信号に変えて送ると、電気信号のままで送るより電力損失が少なくなります。また電磁波のゆらぎの影響を受けにくいので、遠くまで飛ばしやすいというメリットもあります。
光ファイバー通信はデータセンター以外でも使われている。例えば、日本と海外を結ぶ海底ケーブルや日本全国を結ぶ「基幹通信網」は、距離にして数千キロメートルの光ファイバーで結ばれている。また、電柱(そこに通っているのも光ファイバーだ)から各家庭につながる「FTTH(ファイバー・トゥ・ザ・ホーム)」は最も身近な光ファイバー通信だろう。多くの家庭では、そこからつながる光ケーブルをWi-Fiルーターのコネクタに差し込み、家中に電波を飛ばしているはずだ。こうしたすべての光ファイバーの両端にはかならず、発光素子と受光素子がセットでついている。
光デバイス、クローズアップ
三菱電機は、データセンター向けの光デバイス市場において世界シェア約5割を占め、第1位となっている。その光デバイスが組み込まれているのが、光ファイバーの根本にある「光トランシーバー」と言われる装置だ。幅2cm、長さ10cmほどの光トランシーバーの内部には、発光素子と受光素子が8対入っている。
山内:発光素子や受光素子のチップは長さ1mm足らずで、幅はシャープペンの芯より細く、その厚さはなんと0.1㎜程度です。この微小なチップ1つの通信速度は100Gbps(ギガ・ビーピーエス)。例えばスマートフォンで動画投稿サイトの動画を見るときに必要なスピードが1Mbps(メガ・ビーピーエス)ですから、シャープペンの芯の端っこくらいのチップ1つあれば10万人が同時に動画投稿サイトを視聴できます。光トランシーバーには8対のチップが入っているので、これ1個で80万人が動画投稿サイトを見られます。
光デバイスには速度とともに低消費電力化も求められている。
山内:データセンターでは、演算装置の処理量の増大や高速化により、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)や光デバイスが搭載されている光トランシーバーなどの各部品が大量のデータをやり取りすることで、電子の摩擦が起き、発熱します。演算装置が加熱すると誤作動や故障の原因、寿命の短命化につながりますので、データセンターでは巨大な空調機を何台も使って室温を一定に保っているのです。「データセンターを1つ建てると発電所も1つ必要だ」といわれるくらいですから、データセンターの発熱は脱炭素社会を実現するうえでも大きな課題となっています。
世界シェア第1位のデータセンター用光デバイスの仕組み
超高速化と低電力消費化が喫緊の課題となるデータセンターで世界シェア約5割、第1位を占めているのが三菱電機製の「EMLチップ」だ。その仕組みを解説する。
光デバイスは電気信号を光信号に変えて、オフとオンを切り替えることで0と1のデジタル信号を送受信するのが基本的な仕組みだ。それを、電流を流したり止めたりすることで実現しているのが、光デバイスの一種「DFBレーザー」(Distributed-FeedBack:分布帰還型)だ。DFBレーザーは5G移動通信システム基地局などでは現在も使われているが、データセンターで求められる超高速には到底及ばず、電力ロスは大きい。
そこで三菱電機が開発したのが、独自技術を搭載した「EML」だ。その構造を簡単に説明すると、既存のDFBレーザーに「光変調部」(下図参照)をくっつけたものといえる。DFBレーザーにはつねに電流を流し、オンの状態にしておく。そのうえで、光変調部に電圧をかけると光を吸収して、光信号がオフになる。電圧を変化させると光変調部がシャッターのように光を通したり遮ったりするため、DFBレーザーに流れる電流をオン・オフするよりも速く信号を送れるという仕組みだ。
簡単に例えると、DFBレーザーはスタンドの光のオン・オフを、電源スイッチで切り替えているイメージ。どうしても点灯や消灯にタイムロスが出てしまい、高速動作に対応できない。
一方、EMLは、スタンドの光は点灯したままにしておき、下敷きなどの遮蔽物を光の前で、高速にかざしたり外したりして光のオン・オフを行うイメージだ。この下敷きなどの遮蔽物が行う機能を担うのが「光変調部」となる。スタンドのオン・オフも行わないので消費電力も少なくて済む。
三菱電機製EMLの特長は、構造が全く異なるDFBレーザーと光変調部を1つのチップに集積しているという点だ。例えばDFBレーザーは少ない電流で明るく発光させるため、効率よく放熱させたい。そのため全体を組成の異なる半導体材料で埋め込んでいる。一方で、光変調器部は高速動作をさせるためにキャパシタをそぎ落とした細い形状に加工している。下記は簡略化した断面図だが、2つの構造が全く違うことがわかるだろう。
山内:DFBレーザー部や光変調器の厚さは数㎛(マイクロ・メートル)以下しかなく、その厚みの中に、それぞれ構成する元素の比率が異なる薄い層が何層も積み重なっているわけです。そのすべてをピタッとつなげるのは至難の業なのですが、三菱電機は30年以上前からEMLの開発に着手していたこともあって、この独自構造を実現できました。少ない電流、少ない電圧で制御できるこの製品はデータセンターを運営するお客様に実力を認められ、現在も一番に声をかけていただける製品となっています。
生成AI開発に貢献するEML
2022年11月にChatGPTが公開されて約半年後の2023年6月頃、山内さんらの元に光トランシーバーを製造している取引先から、大量の需要予測があった。また三菱電機は、生成AIの演算機器をつなぐ光ファイバー用に、1チップで200Gbpsの高速通信を可能とするEMLの量産を4月からスタートさせている。
山内:生成AIの開発競争によって私たちの光デバイスが使用されることは予測していましたが、これほど急激に伸びるとは考えていなかったので驚きました。しかし、三菱電機が30年前から開発を続けてきた成果が今につながっていると思うと、うれしいですね。光デバイスには、データセンター用以外にもさまざまな可能性があります。例えば、宇宙での光通信や、電気の代わりに光で電子機器を接続する「光電融合」。いずれはセンサーによる物体検知にも光を使えるかもしれません。そうした多様な可能性を見据えながら、光デバイスの開発を着実に進めていきたいです。
1993年に始まった光通信用EMLの開発。2023年にはデータセンター向けのEMLの出荷が累積3,000万個を超えた。今後新たなIT技術が登場すれば、光通信にはさらなる高速大容量化と低消費電力化が求められることは確実だ。そのとき、EMLをはじめとする光デバイスがその一助となることも間違いないだろう。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年6月)時点のものです。